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スフィンクスの問いと純白の花

 バチカン郊外。


 険しい岩山。


 空には灰色の雲が流れていた。


 雪桃ゆきもとハチマンは、急な山道を登っていた。


 目的はただ一つ。


 新右衛門しんえもんを救うこと。


 そのために必要な薬草――『モーリュ』を探すためだった。


「はぁ……はぁ……」


 雪桃は岩に手をつきながら息を整える。


 疲労はある。


 だが立ち止まるつもりはなかった。


「絶対に見つける」


 そう呟く。


 ハチマンも真剣な顔だった。


「見つけるです」


 二人は再び歩き出した。


 しばらく進むと、ハチマンが口を開く。


「お嬢、スフィンクスって知ってます?」


「ピラミッドの近くにいる石像でしょ?」


「それはエジプトの方です」


 ハチマンは首を振った。


「今回会うのはギリシア神話版」


「全然違うんです」


 雪桃は少し驚いた。


「違うの?」


「はい」


 ハチマンは本で調べた内容を思い出す。


「人間の女性の顔と胸」


「ライオンの身体」


「鷲の翼」


「蛇の尾」


「そして旅人に謎を出して、解けなければ食べちゃう魔獣です」


「……なぞなぞ?」


 雪桃は思わず聞き返した。


「神話の怪物なのに?」


「そうなんです」


 ハチマンも苦笑する。


「オイラも最初はびっくりしました」


 雪桃は少しだけ肩の力が抜けた。


「なんか変な敵ね」


「この旅、変じゃない敵の方が少ないです」


「それもそうか」


 二人は小さく笑った。


 そして。


 山頂近くへ到達した時だった。


「来たか」


 女の声。


 風が止まる。


 二人が顔を上げる。


 そこにいた。


 人間の女性の顔。


 美しい胸元。


 黄金の翼。


 ライオンの身体。


 蛇の尾。


 スフィンクス。


 神話そのままの姿だった。


「ここを通りたければ我が問いに答えよ」


 黄金の瞳が細くなる。


「解けなければ食い殺す」


 雪桃が身構える。


 しかし。


 ハチマンが前へ出た。


「お嬢」


「ここは戦術の奇才と言われたオイラに任せるです」


「大丈夫なの?」


「初代桃太郎で軍師を務めた犬の息子ですよ!」


「不安しかないわ……」


 だがスフィンクスは既に問題を出していた。


「朝は四本足」


「昼は二本足」


「夜は三本足で歩き」


「足が最も多い時ほど歩みが遅いものは何か?」


 ハチマンは即答した。


「人間」


 スフィンクスが目を見開く。


「正解」


 今度はハチマンの番だった。


「世界の中心にいる虫は何か?」


 スフィンクスは少し考えた。


「……蚊じゃろう」


「正解!」


 雪桃は何故正解なのか分からなかった。


 そして。


 勝負は続く。


 問題。


 問題。


 また問題。


 一時間近く続いた。


 いつの間にか雪桃も手に汗を握っていた。


「熱い戦いだけど、なにこれ……」


「これが神代の魔獣なの……」


 そして。


 ついに。


 ハチマンが静かになった。


 真剣な顔。


 スフィンクスも表情を引き締める。


「最後の問題です」


 ハチマンはゆっくり口を開いた。


「使えば使うほど、どんどん増えていくものはなーんだ?」


 沈黙。


 スフィンクスは考えた。


 宝?


 知識?


 財産?


 違う。


 答えが出ない。


「……わからぬ」


 初めて。


 スフィンクスが敗北を認めた。


 その瞬間。


 身体が燃え始める。


「なるほど」


 スフィンクスは静かに笑った。


「我にはわからぬわけか……」


 そして。


 灰となって風に消えていった。


 雪桃は呆然とする。


「ねえ、答えはなんなの?」


 ハチマンは雪桃を見た。


「お嬢」


「オイラと新右衛門さんとの旅で何が増えました?」


 雪桃は少し黙った。


 そして。


 下を向く。


「……思い出」


 ハチマンが満面の笑みを浮かべる。


「正解です!」


「この問題は仲間を大事にしない魔獣には解けないです!」


 雪桃も小さく笑った。


「なるほどね、この旅らしい問題だわ」


 そして二人は山頂を探し始めた。


 だが。


 見つからない。


 岩場。


 草原。


 崖の隙間。


 どこにもない。


 時間だけが過ぎていく。


「やっぱり伝承だったのかしら……」


 雪桃が肩を落とした。


 その時だった。


「探しているのはこれじゃないの?」


 女の声。


 二人が振り返る。


 そこには美しい熟年の女性が立っていた。


 優しい微笑み。


 そして手には。


 乳白色の花。


 まるでミルクで作られたような純白。


「モーリュ……?」


 雪桃が尋ねる。


「そうよ」


 女は微笑んだ。


「私は要らないから、あなたにあげるわ」


「え?」


 だが次の瞬間。


 女の姿は消えていた。


 雪桃とハチマンは顔を見合わせる。


「……怪しい」


「明らかに怪しいです」


 だが。


 今は時間がない。


「帰るわ!」


「はい!」


 二人は山を駆け下りた。


 そして。


 バチカン。


 新右衛門の部屋。


 薬草を煎じる。


 慎重に飲ませる。


 全員が見守る。


 沈黙。


 長い時間。


 やがて。


「……ん」


 新右衛門の指が動いた。


「!!」


 雪桃が立ち上がる。


 瞼が開く。


 新右衛門だった。


「ここは……」


「新右衛門!!」


 雪桃が抱きつく。


「よかったぁ……!」


 ハチマンも飛びついた。


「起きたです!!」


 新右衛門は状況が理解できず目を瞬かせた。


 だが。


 二人の顔を見て。


 小さく笑った。


「心配をかけたようだな」


 一方。


 コルキス。


 水晶玉の向こう。


 その光景を見つめる女がいた。


 メディア。


 静かにワインを傾けている。


 雪桃に花を渡した女。


 それは彼女自身だった。


「まあ……」


 メディアは肩をすくめた。


「私の手で仕留めないと意味がないから……」


 そう言いながら。


 回復した新右衛門を見る。


 そして。


 誰にも見えないほど微かに。


 安心したような笑みを浮かべたのであった。

挿絵(By みてみん)

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