九つ首の怪物と身代わりの刃
バチカン郊外。
大草原。
夜風が吹き抜ける。
その先には――。
九つ首の怪物。
ヒュドラ。
◆
ズズズズズ……。
巨大な胴体が大地を這う。
九つの首が、それぞれ別の意思を持つかのように蠢いていた。
騎士たちの顔色は青い。
「なんだあれは……」
「本当に倒せるのか……?」
◆
「怯むな!!」
ランスロットが剣を掲げた。
「聖騎士団、前進!!」
「おおおおおっ!!」
騎士たちが一斉に突撃する。
◆
だが。
現実は甘くなかった。
ヒュドラの尾が振るわれる。
ドォォォォォン!!
「ぎゃあああっ!!」
騎士たちがまとめて吹き飛んだ。
さらに。
毒の息。
ゴォォォォッ!!
草原が紫色に染まる。
「毒霧だ!!」
「下がれ!!」
騎士たちが慌てて退避する。
◆
新右衛門が飛び出した。
「雷剣!!」
バチィィィィン!!
雷光。
一閃。
ヒュドラの首が宙を舞う。
◆
「やった!?」
ハチマンが叫ぶ。
しかし。
切断面が蠢く。
肉が盛り上がる。
骨が伸びる。
そして。
数秒後。
新しい首が生えた。
「なっ……!?」
◆
「やっぱりか……」
ハチマンが顔をしかめる。
「英雄ヘラクレスの伝承通りです!」
「首を切るだけじゃ駄目です!」
「切り口を焼かないと再生しちゃうんですよ!!」
◆
ソフィアも前線で戦っていた。
だが。
毒の息が次々と襲う。
「くっ……!」
回避するので精一杯だった。
剣を振るう隙がない。
◆
一方。
雪桃は冷気を放つ。
「絶対零度!!」
パキィィィィン!!
ヒュドラの身体が凍りつく。
◆
だが。
ヒュドラは咆哮した。
「グォォォォォッ!!」
筋肉が膨れ上がる。
そして。
バキバキバキッ!!
氷が砕け散った。
「そんな……!」
雪桃が目を見開く。
◆
戦況は徐々に悪化していた。
騎士団は押される。
毒霧。
再生。
圧倒的な生命力。
◆
「このままでは……」
ランスロットが歯を食いしばる。
新右衛門も刀を握り締めた。
「一撃で全ての首を落とせば……」
「だが焼けぬ」
「再生を止められぬ」
◆
その時だった。
「新右衛門さん!!」
岩陰に隠れて、何か調べ物をしていたハチマンが飛び出してきた。
「見つけました!!」
「なに?」
「やってみる価値あります!!」
◆
ハチマンは古びた本を抱えていた。
「二酸化炭素を急激に冷却すると――」
「ドライアイスになるんです!!」
雪桃が目を瞬く。
「ドライアイス?」
「超低温です!!」
「切り口を凍らせることができるかもしれない!!」
◆
沈黙。
新右衛門と雪桃が顔を見合わせる。
「……やってみるか」
「ああ」
◆
新右衛門は刀を鞘へ納めた。
腰を落とし、抜刀の構えを取る。
そして、静かに目を閉じる。
◆
「南無鹿島大明神」
そう呟き、鹿島でのことを思い出す。
武御雷大神。
三週間の修行。
雷鳴。
剣。
すべてが脳裏を駆け抜ける。
◆
「来るぞ!!」
ヒュドラが突進する。
九つの首。
九つの牙。
九つの毒。
◆
その瞬間。
新右衛門の目が開いた。
「――雷剣奥義」
◆
「電光石火!」
◆
バチィィィィィィィン!!
◆
世界が白く染まった。
雷そのものの斬撃。
九つの軌跡。
九つの閃光。
◆
ズバァァァァァン!!
◆
九つの首が同時に飛んだ。
◆
「今よ!!」
雪桃が叫ぶ。
冷気が放たれる。
ヒュドラの吐き出した二酸化炭素を一気に凍結。
◆
パキィィィィン!!
◆
白い塊。
ドライアイス。
◆
雪桃はそれを次々と投げ込んだ。
「これで!!」
「再生するなぁぁぁ!!」
◆
切断面が凍りつく
肉が盛り上がれない。
首が生えない。
◆
「止まった!!」
ハチマンが飛び上がる。
「成功です!!」
◆
ヒュドラが暴れる。
もがく。
咆哮する。
だが。
首は戻らない。
◆
「今だァァァァァ!!」
ランスロットが剣を掲げた。
「聖騎士団!!」
「総攻撃!!」
◆
「おおおおおっ!!」
騎士たちが雪崩れ込む。
剣。
槍。
斧。
ありとあらゆる武器がヒュドラへ叩き込まれる。
◆
ズドォォォォォン!!
◆
ついに。
巨体が崩れ落ちた。
◆
ヒュドラの身体から煙のようなもやが出てくる。
灰になっていく。
そして。
消滅した。
◆
静寂。
◆
「やったぁぁぁ!!」
ハチマンが飛び上がった。
雪桃も駆け寄る。
「勝った!」
「やったわ!!」
◆
新右衛門も微笑む。
ようやく終わった。
そう思った。
◆
しかし。
◆
誰も気づいていなかった。
◆
地面へ転がった首の一つ。
◆
その目が。
まだ生きていたことに。
◆
「……ッ!!」
◆
最後の力。
最後の怨念。
◆
ゴォォォォォッ!!
◆
猛毒の息。
◆
狙いは――雪桃。
◆
「え?」
◆
近すぎた。
◆
ハチマンも。
ランスロットも。
ソフィアも。
◆
誰も間に合わない。
◆
その瞬間。
◆
新右衛門が動いた。
◆
「雪桃!!」
◆
ドンッ!!
◆
雪桃の身体が突き飛ばされる。
◆
地面へ転がる。
◆
「きゃっ!?」
◆
振り返る。
◆
そこにいたのは。
◆
新右衛門。
◆
毒の息を。
真正面から浴びながら。
◆
それでも。
◆
笑っていた。
◆
「……其方に」
◆
「当たらなくて……よかった」
◆
雪桃の瞳が大きく開く。
◆
「新右衛門……?」
◆
次の瞬間。
◆
ドサッ。
◆
新右衛門の身体が崩れ落ちた。
◆
「新右衛門ォォォォォォ!!」




