鴨川河童相撲
橘新右衛門、雪桃、ハチマン。
三人は都へ向かっていた。
目的は一つ。
世界を混乱へ陥れている魔女メディアを討つこと。
◆
都へ入った瞬間、新右衛門は顔をしかめた。
空気が重い。
町は静まり返り、人々は怯えた顔で家へ閉じこもっている。
屋根の上には鬼火。
路地の奥には、逆さまの女の影。
まるで都全体が悪夢に沈んでいた。
「……酷いな」
新右衛門が呟く。
ハチマンも耳を伏せる。
「陰陽寮でも手が回ってないそうです」
雪桃は黒い瞳を細めた。
「……気持ち悪い」
◆
その時だった。
「助けてくれぇ!!」
鴨川の方から悲鳴が響く。
三人が駆けつけると、橋の上で人々が騒いでいた。
「また河童だ!!」
「子供が引きずり込まれた!!」
川を見る。
水中を緑色の影が走っていた。
新右衛門は即座に駆け出す。
川辺では、数匹の河童が少年を囲んでいた。
だが様子がおかしい。
目が赤黒く濁っている。
息も荒い。
「尻子玉!!」
「引きずり込め!!」
「相撲だぁ!!」
完全に理性が飛んでいた。
だが新右衛門は刀を抜かなかった。
「……斬れんな」
「え?」
ハチマンが振り返る。
「こいつら、正気じゃない」
雪桃が川を見つめる。
「……水が変」
「変?」
「呪術が混ざってる」
雪桃は淡々と続けた。
「欲望とか本能を増幅されてる」
「多分、メディア側の怪異」
ハチマンが息を呑む。
「じゃあ河童たちは操られてるんですか!?」
「完全にじゃないけど」
「かなり引っ張られてる」
新右衛門は静かに頷いた。
「ならば、なおさら斬れん」
◆
その時。
一匹の河童が叫んだ。
「なら相撲だぁ!!」
「勝った方が強い!!」
「都代表決定戦!!」
「……相撲だと」
新右衛門が呟く。
だが河童たちは盛り上がる。
「相撲!!」
「相撲!!」
ハチマンが青ざめた。
「新右衛門さん、河童は相撲が得意な妖怪なんです! 罠ですよ!」
だが新右衛門は静かに羽織を脱ぐ。
「いいだろう」
「刀は使わん」
「敵の土俵で戦ってやろう!」
「えええええええ!?」
◆
即席の土俵。
鴨川河原。
河童たちは異様な熱気に包まれていた。
「はっけよい!!」
ドン!!
一匹目。
河童が突っ込む。
だが次の瞬間。
新右衛門の体が滑らかに動いた。
上手投げ。
河童が空を舞う。
「ぎゃああああ!!」
二匹目。
三匹目。
次々と投げ飛ばされる。
その姿はまるで――
かつてタケミナカタ神を圧倒した武神タケミカヅチのようだった。
「強ぇぇぇ!!」
「なんだこいつ!!」
河童たちが騒ぐ。
その横で。
「よ! 土俵の鬼!」
ハチマンは座布団を投げて大盛り上がり。
「何をしてるんだお前は」
新右衛門が冷静に突っ込む。
「興行です!」
「後で絶対お金取れます!」
「ほどほどにな……」
◆
そして最後の一匹。
河童は新右衛門へ突っ込もうとして――
ふと、雪桃を見た。
(綺麗……)
(尻子玉……)
スッ。
河童が雪桃へ近づく。
そして。
ぽん。
尻へ触れた。
◆
空気が止まる。
雪桃はゆっくり振り向いた。
「……え?」
黒い瞳が揺れる。
怒り。
そして羞恥。
頬が少し赤い。
「……今、触った?」
河童が青ざめる。
「いや、その、尻子玉を……」
「……っ」
ビキッ。
空気が凍る。
次の瞬間。
ゴォォォォォォッ!!
吹雪。
鴨川ごと完全凍結。
河童たち全員、氷像化。
橋まで白く染まる。
「寒っ!!」
ハチマンが転がった。
雪桃はぷいっと顔を背ける。
「……最低」
◆
だがしばらくして。
凍っていた河童たちは、徐々に正気を取り戻した。
「さ、寒ぃ……」
「頭冷えた……」
「うぅ……」
新右衛門が河童たちを見る。
「戻ったか」
河童たちは顔を見合わせる。
そして。
「……すまねぇ」
河童たちは一斉に頭を下げた。
「最近、ずっと頭がおかしかったんだ……」
「川の底から、変な声が聞こえて……」
「イライラして……」
「暴れたくなって……」
新右衛門は静かに聞いていた。
すると、一匹の河童が雪桃へ土下座した。
「雪女の娘さん!!」
「本当にすまねぇ!!」
「尻子玉取ろうとしただけで!!」
「触るつもりじゃ――」
ピシッ。
河童の頭が少し凍る。
「……尻子玉取ろうとするのもだめ!」
「すみませんでしたぁぁぁ!!」
河童は泣きながら謝った。
ハチマンが小声で言う。
「自然系(ロギア系)恐ろしい……」
◆
やがて河童たちは、新右衛門たちへ話し始めた。
「最近、“西の魔女”って呼ばれてる奴の噂が広がってる」
「妖怪たちへ甘い言葉をかけてるんだ」
「“好きに暴れていい”って」
「“人間を憎め”って」
「逆らうと、頭がおかしくなる……」
新右衛門の顔が険しくなる。
「メディアか」
河童は震えながら頷いた。
「しかも最近、“鹿島”を気にしてる妖怪が多い」
「鹿島神宮?」
「そこにいる“物忌み様”が、何か知ってるって噂だ」
雪桃が小さく呟く。
「……物忌み様」
◆
翌日。
凍った鴨川には、大勢の人が集まっていた。
「滑れるぞ!!」
「すげぇ!!」
「氷の川だ!!」
子供たちが歓声を上げる。
その中央で。
ハチマンが元気よく叫んでいた。
「河童スケートリンクでーす!!」
「入場料三文!!」
「甘酒付き五文!!」
「転んだ人向け湿布二文!!」
大繁盛だった。
新右衛門が呆れた顔をする。
「……何をしている」
「旅費稼ぎです!」
「ついでに都の皆さんも元気になります!」
「あと河童相撲特別席はこちら!」
「商魂たくましいな……」
雪桃は少し離れた場所で、頬を膨らませていた。
「……私の氷で商売してる」
「ちゃんと利益分けますって!」
◆
その後。
三人は陰陽寮へ向かった。
都の中心。
大量の結界札が張られた建物。
その最奥で待っていたのは――
陰陽頭、
安倍泰親だった。
老人は静かに三人を見る。
「河童を鎮めたそうですな」
「一時しのぎですが」
新右衛門が答える。
泰親は頷いた。
「それでも十分です」
「今の都では、それすらできぬ者が多い」
そして真剣な顔になる。
「河童たちから、“鹿島”の話を聞きましたな?」
「ああ」
「鹿島神宮には、“物忌み様”がおられます」
「神へ仕える特別な巫女です」
「その方は、古くから“異国の災い”を視る力を持っておられる」
新右衛門の目が細くなる。
「つまり」
「メディアについて知っている可能性が高い」
泰親は静かに頷いた。
「向かいなさい」
「今の日本で、メディアの正体へ最も近い場所が鹿島です」
雪桃は静かに息を吐いた。
「……また移動」
「旅ってそういうものですよ!」
ハチマンは元気よく言う。
そして三人は、新たな目的地――
鹿島神宮へ向かうのだった。




