石桃来訪と新たな不安
ローマ。
快晴。
ヒュドラとの激戦から数日が過ぎていた。
新右衛門も無事に回復へ向かっていた。
もっとも。
「無理はするな」
ソフィアが真顔で言う。
「まだ毒の影響は残っている」
「承知している」
新右衛門は苦笑した。
病み上がりである。
すぐ旅を再開するのは危険だった。
そのため一行は、しばらくローマへ滞在することになった。
そして。
ソフィアによるローマ観光が始まった。
「ここがトレビの泉だ」
「わぁ……!」
雪桃が目を輝かせる。
巨大な噴水。
白い彫刻。
きらめく水。
「すごい……」
ハチマンも感動していた。
「西洋って感じです!!」
その後も。
真実の口。
円形闘技場。
古代神殿跡。
ソフィアは実に楽しそうだった。
「お嬢、あの気になっているんですけど」
ハチマンが小声で言う。
「なによ」
「これ」
「どう見ても」
ハチマンは新右衛門を見る。
その隣には笑顔のソフィア。
「新右衛門さんがいるからテンション高いですよね?」
雪桃が固まった。
「…………」
「お嬢?」
「…………」
「お嬢?」
「あ、いや、聞こえてる」
雪桃は真顔だった。
「これは」
ハチマンが神妙な顔になる。
「正妻戦争勃発では?」
「ちょっと、別作品みたいなこと言わないでよ!!」
雪桃が即ツッコミした。
しかし。
少しだけ。
気になった。
ほんの少しだけ。
そんなある日。
宿へ戻った時だった。
「雪桃」
静かな声。
聞き覚えがあった。
振り返る。
「え?」
雪桃の目が見開いた。
「石桃!?」
そこに立っていたのは。
銀髪の少女。
透き通るような白い肌。
長く美しい髪。
そして銀縁の魔眼封じ眼鏡。
かつての面影を残しながらも。
見違えるほど美しい少女へ成長していた。
「久しぶりね」
石桃が優しく微笑む。
「なんでここにいるのよ!?」
雪桃が駆け寄る。
「あなた」
「アテネで修行してるんじゃなかったの?」
石桃は頷いた。
「そのつもりだったのだけれど」
「ペルセウス様から頼まれたの」
「ランスロット様をアテネへ連れて来るようにと」
空気が変わる。
ランスロットが眉をひそめる。
「あれほど拒否していた男が、今さら呼ぶのか……?」
「ええ」
「アテネで少し不穏な動きがあるそうです」
「だから聖騎士団を呼ぶようにと」
新右衛門も表情を引き締めた。
「なるほど」
ペルセウスが動くほどの何か。
それは無視できない。
だが。
出発まで数日の余裕があった。
「それまではご一緒させてください」
石桃が頭を下げる。
そして。
ここから。
雪桃の新たな試練が始まった。
石桃は完璧だった。
朝。
「女将さん、お手伝いします」
料理。
昼。
「洗濯物は終わりました」
掃除。
夜。
「お疲れ様でした」
気配り。
全部できる。
しかも。
優しいし、性格がよい。
女将が感動していた。
「雪桃ちゃん」
「見習いな」
「……わかってるわよ!!」
雪桃は頭ではわかっているが、同じように振舞えない自分にイラついた。
しかし。
一番まずいのはそこではない。
石桃と新右衛門。
二人は自然に会話する。
「その剣術は鹿島流?」
「詳しいのか」
「昔、都にいた時に帝に使えるお侍様が新右衛門様と同じような剣術をされていたのを見たことがあります」
普通に話す。
普通に笑う。
自然すぎる。
「…………」
雪桃は遠くから見ていた。
「……お嬢」
ハチマンが肩を叩く。
「なによ」
「これって、かなりまずくないですか?」
「まずいって何が?」
「いやいや、わかってるくせに」
雪桃はそっぽを向いた。
(まずい)
雪桃もハチマン同様に本気でまずいと思っていた。
ソフィア。
キャサリン。
月桃。
今まで色々いた。
でも。
石桃は違う。
料理もできる。
家事もできる。
優しい。
しかも。
可愛い。
(これは……正統派ヒロインというやつでは!)
雪桃は頭を抱えた。
(世の男性が一番好むタイプの女じゃないの……?)
こうして。
アテネへ向かう前に。
雪桃の心を大きく揺さぶる新たな存在が現れたのであった――。




