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月姫のお仕置きと満月の別れ

 ロンドン郊外。


 満月が夜空を照らしていた。


 その月光の下で――。


 月桃つきもとキルケーが向かい合っていた。


     ◆


「へぇ……」


 キルケーが妖しく笑う。


「あなたが月のお姫様?」


「そうだけど?」


「下品なお姫様だこと」


「ぶっ殺す!」


 月桃は肩を鳴らした。


「オバサンこそ、人の姉妹喧嘩を面白がってくれたわね」


 黄金の瞳が細まる。


「楽しかったでしょう?」


「全然」


 月桃は一歩踏み出す。


「あんたは、この私が直々にしばき倒す!」


     ◆


 だが次の瞬間。


 キルケーが杖を掲げた。


「なら――遊び相手を増やしてあげる」


 呪文。


 空間が歪む。


 すると。


 ボコボコボコッ!!


 地面から、小柄な影が無数に現れた。


 緑色の肌。


 醜悪な顔。


 悪意に満ちた目。


 ゴブリン。


     ◆


「女性が一番嫌がる精霊を呼んで差し上げたわ!」


 キルケーが高笑いする。


 ゴブリンたちも下品に笑った。


「ギャハハハ!!」


「女だ女だ!!」


「攫え攫え!!」


     ◆


 だが。


 月桃は真顔だった。


「……は?」


 そして。


「タイマンだって言ってんだろ!!」


 ピィィィィィッ!!


 鋭い指笛。


 次の瞬間。


 森の奥から無数の咆哮が響いた。


「お嬢ォォ!!」


「月のお嬢!!」


「姐さぁぁん!!」


 狼人間。


 おなじみ狼男軍団だった。


     ◆


 雪桃ゆきもが目を瞬く。


「また来た……」


 ハチマンが真顔だった。


「あの子分の方々、柄が悪くて、おいら苦手です……」


     ◆


 月桃は木刀を肩へ担ぐ。


「あの女とは、サシでやりてぇ!」


「緑色の雑魚どもを任せていいか?」


 狼男たちが牙を剥いた。


「任せろォ!!」


「ミンチにしてやるぜ!!」


 月桃がニヤリと笑う。


「獣らしく蹂躙してやりな!」


「「「うぉぉぉぉぉっ!!!」」」


     ◆


「やっぱ最高だぜ月のお嬢!!」


「姐さん大好きだぜ~!!」


 士気MAX。


 狼男たちがゴブリンへ雪崩れ込む。


 完全にどちらが悪役かわからない。


 雪桃がぽつり。


「……どっちが被害者かわからないわね」


 ハチマンも頷く。


「完全にゴブリン側が可哀想に見えてきました」


     ◆


 一方。


 月桃はキルケーへ向かって歩いていた。


「なかなか面白いじゃない」


 キルケーが笑う。


 だが。


「頭が高いのよオバサン」


 月桃が手を掲げる。


 瞬間。


 ズドォォォォン!!


「なっ!?」


 キルケーの身体が地面へ叩き落とされた。


     ◆


「ぐっ……!」


 地面が陥没する。


 キルケーの表情が歪む。


「な、なに……この力は……!」


 月桃は冷たく笑った。


「オバサンは、りんごがなんで木から落ちるか考えたことないのかしら?」


 さらに。


 ゴゴゴゴゴ……。


 重力が増す。


 キルケーの身体が地面へめり込んだ。


「か、身体が……!」


「動けないでしょ?」


     ◆


「私に“海賊漫画の海軍大将みたい”とか言っておいて、自分も大概じゃない……」


 雪桃が呆れる。


 ハチマンが真顔で突っ込む。


「あの、海賊漫画の話は、あまりしないでもらえますか」


「色々気にしてるんです!」


「ごめん、旅が打ち切りになるのは嫌だから、もう、その話はしないわ……」


     ◆


 月桃はキルケーを見下ろした。


 満月が、その背後で輝く。


「満月が深淵を描くとき――」


「私は本当の力を発揮するの……」


 沈黙。


     ◆


「……絶対今作った話ですよね?」


 ハチマンが小声で言う。


「厨二病ってやつね」


 雪桃もぼそっと呟いた。


     ◆


「雪桃ォ!!」


 月桃が叫ぶ。


「呪符!!」


「ひゃあいっ!!」


 あまりの勢いに、雪桃が変な返事をした。


 ハチマンが吹き出す。


「気合いが半端ないです!!」


     ◆


 雪桃は慌てて呪符を取り出し、キルケーへ貼り付ける。


 バシィッ!!


「ぐぁぁぁぁっ!!」


 キルケーの身体から黒い煙が吹き出した。


 呪符が燃える。


 魔力が崩壊していく。


「こ、この私が……!」


     ◆


 一方。


 コルキス。


 魔女の城。


 メディアは静かにワインを飲んでいた。


 水晶玉に映るのは、苦しむキルケー。


 だが。


 怒りはない。


 ただ静かだった。


     ◆


 その時。


 キルケーが最後の力を振り絞る。


 懐から抜き放たれたのは――ククリナイフ。


「道連れよ……!」


 シュッ!!


 刃が新右衛門へ飛ぶ。


     ◆


 だが。


 バチィィィン!!


 紫の魔力が空間を裂いた。


 ナイフが弾き飛ばされる。


 新右衛門が目を見開く。


「今のは……?」


     ◆


 コルキス。


 メディア自身も固まっていた。


「……私は」


「なぜ、あの侍を助けた……?」


 その瞬間。


 頭の奥で声が響く。


『ねんねんころりよ~』


 子守歌。


 そして。


 赤子を背負った、一人の女。


 “小夜”


 その名だけが脳裏に浮かぶ。


「っ……!」


 メディアが頭を押さえた。


 激痛。


 次の瞬間。


 バシャァァン!!


 水晶玉が叩き割られる。


     ◆


 ロンドン郊外。


 キルケーは、完全に力尽きていた。


「ま、まさか……」


「この私が……」


 月桃は背を向ける。


「まさかじゃないわ! 当然の結果よ」


     ◆


 その後。


 狼男たちは解放された。


「また呼んでくれよ姐さん!!」


「次はもっと派手に暴れるぜ!!」


 月桃は軽く手を振る。


「お疲れ!」


     ◆


 そして。


 夜空から、一隻の船が降りてきた。


 月の船。


 銀色の光を放ちながら、静かに浮かぶ。


 月桃は振り返った。


「じゃあね」


 雪桃が少し寂しそうに笑う。


「……もう帰るんだ」


「メディアと戦う時は、また来るから」


 月桃はそう言って笑った。


「その時は、ちゃんと月姫って呼びなさいよ?」


「考えとく」


 雪桃も笑う。


     ◆


 月桃は船へ乗り込んだ。


 銀の光。


 そして。


 月の船は、夜空へ消えていく。


     ◆


「白雪姫の城から騒がしい旅であったが……」


 新右衛門が静かに笑う。


「楽しかったな」


 雪桃は少し驚き――。


 やがて微笑んだ。


「うん」


「色々あったけど……」


「月桃とは、初めて姉妹って感じがした」


     ◆


 だがその時。


「良い雰囲気のところ悪いのだが」


 ソフィアが割って入る。


「英国での任務は完了だ」


「バチカンへ戻るぞ」


 完全に空気を切った。


「ソフィア殿……」


 新右衛門が少し困る。


 雪桃もむっとした。


     ◆


 その時。


 満月を見上げていたハチマンが、静かに空へ顔を向けた。


 そして。


「ウォォォォォン……!!」


 遠吠え。


 久しぶりの、“犬らしい姿”だった。


 ロンドンの夜空に、満月と柴犬の遠吠えが響き渡る。


 その声はまるで――。


 次なる旅の始まりを告げる、遠い鐘のようだった。

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