海神への借りと九つ首の怪物
都。
陰陽寮。
神話級魔獣ケルベロスが封印されてから、数刻後――。
都には、ようやく静寂が戻りつつあった。
◆
安倍泰親は深く息を吐く。
「……助かった」
陰陽師たちも座り込んでいた。
御家人たちは未だ呆然としている。
あれほどの怪物が――。
あんなふざけた戦法で負けた。
誰も現実を受け入れきれていなかった。
◆
一方。
桃太郎一行。
犬が胸を張っていた。
「いやぁ~、今回もおいらの神プロデュースでしたね!!」
猿も頷く。
「犬ってサイズとか凶暴さ関係ないのな!」
キジだけが疲れた顔だった。
「なんで神話級魔獣相手に……、これでいいのかケルベロス……」
◆
その時。
泰親が桃太郎へ近づいた。
「桃太郎」
「ん?」
「其方の娘……雪桃だが」
空気が変わる。
「現在、西洋にいる」
桃太郎が固まった。
「……は?」
◆
「魔女メディア討伐のため、新右衛門たちと旅をしておる」
沈黙。
数秒後。
「なにィィィィィィ!!?」
桃太郎絶叫。
◆
「魔女メディアと戦う!!」
「しかも、男と一緒!!」
「危ないだろその旅!!」
「宿屋で同じ部屋とか絶対に許さんぞ!?」
「え~どういう展開!!」
桃太郎は取り乱す。
◆
だが。
犬だけは目を輝かせていた。
「魔女メディアって、超ネームドじゃないですか!!」
「やべぇ! 雪桃お嬢美味しい!!」
「お前は黙れ!!」
桃太郎が犬を掴んで振り回す。
「旦那、やめてくださいよ!?」
◆
桃太郎は頭を抱えた。
「男と一緒……」
「一線超える前に行かねぇと……!」
すると。
猿が首を傾げる。
「でもどうやって?」
キジも頷く。
「普通の船じゃ時間かかるぞ」
◆
その時。
桃太郎が顔を上げた。
「竜宮城だ」
「は?」
「相模の海の乙姫に頼む」
犬がぽんと手を打つ。
「なるほど!! 乙姫さんの宝船があったか!!」
◆
数日後。
相模の海。
竜宮城。
乙姫は露骨に嫌そうな顔をしていた。
「……嫌よ」
即答だった。
◆
「なんでだよォ!?」
桃太郎が叫ぶ。
乙姫は扇子を閉じる。
「まず、あんたたち嫌いだし」
「大西洋は昔、人魚姫と揉めたせいで――」
「ポセイドンに出禁にされてるのよ」
沈黙。
「……ポセイドン?」
桃太郎が首を傾げる。
「薩摩の人?」
「いや、ぜんぜん違います!!」
犬が全力で突っ込んだ。
◆
「海神ですよ海神!!」
「これからの英雄は文武両道です!!」
「二刀流ですよ!!」
「海外の神様とか知らなくても勢いでいけるかなって……」
「いや、今は賢くて強いが主流ですから!!」
「……すまん」
◆
すると。
「ポセイドンなら、私が話をつけてあげる」
静かな女の声。
全員が振り返る。
◆
そこにいたのは――メデューサ。
長い黒髪。
黄金の瞳。
そして、神話級の妖気。
◆
「メデューサ!!」
桃太郎が目を輝かせる。
メデューサはため息を吐いた。
「あなた、本当に娘に甘いわね……」
「だってママ、男と一緒だよ!!」
「まったく仕方ないわね」
メデューサは海を見つめた。
「ポセイドンには、少し借りがあるもの」
その瞳が妖しく細まる。
◆
一方――。
バチカン。
聖騎士団仮本部。
ランスロットは疲れ切った顔で戻ってきていた。
「どうだったの?」
雪桃が尋ねる。
ランスロットは苦く笑う。
「……ペルセウスには会えた」
「だが」
「メディアと戦うことは拒否された」
◆
空気が重くなる。
ソフィアも顔を伏せた。
「やはり……」
だが。
雪桃だけは首を傾げていた。
「え?」
「石桃ちゃんがホームステイしてる家のおじさんでしょ?」
ランスロットが固まる。
「……石桃?」
「うん」
雪桃は普通に答えた。
「私が説得してあげるわよ!」
ランスロットが頭を抱えた。
「世界的英雄を、親戚のおじさんみたいに言うな……」
◆
その時だった。
バァン!!
扉が勢いよく開いた。
「団長ォォォ!!」
騎士が飛び込んでくる。
「急報です!!」
「どうした!?」
騎士の顔は真っ青だった。
「巨大怪物がバチカンへ接近中!!」
「首が再生しています!!」
◆
沈黙。
そして。
「……ヒュドラか」
ランスロットの顔色が変わる。
ギリシャ神話の大蛇。
九つ首の怪物。
しかも。
首を斬れば増殖する。
◆
「街へ入れるな!!」
ランスロットが叫ぶ。
「城壁の外で迎え撃つ!!」
◆
バチカン郊外。
大草原。
騎士団。
雪桃たち。
そして聖職者たちが並ぶ。
風が吹く。
次の瞬間。
地平線の向こうで――。
巨大な影が蠢いた。
ズズズズズ……。
九つの首。
巨大な毒蛇。
ヒュドラ。
その咆哮が、夜空を震わせた。




