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眠り姫月桃と白雪姫の後悔

 白雪姫の城。


 豪奢な客間。


 その中央で――。


 月桃つきもが静かに倒れていた。


 銀色の長い髪。


 白い肌。


 だが、その身体はまるで人形のように動かない。


「つ、月桃!?」


 雪桃ゆきもが駆け寄る。


「おい、しっかりしろ!」


 新右衛門しんえもんも抱き起こした。


 しかし反応はない。


 呼吸は微か。


 眠ったまま、まるで死んでいるようだった。


 その横で。


 白雪姫は真っ青な顔をしていた。


「そ、そんな……」


「こんなつもりじゃ……」


 手から毒リンゴが転がり落ちる。


 ガタガタと震えていた。


「ただ……少し懲らしめようと……」


「まさか本当に倒れるなんて……!」


 そこへ。


「何をしたのです!!」


 鋭い声が響いた。


 お妃だった。


 白髪混じりになった老女は、倒れた月桃を見るなり全てを察した。


「まさか……毒リンゴを……!?」


 白雪姫が涙目で後ずさる。


「ち、違うの……!」


「少しだけ眠る薬のつもりで……!」


「馬鹿者!!」


 お妃の怒声が城に響いた。


 かつて世界一の悪女と呼ばれた女の迫力に、白雪姫が縮こまる。


 だが。


 お妃はすぐに月桃を抱き上げた。


「まだ助かります!」


「森の小人たちのところへ!」


 ◇ ◇ ◇


 雪深い森。


 小人たちの家。


 月桃は花に囲まれた寝台へ寝かされていた。


 七人の小人たちは慌てていた。


「完全に白雪姫の時と同じ症状だべ!」


「毒リンゴだべ!」


「困ったべ!」


 お妃は険しい顔で言った。


「王子の口づけで目覚める可能性があります」


「白雪姫も、それで助かったのです」


 沈黙。


 そして。


 雪桃がぽつりと言った。


「……じゃあ王子探せば?」


 だが。


 月桃を知る小人たちは一斉に目を逸らした。


「あー……」


「それが難しいべ」


「なんで?」


 すると小人の一人が言った。


「月桃様、求婚に来た王子たちへ毎回無茶振りしてたべ」


「無茶振り?」


「“龍の鱗を取ってこい”とか」


「“黄金の城建てろ”とか」


「“太陽より輝く宝持ってこい”とか」


 新右衛門が真顔になる。


「かぐや姫殿そっくりだな」


「しかも性格まで似てるべ」


「結果、求婚者ゼロだべ」


 静寂。


 雪桃が寝ている月桃を見る。


「それじゃ、白馬の王子様なんて現れないわね……」


 ハチマンも引いていた。


「難易度高すぎるです」


 お妃が苦しそうに言う。


「本当はいい子なの、なんとか助けてあげたい……」


 その時だった。


 新右衛門が静かに前へ出た。


「……やむを得まい」


「え?」


「助けるにはこれしかあるまい」


 雪桃の嫌な予感が爆発する。


「ちょっと待って」


 新右衛門は真顔だった。


「口づけする」


「待ってって言ってるでしょ!?」


「だが他に方法がない」


「あるかもしれないじゃない!!」


「ないべ」


 小人たちが即答した。


「なんで即答なのよ!?」


 雪桃だけが騒いでいた。


 一方、新右衛門は覚悟を決めていた。


「すまぬ月桃殿」


 そして。


 そっと月桃へ口づけした。


 数秒後――。


「……ん」


 月桃の瞼がぴくりと動く。


「え」


「起きたべ!?」


 そして。


 月桃はゆっくり目を開いた。


「……は?」


 数秒の沈黙。


 そして次の瞬間。


「あの白雪姫のババアァァァァ!!」


 ものすごい怒声が森へ響いた。


 ◇ ◇ ◇


 その帰り道。


 雪桃はずっと不機嫌だった。


「……ちっ、よかったわね~目が覚めて……」


「…………」


「あ~あ、本当に目覚めてよかったわ……」


 月桃がジト目になる。


「なんでそんな嫌そうなの?」


「別に~?」


「いや、“死ねばよかったのに”みたいなテンションで言うのやめてくれる?」


「そんなこと言ってない!」


「顔が言ってる!」


 新右衛門は頭を抱えていた。


 ハチマンは察していた。


「お嬢、めちゃくちゃ嫉妬してるです」


「してない!!」


「お嬢……」


 ◇ ◇ ◇


 その頃。


 白雪姫の城。


 白雪姫は青い顔で震えていた。


「どうしましょう……」


「怒ってるわよね絶対……」


 次の瞬間。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!


 城全体が揺れた。


「きゃあああっ!?」


 シャンデリアが揺れる。


 壁が軋む。


 窓ガラスが震える。


 そして。


 扉が勢いよく開いた。


「白雪姫ぃぃぃぃ!!」


 月桃だった。


 銀髪を逆立て。


 怒り全開。


 周囲に重力の渦が発生している。


 床がミシミシ沈む。


「わ、わぁぁぁっ!?」


 白雪姫が涙目になる。


「ご、ごめんなさい!!」


「出来心だったの!!」


「許してぇぇ!!」


「許すわけないでしょ!!」


 重力がさらに増す。


 城が悲鳴を上げる。


 白雪姫が床へ押し潰されかけた、その時――。


「待ってちょうだい!」


 お妃だった。


 老いたお妃が、白雪姫の前へ立つ。


「お婆ちゃん……?」


 月桃が目を見開く。


 するとお妃は。


 深く頭を下げた。


「どうか……許してあげて」


「この子は愚かですが、悪人ではないの」


 白雪姫が涙ぐむ。


「お母様……」


 月桃は黙った。


 お妃は、月桃にとって第二の祖母のような存在だった。


 優しくて。


 いつも守ってくれて。


 だから。


 そんな人が頭を下げる姿を見てしまうと――。


「……もういいや」


 重力が消える。


「生き返ったし!」


 あっさりしていた。


 雪桃が呆れる。


「切り替え早っ」


「根に持つの疲れるし」


 白雪姫は床へ崩れ落ちた。


「あ、ありがとうございます……」


 ◇ ◇ ◇


 その夜。


 お妃は新右衛門たちへ言った。


「メディアの情報を求めるなら……バチカンへ向かいなさい」


「聖騎士団なら何か知っているでしょう」


「バチカン……」


 新右衛門が頷く。


 すると月桃が手を挙げた。


「じゃ、途中まで一緒行く」


「月へ帰る船、イギリスから出るし」


「船で月に帰るのか……」


 ハチマンが真顔になる。


「すごい世界です」


 ◇ ◇ ◇


 出発の日。


 城門前。


 お妃は月桃を優しく抱きしめていた。


「月桃」


「なに?」


「美しさも大切です」


「ですが――」


 お妃は穏やかに笑った。


「人間、本当に大切なのは健康な体と健全な心です」


「わたくしみたいな悪い女になってはいけませんよ」


 月桃の瞳が揺れる。


 そして。


 ぽろりと涙が零れた。


「……悪いお妃さまは」


「そんなこと言わない」


「お婆ちゃん、また来るから元気でね」


 お妃も涙を浮かべながら頷いた。


 こうして。


 一行は白雪姫の国を後にした。


 ……のだが。


「本当に目覚めてよかったわねぇ~?」


 雪桃がまた言った。


 しかも虫を見るような目で。


 月桃がキレる。


「だからその“死ねばよかったのに”みたいな言い方やめて!!」


「言ってないし!」


「顔が言ってる!!」


「ふん! 寝たままの方が、可愛いんじゃない!」


「やだやだ、雪女は嫉妬深くて!!」


「はあ? 何言ってるの、このわがまま女!」


 ギャーギャー騒ぐ姉妹。


 その前を歩きながら、新右衛門は遠い目をした。


「……賑やかになったな」


 ハチマンが頷く。


「お二人とも、備前にいた頃みたいです!」


 こうして一行は――。


 新たな目的地。


 聖都バチカンへ向かうのであった。

挿絵(By みてみん)

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