雪桃の誕生日と聖騎士団の炎
白雪姫の国を旅立つ朝――。
雪は静かに降っていた。
城門の前では、お妃が何枚もの紹介状を書き上げている。
「これでローマやバチカンにも入りやすくなるはずですよ」
「ありがとうございます!」
ハチマンがぺこりと頭を下げた。
新右衛門も礼をする。
「助かります」
お妃はにこやかに頷いた。
「いえいえ。わたくしも昔は色々やらかしましたからねぇ」
「説得力がすごいです」
ハチマンが真顔で言った。
そして。
紹介状の内容を見た雪桃の顔が、みるみる引きつる。
「…………」
そこにはこう書かれていた。
『我が孫娘・月桃、トランシルヴァニア王女キャサリンの許嫁である橘新右衛門、その従者ハチマン、並びにメイド雪桃の通行を許可されたし』
「またメイドォォォォ!!?」
雪桃の絶叫が雪原に響く。
お妃は目を丸くした。
「あら? 違ったの?」
「違うわよ!!」
「えっ、でも紹介状に――」
「キャサリン王女の手紙のせいです!!」
ハチマンが即答した。
お妃は「あらまぁ」と口元に手を当てる。
「ごめんなさいねぇ。わたくし、そのまま写しちゃったわ」
「うぅぅぅ……」
雪桃は頭を抱えた。
だが。
「お嬢、着替えるです」
ハチマンが当然のようにメイド服を差し出した。
「嫌!!」
「ローマは警備厳しいです!」
「またこれ着るの!?」
「紹介状と一致させないと怪しまれるです!」
「うがぁぁぁぁ!!」
数十分後――。
「…………」
雪桃は再びメイド服姿になっていた。
完全に不機嫌である。
月桃が腹を抱えて笑う。
「似合うじゃん!!」
「月に氷河落とすわよ」
「怖い、新右衛門さま!」
月桃はふざけて、新右衛門にくっつく。
新右衛門は視線を逸らした。
「……いや、その」
「なによ」
「雪桃のその姿、なかなか可愛いな……」
「……もう!」
◇ ◇ ◇
数日後――。
一行はローマへ到着した。
巨大な石造りの街。
歴史ある建物。
広場には噴水が流れ、人々の活気に満ちている。
「わぁ……」
雪桃は目を輝かせた。
「すごい街!」
「さすが西洋の中心地です!」
ハチマンもしっぽを振る。
衛兵の検問も、紹介状のおかげで問題なく通過できた。
もっとも。
「……本当にメイド扱いされた」
雪桃だけは納得していなかった。
その日の夕方。
宿へ荷物を置いた後だった。
「では、少し出てくる」
新右衛門が立ち上がる。
「え、どこ行くの?」
「ちょっと買い物!」
月桃も一緒だった。
二人はそのまま街へ出ていく。
さらに。
「おいらも用事あるです!」
ハチマンまで飛び出していった。
「…………」
一人残される雪桃。
「……なんなのよ」
嫌な予感がした。
胸がざわつく。
そして。
雪桃はこっそり街へ出た。
ローマの石畳を歩き回る。
市場。
露店。
広場。
そして――。
「あ……」
アクセサリーを売る露店の前。
そこに、新右衛門と月桃がいた。
二人は並んでしゃがみ込み、アクセサリーを見ている。
「これなんか似合うのではないか?」
「へぇ、センスいいじゃない!」
月桃が笑う。
新右衛門も真面目な顔で品物を見ていた。
その瞬間。
雪桃の胸がぎゅっと痛んだ。
「……やっぱり」
思い出す。
毒リンゴの時の口づけ。
目覚めのキス。
「二人……そういう関係だったんだ」
視界が少し滲む。
雪桃は踵を返し、そのまま宿へ戻ってしまった。
◇ ◇ ◇
宿屋の二階。
雪桃はベッドに顔を埋めていた。
「……ばか」
胸が苦しい。
自分でも理由がわからないくらい、苦しい。
すると。
コンコン。
扉が叩かれた。
「雪桃?」
新右衛門の声だった。
「…………」
「食堂へ来ないか」
「行かない」
「お嬢ー!」
今度はハチマン。
「ご飯です!」
「いらない!」
「月桃お嬢も待ってるです!」
「知らない!!」
完全に拗ねていた。
一階の食堂。
そのやり取りを見ていた宿屋の女主人が、豪快にため息をつく。
恰幅のいい、迫力ある中年女性だった。
「まどろっこしいねぇ!!」
ドガン!!
次の瞬間。
女主人が雪桃の部屋の扉を強引に開けた。
「きゃっ!?」
「料理が冷めるだろ!!」
「えっ、ちょっ――」
「さっさと降りてきな!!」
そのまま雪桃の腕を掴み、ずるずる引っ張っていく。
「やだぁぁぁ!!」
そして。
一階食堂へ到着した瞬間――。
「……え?」
雪桃は目を見開いた。
そこには。
色とりどりの飾り付け。
豪華な料理。
大きなケーキ。
そして。
『雪桃 誕生日おめでとう』
そう書かれた札。
「…………」
雪桃が固まる。
ハチマンが胸を張った。
「サプライズです!!」
「え……」
「おいら、飾り探してたんです!」
月桃も笑う。
「あたしと新右衛門はプレゼント選び!」
「……プレゼント?」
すると。
新右衛門が少し気まずそうに、小箱を差し出した。
「その……受け取れ」
雪桃はゆっくり箱を開ける。
中には。
銀のネックレス。
雪の結晶を模した、美しい装飾がついていた。
「……綺麗」
思わず呟く。
月桃がニヤニヤしていた。
「ほら新右衛門、着けてあげなよ」
「なっ……」
「男だろー?」
宿屋の女主人まで乗っかる。
「そうか……」
新右衛門は耳まで赤くしながら、雪桃の前へ立った。
「その、失礼する」
そっとネックレスを首へかける。
指先が肌に触れた瞬間。
雪桃の顔が一気に赤くなった。
「…………」
「……安物で済まぬな」
新右衛門が不器用に言う。
雪桃は俯いたまま――。
「……この旅が終わったら」
「?」
「もっと高いの買ってよね!」
いつものツンとした言い方だった。
だが。
声は少し震えていた。
新右衛門が小さく笑う。
「そうだな」
「それまで、これで我慢してあげる!!」
宿屋の女主人がニヤリと笑った。
「ありがとうのハグだろ!!」
「えっ」
「ちょっ――」
次の瞬間。
ぐいっ!!
雪桃の顔が、新右衛門の胸へ押しつけられた。
「~~~~っ!!?」
真っ赤になる雪桃。
新右衛門も固まる。
月桃は腹を抱えて爆笑。
ハチマンはしっぽをぶんぶん振っていた。
「お嬢、ツンデレだから、絶対死ぬまで大事にするやつですね!!」
月桃も微笑みながら呟く
「本当に重たい女ね!」
だが。
雪桃は思っていた。
こんなに幸せな誕生日は、初めてかもしれないと。
◇ ◇ ◇
その頃――。
バチカン。
聖騎士団本部。
「な、なんだこの魔力は……!」
騎士たちが震えていた。
廊下の奥。
ゆっくり歩いてくる女。
紫の衣。
妖しく揺れる瞳。
魔女メディア。
「聖騎士団など、この程度ですの?」
次の瞬間。
ゴォォォォォッ!!
紫の炎が廊下を飲み込んだ。
「ぎゃああああっ!!」
「団長ォォォ!!」
騎士たちが次々焼かれていく。
圧倒的だった。
人間では、相手にならない。
メディアは高笑いする。
「ふふ……あはははは!!」
その瞳は狂気に染まっていた。
「さあ来なさい、桃太郎の関係者たち――」
燃え上がる聖堂。
そして。
静かに、決戦の舞台が近づいていた。




