ナポリの夜と海の魔女
ローマを出発して数日。
一行は南へ向かっていた。
目的地は――アテネ。
ペルセウスが待つギリシアである。
初夏の風が吹く街道。
新右衛門もすっかり歩けるようになっていた。
もっとも。
「無理は禁物ですよ」
心配そうに石桃が話しかける。
「大事ない……」
新右衛門は苦笑する。
「一度死にかけた人間が言う台詞じゃありませんよ」
石桃は優しく、そして可愛らしい表情で話しかける。
その様子を見て。
雪桃は少しむっとする。
そして。
自然な感じで新右衛門の隣にいる天性の男好きする女。
石桃。
銀髪が風に揺れる。
歩く姿まで絵になる。
(むぅ……)
雪桃は面白くない。
「そういえば」
石桃が話し始めた。
「この近くにアイアイエー島があるの」
「アイアイエー島?」
ハチマンが首を傾げる。
「魔女キルケーが住んでいた島よ」
「へぇ~」
雪桃は相槌を打つ。
だが。
本音は半分しか聞いていない。
石桃が新右衛門の隣を歩いていることの方が気になる。
すると。
ソフィアが小声で囁いた。
「雪桃殿」
「なによ」
「石桃殿だが、かなり男受けが良いな」
雪桃が固まる。
「……え?」
「我が騎士団の男どもも、完全に石桃殿へ夢中だ」
雪桃の顔が引きつる。
少しだけ。
本当に少しだけ。
危機感が増した。
その日の夕方。
一行はナポリへ到着した。
港町。
活気のある街。
魚介の香り。
賑やかな市場。
今日はここで一泊である。
夕食の席。
宿屋の大広間。
石桃が地図を広げた。
「この先なんだけど」
「少し厄介な場所があるの」
「厄介?」
ランスロットが眉をひそめる。
「スカラ」
石桃は静かに答えた。
その名に。
ソフィアの顔色が変わった。
「海の魔女か」
「知ってるの?」
雪桃が尋ねる。
石桃は頷いた。
「もともとは怪物じゃなかったの」
そして。
静かに語り始める。
海神グラウコス。
美しいニンフ・スカラ。
そして。
嫉妬した魔女キルケー。
呪いの泉。
変貌。
絶望。
怪物化。
話を聞き終えた時。
雪桃は顔をしかめていた。
「あのキルケーってオバサン、ろくなことしないわね!!」
ハチマンも頷く。
「本当に嫌な奴です」
石桃は苦笑した。
「雪桃ちゃん、よくキルケーに勝てたわね」
「まあ……」
雪桃は考える。
「私が勝ったというより……」
「月桃がしばき倒した……」
沈黙。
ハチマンが遠い目になる。
「あれは、酷かったですね」
雪桃も思い出していた。
重力で地面へめり込まされるキルケー。
『月に代わってお仕置きよ!!』
完全に理不尽だった。
「ちょっと不憫でしたね」
ハチマンが真顔で言った。
石桃は小さく笑った。
しかし。
その笑みはどこか寂しい。
「スカラも」
「メデューサお母さまも」
「何も悪いことはしてないのに、魔物にされた……」
雪桃も頷く。
雪女。
怪物。
人に恐れられる存在。
どこか他人事ではなかった。
しばらく沈黙が流れた。
その時だった。
「あ」
雪桃が思い出した。
「そういえば」
荷物を漁る。
「これ」
封筒を取り出した。
「メデューサおばさんから」
「石桃に渡せって」
石桃が目を見開く。
「え?」
封を開く。
そして。
一瞬で表情が変わった。
「……あら」
次の瞬間。
石桃が満面の笑みを浮かべた。
「お母さま」
「さすがだわ」
雪桃たちは顔を見合わせる。
「なに?」
「秘密♪」
石桃は嬉しそうだった。
その可愛さ全開の笑顔を見ながら。
雪桃は思った。
(やっぱり強敵だわ……)
(料理できる)
(家事できる)
(優しい)
(しかも可愛い)
(勝てる気がしない……)
石桃という少女は。
想像以上に魅力的だったのである――。




