白兎雪桃と月姫のお仕置き
ロンドン郊外。
霧深い夜道を、新右衛門たちは歩いていた。
その腕の中には――。
「……」
白い兎。
長い耳。
ふわふわの毛並み。
そして頭には、あの白い花飾り。
雪桃だった。
◆
「どうしたものか……」
新右衛門は真剣な顔で腕を組んでいた。
「完全に兎だな……」
「そうね……」
ソフィアが隣で同じく困った顔をしている。
だがその時。
ぴょん。
雪桃兎が、新右衛門の膝へ飛び乗った。
「おっと」
新右衛門は自然に抱き留める。
すると。
もふっ。
雪桃兎は当然のように新右衛門の胸へ顔を埋めた。
「…………」
月桃が半目になる。
「ねぇ」
「どうした?」
「この子、本当に意識ないの?」
雪桃兎は完全に聞こえていないふりをしていた。
◆
その時。
「戻ったですー!!」
ハチマンが勢いよく駆け込んでくる。
口には大量の紙束。
「英国魔術学院から情報持ってきました!!」
「どうだった?」
新右衛門が振り向く。
ハチマンは胸を張った。
「ウサギ化解除の方法、見つけたです!」
◆
紙を広げる。
「必要なのは、“魔法の砂”」
「それに“満月の強い光”を当てること!」
「そして、それを対象へ振りかければ元に戻るそうです!」
「なるほど」
新右衛門が頷く。
だが。
ハチマンの顔は微妙だった。
「ただし……」
「普通の満月じゃ駄目です」
「もっと強い“月の力”が必要らしいです」
沈黙。
全員の視線。
ゆっくりと――月桃へ向く。
「…………」
月桃は露骨に顔を逸らした。
「知らない」
「月桃殿」
「知らないって言ってるでしょ」
◆
キルケーの薬の効果は、既に切れていた。
だが。
薬が効いていた時の喧嘩が、妙に尾を引いていた。
「だいたい、あの雪女が悪いんじゃない」
月桃は腕を組む。
「私のこと“偽月姫”とか言ってたし」
ぴくっ。
雪桃兎の耳が反応した。
「お嬢、意識は普通にあるんじゃないですかね?」
ハチマンが真顔だった。
◆
「頼む」
新右衛門が頭を下げる。
「雪桃を元へ戻したい」
「嫌」
即答。
「戻れなかったら、月に連れて帰って餅でもつかせるからいいわよ」
「ちょうどいい、兎だし」
「それはあまりにも……」
新右衛門が困った顔をする。
だが。
月桃の表情には、どこか迷いもあった。
本当は助けたい。
しかし。
自分から折れるのが悔しい。
そんな顔だった。
◆
その夜。
新右衛門は、再び月桃の前へ立っていた。
「しつこいわねぇ、何度来ても同じ……」
月桃が呆れたように言う。
すると。
新右衛門は静かに膝をついた。
「雪桃を戻してほしい」
「頼む」
月桃が目を見開く。
「……あんた」
その姿は真剣だった。
迷いも。
照れも。
一切ない。
「雪桃は、大切な仲間なんだ」
「……だから、あいつが笑えなくなるのは嫌だ」
◆
沈黙。
月桃はしばらく黙り――。
そして、大きくため息を吐いた。
「……ったく、ほんとしつこいわね」
「雪女みたい」
ぴくっ。
雪桃兎の耳が動いた。
「直してあげるから」
月桃は新右衛門を見る。
「しつこい同士だし、一生あの雪女と仲良くしたら?」
「……ああ」
新右衛門は笑みを浮かべ素直に頷いた。
月桃も少しだけ笑う。
「ほんと、真面目」
◆
満月の夜。
ロンドン郊外の丘。
空には巨大な月が浮かんでいた。
その中央に立つのは――月桃。
「ママー!!」
空へ向かって叫ぶ。
「事情説明したから、ちょっと月光強めでお願いー!!」
次の瞬間。
ゴォォォォォッ!!
満月が輝きを増した。
「うわっ!?」
ハチマンが転がる。
月光が地上へ降り注ぐ。
そして。
月桃が魔法の砂を取り出した。
「いくわよ」
さらさらと、砂が舞う。
銀色の光。
そして。
パァァァァァッ!!
◆
光が弾ける。
その中央で。
「……ん」
雪桃がゆっくり目を開けた。
黒髪。
白い肌。
いつもの姿。
「戻った!!」
ハチマンが飛び跳ねる。
新右衛門も安堵したように息を吐いた。
「よかった……」
雪桃はしばらくぼんやりしていたが――。
次の瞬間。
「月桃ぉぉぉ!!」
勢いよく抱きついた。
「えっ!?」
「ごめんねぇぇぇ!!」
雪桃の声が震える。
「薬のせいとはいえ、ひどいこと言ってごめん!!」
月桃は一瞬驚き――。
やがて苦笑した。
「もう済んだ話よ」
「気にしてないって」
◆
だが。
月桃の表情が、ふと止まる。
「……待って」
「ん?」
「なんであんた、私が助けたこと知ってんの?」
沈黙。
雪桃の顔が固まった。
「…………」
「……お前」
月桃の目が細まる。
「ウサギの時、意識あったろ?」
「えっ」
「しかも新右衛門にめちゃくちゃ甘えてたろ?」
「ち、違っ――!!」
雪桃の顔が一気に真っ赤になる。
「そんなわけないでしょ!!」
「へぇ~?」
「お嬢、絶対意識ありましたよね?」
ハチマンが真顔だった。
「うるさい!!」
◆
その時だった。
空気が歪む。
「ふふ……」
女の笑い声。
闇の中から現れたのは――キルケー。
「楽しそうじゃない」
黄金の瞳が妖しく光る。
雪桃たちの空気が、一瞬で張り詰めた。
◆
新右衛門が刀へ手をかける。
だが。
安倍泰親から渡された呪符は、雪桃の持つ最後の一枚だけ。
「どうする……」
その時。
「私がやる」
月桃が前へ出た。
「月桃?」
「よくも姉妹喧嘩させてくれたわね」
キルケーが笑う。
「あら、楽しかったでしょう?」
「くそババア~」
月桃は肩を鳴らした。
「ねえ、オバサン、この際、どっちが上か教えてあげる」
「ほう? 面白いことを言う娘だ頭の中までおめでたいのかしら」
「おめでたいのは、オバサンの着ているその派手な衣装の方よ!」
◆
そして、月桃はゆっくりとポーズを決めた。
片手を掲げ。
もう片方を腰へ。
満月を背に――。
「月に代わってお仕置きよ!!」
沈黙。
◆
「…………」
「…………」
雪桃。
新右衛門。
ハチマン。
三人とも微妙な顔だった。
(完全にパクってる……)
誰も口には出さなかった。
だが。
月桃だけは、満足そうに決め顔をしていた。
そして。
ロンドンの夜空に、再び戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――。




