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聖騎士団の涙と坂東武者の朝食

 ローマ。


 石畳の街には、まだ焦げ臭さが残っていた。


 数日前。


 バチカンを襲撃した魔女メディアによって、聖騎士団は壊滅的被害を受けたのである。


 教会の鐘は重く鳴り響き、人々の顔にも不安が浮かんでいた。


 そんな中――。


 雪桃ゆきもたちが泊まる宿屋の食堂では、一人の女騎士が静かに俯いていた。


 銀髪。


 蒼い瞳。


 白銀の鎧。


 だが、その表情は酷く疲れている。


 女騎士ソフィア。


 聖騎士団長レオナルドの娘だった。


「…………」


 テーブルには、ほとんど手のついていないスープ。


 ソフィアは震える手でスプーンを持っていた。


 だが食べられない。


 その時。


「隣、よいか」


 ソフィアの様子を見かねた、新右衛門しんえもんだった。


 ソフィアは小さく頷く。


「……どうぞ」


 新右衛門は静かに腰を下ろした。


 しばらく沈黙。


 そして。


「騎士団の件、聞いた」


 ソフィアの肩が震えた。


「……私はメディアを目の前にした時、恐怖で動けなくなった」


 声が掠れる。


「動けなくなった私にメディアが攻撃してきた際に父は私の盾になって死んだ……」


 そこから先は続かなかった。


 唇を噛み締める。


「しかし、兄は、わたしを許さなかった」


「“なぜ父を死なせた”と……」


 涙がぽろりと落ちる。


「怒られて当然だ、しかし、わたしだって……」


「父を死なせたくはなかった……!」


 感情が堰を切った。


 ソフィアは泣き崩れ、そのまま思わず新右衛門の胸へ顔を埋めてしまった。


「うっ……うぅぅ……!」


 食堂が静まる。


 そして。


「…………」


 雪桃の目が据わった。


「ハチマン」


「はい?」


「あの女のお尻、噛みついてきていいわよ」


「お嬢……」


 ハチマンが即ツッコミした。


「おいら、そんな躾のなってない犬みたいなことしたくないですよ!」


 月桃つきもは呆れていた。


「あんた、本当に揺るぎないわね……」


「だって……!」


 だが。


 新右衛門は気づいていなかった。


 ただ静かに、泣くソフィアの背中へ手を添えていた。


 ◇ ◇ ◇


 その夜。


 新右衛門は、一人で酒場を訪れていた。


 そこには。


 長身の男がいた。


 金髪。


 鋭い眼差し。


 白銀の騎士鎧。


 聖騎士団新団長――ランスロット。


 ソフィアの兄だった。


「帰れ、東洋人」


 酒を煽りながら吐き捨てる。


「妹の件なら関係ない」


 だが新右衛門は座った。


「……妹君に会って話だけでも聞いてあげてほしい」


「黙れ」


 ランスロットの目が険しくなる。


「あの臆病者のせいで、父は死んだ」


「指揮官を失い、騎士団も壊滅した」


「あいつは、自分の起こした失態がわかっていない!」


 酒場の空気が張り詰める。


 だが。


 新右衛門は静かだった。


「ランスロット殿は戦いで腕や足を失い動けなくなったソフィア殿を見たかったのか?」


「本心は違うであろう……」


「……!」


 ランスロットが顔を上げる。


「戦場にいなかったくせに知ったような口をきくな!」


 しかし、新右衛門は淡々と言った。


「俺も都の貴族の権力争いに巻き込まれ、親兄弟別れて戦ったことがある……」


 酒場が静まる。


「俺は初陣で十二の頃であった」


「目の前で、敵方についた兄が討たれるのを見て動けなくなった……」


 ランスロットが目を見開く。


「……」


「坂東武者の習いとして、親が死んでも子は引かず、子が討たれても親は退かず、その屍を乗り越えて戦えと教わる」


 新右衛門は苦く笑った。


「だがな」


「兄を失った翌朝の飯ほど、不味いものはなかった」


 静寂。


 ランスロットは黙ったまま酒を見つめていた。


 そして。


 小さく呟く。


「……俺はどうすればいい」


「一晩ゆっくり考えて、どうするべきか答えを見つければよい」


 新右衛門は優しく答えた。


 優しく微笑む目の前の若き武士を見て、


 ランスロットは深く息を吐いた。


「……明日、お前の泊まっている宿屋に行く」


 ◇ ◇ ◇


 翌日。


 宿屋の食堂。


 空気は最悪だった。


 ソフィア。


 ランスロット。


 二人が向かい合って座っている。


 だが全く喋らない。


 宿屋の女将が露骨に嫌そうな顔をした。


「ここ、そういう重たい話をするための場所じゃないんだけどねぇ……」


 すると。


 ハチマンが、そっと金貨袋らしきものを差し出した。


「まあまあ、女将さん!」


「いや、こういうの困るよ!!」


 女将は速攻でハチマンが差しだした袋を懐に入れた。


「話が終わるまでごゆっくりどうぞ!」


「買収されたわ……」


 雪桃が呆れる。


 だが。


 兄妹の空気は重いままだった。


 その時。


 新右衛門が静かに口を開く。


「たった二人の兄妹なのだ」


「兄と妹で力を合わせて、騎士団を立て直さねば!」


 ソフィアが顔を上げる。


「だが……」


 新右衛門は苦笑した。


「気張っていても、俺も兄上殿も戦になれば皆本心は臆病者だ」


「戦など、慣れぬもの……。平気な人間はもはや人間ではなく魔や鬼だ……」


 そして。


 そっと。


 ランスロットとソフィアの手を握り合わせた。


「…………」


 ソフィアの瞳が潤む。


 ランスロットも震えていた。


「……すまなかった」


 兄が頭を下げる。


「父はお前を救いたかっただけなのに」


「俺は指揮官である父を失い、自ら指揮を取る責に怯え、お前へ当たってしまった」


 ソフィアの涙がぽろぽろ落ちる。


「私も肝心な時に足を引っ張ってごめんなさい……!」


 次の瞬間。


 二人は抱き合って泣いていた。


 食堂の空気が少しだけ柔らかくなる。


 雪桃は、その様子を静かに見ていた。


 そして。


 新右衛門を見つめる。


(……そっか)


 胸が温かくなる。


(だから、好きになったんだ)


 強いからじゃない。


 優しいから。


 傷ついた人を放っておけないから。


 その不器用さに、惹かれたのだ。


 雪桃は少しだけ頬を赤くした。


 ランスロットは顔を上げ新右衛門に冗談交じりに話しかけた。


「新右衛門、メディアを倒したら、ソフィアを貰ってくれないか!」


「お前みたいな弟が欲しくなった!」


「それはダメ!!」


 即座に氷が飛ぶ。


「ぎゃっ冷たっ!?」


 ハチマンは近くにあったバケツで頭を守っていた。


「お嬢の嫉妬心、本当に揺るぎないです!」


 ◇ ◇ ◇


 その頃――。


 コルキス。


 魔女の城。


 水晶玉の前で、メディアは静かに微笑んでいた。


 映っているのは。


 兄妹を仲直りさせる新右衛門。


 不器用で。


 真っ直ぐで。


 人を疑わない若き侍。


「……ふふ」


 メディアの瞳が妖しく細まる。


「本当に純粋で、かわいい坊や」


 指先で、水晶玉を優しく撫でる。


「早く……」


 唇が歪む。


「わたくしのものにして」


 炎が揺れる。


 その笑顔は、美しく――そして狂気に満ちていた。


「壊してしまいたいわ……♡」

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