鬼神と坂東武者
都を離れた新右衛門たちは、東国へ向かっていた。
伊吹山の山道。
夕暮れ。
赤く染まった空の下を歩いていく。
ハチマンが荷を抱えながら唸った。
「鹿島まで遠いですねぇ……」
「東国は広いからな」
新右衛門が答える。
武蔵国荏原郡育ちの新右衛門にとって、東への旅路はどこか懐かしさもあった。
心地よい山風。
土の匂い。
都とは違う、荒々しくも澄んだ空気。
その横で、雪桃がふと眉をひそめる。
「……なんか騒がしい」
「騒がしい?」
次の瞬間。
『金太郎より桃太郎の方が強いぞぉぉぉ!!』
『しかもイケメンだぁぁぁぁ!!』
山へ響く大声。
三人は止まった。
「……は?」
新右衛門が真顔になる。
さらに。
『鬼退治するなら桃太郎ぉぉぉ!!』
『爽やか好青年桃太郎ぉぉぉ!!』
『足ツボマットにも強いぞぉぉぉ!!』
「なんなんですかこの山!?」
ハチマンが叫んだ。
雪桃は深く額を押さえる。
「……また親父が関与した話だわ……」
◆
声の方へ向かう。
すると山奥の広場で、鬼たちが大宴会を開いていた。
酒。
肉。
焚火。
そして中央。
巨大な盃を片手に座っていたのは――
酒吞童子。
長い黒髪。
女のように整った美貌。
だが全身から溢れる鬼気は、まさに鬼神。
その酒吞童子が、山へ向かって叫んでいた。
『桃太郎は礼儀正しいぞぉぉぉ!!』
『金太郎は熊と相撲して喜ぶ変人だぁぁぁ!!』
「何をしているんだ……」
新右衛門が呆然とする。
酒吞童子は三人へ気づいた。
「お?」
鬼たちも振り返る。
だが酒吞童子は、雪桃を見るなり豪快に笑った。
「おお!」
「雪女の娘ではないか!」
「大きくなったな!」
「……どうも」
雪桃は軽く頭を下げる。
「で?」
酒吞童子が新右衛門を見る。
「そっちの男は?」
「……付き人です」
「付き人はやめてくれ……」
新右衛門が少し傷つく。
ハチマンが尻尾を振った。
「橘新右衛門さんです!」
「メディア討伐の旅の途中でして!」
「ほう……」
酒吞童子の目が少し細くなる。
「西の魔女を追っておるか」
◆
だが新右衛門は、先ほどから気になっていたことを聞いた。
「先ほどの……桃太郎殿の宣伝は?」
「ん?」
酒吞童子は真顔になった。
「言いつけだ」
「言いつけ?」
「あの男、大江山でわしを倒した後にな」
『反省したなら今後は、“桃太郎は金太郎より強くてイケメン”と広めろ』
『あと“爽やか”も追加で』
『鬼の口コミ力を舐めるな』
『世界的人気には宣伝が必要だ』
「そう言って帰っていった」
沈黙。
ハチマンが震える。
「どんな冒険してるんだ!!」
雪桃は本気で恥ずかしそうに額を押さえた。
「……あの親父は……」
◆
新右衛門は恐る恐る聞く。
「では……酒吞童子殿は、桃太郎殿を恨んでいるのでは?」
すると酒吞童子は、意外そうな顔をした。
「別に?」
「え?」
「源頼光どもは嫌いだがな」
鬼たちも頷く。
「あいつら陰険だった」
「封印とかするし」
「酒に毒混ぜるし」
「まぁ鬼退治だからな……」
新右衛門が苦笑する。
だが酒吞童子は笑った。
「だが桃太郎どもは、なんか憎めん」
「憎めない?」
「あやつら、戦いの後に普通に宴会して帰っていったからな」
「……そうなのか」
新右衛門は苦笑いした。
「しかも帰り際」
『今度は正々堂々やろうな!』
とか爽やかに笑って帰っていった」
酒吞童子は大笑いした。
「頭のおかしい連中だ!」
◆
「……で?」
新右衛門は気になっていたことを聞く。
「足ツボマットとは」
酒吞童子の顔が真顔になった。
「足裏が痛すぎて悶絶してる間にやられた」
「なんという天才的な発想!!」
ハチマンが叫ぶ。
雪桃はさらに深く額を押さえた。
「……ほんと何してるの親父……」
◆
だが次の瞬間。
酒吞童子の視線が鋭くなる。
「だが貴様は違うな」
「え?」
「気品があるが、その奥に無骨な武者の匂いがする」
新右衛門は静かに頷いた。
「武蔵国荏原郡の生まれです」
「ほう……」
酒吞童子は笑う。
「なるほど」
「武勇に名高い坂東武者か」
そして立ち上がる。
巨大な鬼神。
圧倒的威圧感。
「ならば試してやろう」
酒吞童子は木刀を放った。
新右衛門が受け取る。
「真っ向勝負だ」
「武人なら、それで十分」
◆
鬼たちが歓声を上げる。
「始まるぞぉ!!」
「賭けだ賭け!!」
ハチマンが叫ぶ。
一方、雪桃は静かな表情で木へ寄りかかった。
「……頑張って」
「応援してくれるのか?」
「……別に」
だが少し口元が緩んでいた。
◆
勝負開始。
ドォン!!
酒吞童子の木刀が唸る。
重い。
まるで丸太。
新右衛門は吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
「新右衛門さん!?」
ハチマンが叫ぶ。
だが新右衛門は立ち上がる。
再び踏み込む。
何度弾かれても前へ出る。
その姿を見て。
雪桃は小さく呟いた。
「……負けないで」
◆
そして最後。
酒吞童子の豪快な振り下ろし。
新右衛門は紙一重で踏み込み――
一閃。
パァン!!
木刀が酒吞童子の胸を打った。
静寂。
鬼たちが固まる。
「……一本」
酒吞童子は止まり。
やがて――
「ガハハハハハ!!」
山を揺らすほど笑った。
「面白い!!」
「久々だ!!」
「こんな骨のある若侍は!!」
◆
その後。
酒吞童子は蔵から一本の刀を持ってきた。
禍々しい鬼気を放つ名刀。
「これは……」
「鬼切丸」
新右衛門が目を見開く。
「鬼切丸!?」
「昔、源頼光に封印された時にな」
「こっそり盗んだ」
「何をしてるんですか」
「気に入っていたのでな!」
雑だった。
酒吞童子は笑う。
「ちなみに頼光は、盗まれたのを隠すためにレプリカ作って誤魔化しておったぞ」
「秘剣とかいって公開されたことなかったが、そういうことか……」
「頼光さんも嘘つき抜くの大変だったでしょうね……」
ハチマンが引いていた。
だが酒吞童子は真面目な顔になる。
「持っていけ」
「異界の怪物にも通る」
「これから先、必要になる」
新右衛門は深く頭を下げた。
「……かたじけない」
◆
出発前。
酒吞童子は東を見る。
「早く鹿島へ行け」
「メディアは要石を破壊しようとしておる。あれが、動かされたら大変じゃ」
そして低く続けた。
「だが気をつけろ」
「最近、“異国の怪物”が東へ流れている」
鬼火が揺れる。
不穏な風が吹いた。
新右衛門は鬼切丸を握る。
雪桃も静かに空を見上げた。
そして三人は再び旅立つ。
鹿島神宮へ向かって。
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