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黒ひげ海賊団と人魚姫の海

 フランスを抜けた雪桃ゆきもたちは、ついに海へ辿り着いていた。


 灰色の空。


 冷たい潮風。


 その先には――英国。


「このドーバー海峡を越えれば大英帝国ですね!」


 ハチマンが船の甲板を駆け回る。


 ソフィアが苦笑した。


「落ちるなよ」


「犬かき得意なんで平気です!」


「ハチマンは元気が良いな」


 新右衛門しんえもんは海を見つめていた。


「……静かだな」


 だが。


 その静けさは、長く続かなかった。


     ◆


 ドォォォォン!!


 突然、砲撃音が海へ響いた。


「なっ!?」


 騎士たちが振り向く。


 霧の奥から現れたのは――黒い船。


 巨大な海賊船だった。


 どす黒い帆。


 骸骨旗。


 まるで海そのものが怨念を纏ったような異様な艦。


 そして船首に立つ男。


 巨大な黒髭。


 鋭い眼光。


 豪奢なコート。


「クハハハハ!!」


 男が笑った。


「女は上玉揃いじゃねぇか!!」


 ソフィアが眉をひそめる。


「……海賊か」


 男は帽子を取った。


「黒ひげティーチ船長だァ!!」


 海賊たちが歓声を上げる。


「船長ぉぉ!!」


「略奪だァ!!」


「酒だ女だァ!!」


 そして黒ひげはニヤリと笑った。


「男は皆殺し!!」


「女は生け捕りにしろォ!!」


「「「おおおおおっ!!」」」


 海賊たちが一斉に飛び移ってくる。


 剣。


 銃。


 斧。


 完全武装だった。


 雪桃の瞳が冷える。


「……凍らせる?」


 月桃つきもも手を開き重力操作の構えを取った。


「全員海に沈めるか?」


 だが、その瞬間だった。


     ◆


 ――ラァァァァ……。


 海から歌声が響いた。


「……え?」


 騎士たちが動きを止める。


 海賊たちも固まった。


 美しい。


 あまりにも美しい歌声。


 海面を見る。


 そこには――美女たち。


 長い髪。


 透き通る白い肌。


 妖艶な瞳。


 人魚たちだった。


 海面から微笑みながら歌っている。


「綺麗……」


 騎士の一人が呟いた。


 ふらり。


 そのまま海へ歩き出す。


「おい待て!!」


 ソフィアが止めようとする。


 だが。


 他の騎士も。


 海賊たちも。


 皆、魅了されたように海へ向かっていた。


 新右衛門だけは眉をひそめる。


「……この歌声、精神干渉か」


 その瞬間。


 ズルゥッ!!


「ぎゃあああっ!!」


 人魚の舌が伸びた。


 騎士の首へ巻き付き、そのまま海中へ引きずり込む。


 さらに。


 バシャァッ!!


 別の人魚が海賊へ飛びつく。


「た、助け――」


 ゴボゴボゴボッ!!


 海へ消えた。


「人魚どもだァ!!」


 黒ひげが怒鳴る。


「海へ引きずり込まれるなァ!!」


 だが遅い。


 次々と人が消えていく。


     ◆


 新右衛門は魅了されていない。


 精神干渉への耐性。


 玉藻の前の試練。


 鹿島での修行。


 それらを超えてきた彼には効かなかった。


 だが。


「た、助けてください!!」


 若い騎士が海へ引きずられていた。


 新右衛門は即座に駆ける。


「掴まれ!!」


 手を伸ばした瞬間――。


 海が割れた。


 そこから現れたのは。


 巨大な尾を持つ、美しき女。


 銀髪。


 蒼い瞳。


 王冠。


 そして人外の妖気。


 人魚姫。


 彼女は妖しく微笑んだ。


「見ぃつけた」


 ゾワッ。


 新右衛門の腕へ白い指が絡みつく。


「っ!?」


 次の瞬間。


 ドボォォン!!


「新右衛門!!」


 雪桃が叫ぶ。


 だが新右衛門は、そのまま海中へ引きずり込まれていった。


     ◆


「し、新右衛門さんが!!」


 ハチマンが絶叫する。


 雪桃の周囲へ冷気が渦巻く。


「……海ごと凍らせる」


「待て!! 雪桃殿、落ち着け!」


 ソフィアが止めた。


「あんた、味方まで全員凍ってしまうわよ!!」


 月桃も頷く。


「どうしたらいいの……」


 雪桃は唇を噛んだ。


「まずいな……」


 ソフィアの顔も険しい。


「……人魚姫は、人間の男を海へ引きずり込み――」


「海の中の宮殿に連れていき、そこで喰らい、子を産むと伝承にある」


 沈黙。


 雪桃の顔色が変わる。


「……食べられる前に助けなきゃ!」


「でも、どうやって海の中に……」


     ◆


 その時。


 黒ひげが頭を掻いた。


「……面倒なことになったな」


 雪桃が睨む。


「何か方法ないの!?」


「ある」


 黒ひげはニヤリと笑った。


「昔、人魚どもから盗んだお宝がある」


 すると海賊たちがざわつく。


「船長!?」


「あれ使うんですか!?」


 黒ひげは笑った。


「海中でも進める水晶玉だ」


     ◆


 数十分後。


 船の中央へ巨大な水晶玉が据えられていた。


 青白く光る宝玉。


 すると。


 ゴゴゴゴ……。


 船の周囲へ膜が張られる。


「す、すごい……」


 ソフィアが目を見開く。


 そして。


 船はそのまま海中へ潜り始めた。


     ◆


 深海。


 暗い海。


 魚の群れ。


 そして遥か先には――。


 巨大な海底宮殿。


 珊瑚と貝殻で築かれた、人魚姫の王宮。


 だがその途中。


 雪桃と月桃が同時に黒ひげを睨んだ。


「……ねぇ」


「おっさん」


 黒ひげが嫌な予感を覚える。


「な、なんだ」


 雪桃が冷たい声で言った。


「これ、あんたが水晶玉を盗んだのが原因じゃないの?」


「…………」


 月桃も腕を組む。


「お前、その顔、図星だろ?」


「…………」


 黒ひげが視線を逸らした。


「……まぁ少し怒らせるようなことはしたかな」


「やっぱりあんたのせいじゃない!!」


 ドゴッ!!


「ぐほっ!?」


 雪桃の蹴りが背中へ炸裂。


「新右衛門返せぇぇ!!」


 ドゴッ!!


「ぎゃっ!!」


 今度は月桃。


「さっさとしろよ、髭オヤジ!!」


「いてぇぇぇぇ!!」


 さらに。


 ドゴッドゴッドゴッ!!


 尻。


 背中。


 脇腹。


 連続蹴り。


 黒ひげが転げ回る。


「お、お前らやめんか!!」


「うるさい!!」


「船長ー!!」


 海賊たちが泣いていた。


「完全に尻蹴り地獄です!!」


 ハチマンは真顔だった。


「新右衛門さんに何かあったら、人魚姫さんも海賊さんも全滅させられるです!」


 ハチマンは新右衛門たちを助けないと、雪桃と月桃の怒りによって災害クラスの被害が出ることを心配するのであった。

挿絵(By みてみん)

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