白雪姫の国と毒リンゴの眠り姫
オーストリア、シュタイアーマルク州。
吸血鬼カーミラとの騒動を終えた数日後――。
雪桃たちは再び旅路についていた。
目指すは、ドイツ。
白雪姫の住む国である。
冬の街道を歩く中、ハチマンが一通の封書を咥えて走ってきた。
「新右衛門さん! 手紙です!」
「手紙?」
新右衛門が受け取る。
封には、トランシルヴァニア王家の紋章。
「あの高慢ちき姫から?」
雪桃が眉をひそめる。
新右衛門が封を開くと、中には丁寧な紹介状が入っていた。
「白雪姫の国への通行許可証……か」
「へぇ、意外と気が利くじゃない」
雪桃が覗き込む。
だが次の瞬間。
「…………は?」
雪桃の額に青筋が浮かんだ。
紹介状にはこう書かれていた。
『我が許嫁・橘新右衛門殿と、その従者ハチマン、並びに新右衛門殿付きメイド・雪桃の入国を許可されたし』
沈黙。
そして。
「誰がメイドよォォォォ!!」
雪桃が紹介状を破ろうとする。
だが。
「ダメですぅぅぅ!!」
ハチマンが飛びついた。
「それないと入国できないです!!」
「離してハチマン!! 今すぐ氷漬けにしてやるあの姫!!」
「落ち着くです!!」
新右衛門は深々とため息をついた。
「……キャサリン王女らしい嫌がらせだ」
「笑ってるじゃない!!」
「少しだけな」
「この裏切り者!!」
さらに問題は別にあった。
白雪姫の国は警備が厳しい。
異国の妖怪や魔女の流入を警戒しているらしい。
そして。
ハチマンが雪桃を見た。
「お嬢、その格好まずいです」
「なによ」
「太もも見えてます」
「……は?」
「胸元もかなり開いてるです」
雪桃はいつもの白い着物姿だった。
雪女らしい幻想的な衣装だが、よく見るとかなり露出が多い。
「西洋の国でこれは怪しまれるです」
「そんなこと――」
「だから!」
ハチマンが取り出した。
黒と白の衣装。
フリル。
エプロン。
「メイド服です!!」
「嫌よ!!」
「紹介状と合わせれば自然です!」
「自然じゃない!!」
しかし。
結局。
数十分後。
「…………」
雪桃は、完全に不機嫌な顔でメイド服を着ていた。
白と黒のクラシカルな西洋風メイド服。
スカートは膝丈。
白いフリル付きカチューシャまで付いている。
ハチマンが目を輝かせた。
「読者サービスです!!」
「氷漬けにするわよ犬」
「ご褒美です!!」
「変態!!」
一方。
新右衛門は妙に真顔だった。
「……似合っているな」
「っ……!!」
雪桃の顔が一瞬で赤くなる。
「真顔で言うな、バカ!!」
だが少しだけ機嫌が戻っていた。
◇ ◇ ◇
そして数日後――。
一行は白雪姫の国へ到着した。
巨大な白い城。
雪景色。
美しく整えられた庭園。
「わぁ……」
雪桃が目を輝かせる。
「白雪姫は美しく優しいお姫様だと聞いたことあるです!」
ハチマンも期待していた。
だが。
謁見の間へ通された瞬間。
三人は固まった。
「…………」
玉座に座る女。
黒髪。
白い肌。
整った顔立ち。
だが。
目つきが怖い。
かなり怖い。
妙な威圧感がある。
「……よく来たわね」
低い声。
白雪姫だった。
しかし、完全に中年になっていた。
しかも。
かつてのお妃そっくりの圧がある。
雪桃が小声で呟く。
「なんか……思ってたのと違う」
「歳月は残酷です」
ハチマンが遠い目をした。
すると。
「あら、いらっしゃ!」
優しい声が響いた。
奥から現れたのは、年老いた女性。
柔らかい笑み。
穏やかな目。
完全に優しいおばあちゃん。
「遥々東洋から来たのね、ようこそ我が国へ!」
かつての“お妃”だった。
雪桃たちは目を丸くする。
「えっ、そっち!?」
「立場逆転してるです!?」
お妃は苦笑した。
「歳を取ると、人は丸くなるものですよ」
しかし。
白雪姫は不機嫌そうだった。
「お義母様は甘すぎるのよ」
「はいはい」
完全に姑と娘みたいな空気である。
その時だった。
「おっ、来た来た!」
ひょこっと柱の陰から顔を出した少女。
銀色がかった長い髪。
月のように透き通る肌。
そして。
どこか雪桃に似た顔立ち。
「月桃!」
「雪桃!」
二人は同時に声を上げた。
月桃。
かぐや姫の娘。
雪桃とは異母姉妹だった。
「久しぶりじゃん」
「なんでこんな所にいるのよ」
事情を聞くと。
かつて桃太郎が白雪姫の事件を解決した際、かぐや姫とお妃が妙に意気投合したらしい。
理由は単純。
どちらも自己主張が強かったからである。
「母上、あのお妃様とめちゃくちゃ仲良くなっちゃってさ」
月桃が肩をすくめる。
「でも白雪姫が年取ってから、お妃様への当たりが強くなっちゃって」
「それで監視役?」
「そういうこと」
月桃がニヤリと笑った。
「白雪姫、すぐ嫌味言うからさー」
その時。
「聞こえてるわよ月桃」
白雪姫の眉がピクッと動く。
月桃は全く動じない。
「だって本当じゃん」
さらに。
「それに、あたし重力操作できるし?」
「…………」
白雪姫が露骨に嫌そうな顔をした。
どうやら相当手を焼いているらしい。
そして。
部屋の奥には、巨大な魔法の鏡。
白雪姫がイライラしながら問いかける。
「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」
鏡は静かに答えた。
『美の基準は個人差があります』
『時代・文化・地域によって美的感覚は変動します』
『一概に定義できません』
沈黙。
「……は?」
『多様性を尊重しましょう』
「壊すわよこの鏡」
「AIみたいな返答しやがって……!」
どうやら長年酷使された結果、魔法の鏡も悟りを開いたらしい。
だが。
白雪姫の瞳には、消えない苛立ちがあった。
老い。
美への執着。
そして。
自由奔放で若く美しい月桃への不満。
かつて、お妃が抱いていたものと同じ感情。
その夜――。
白雪姫は静かに毒リンゴを見つめていた。
「……少し眠ってもらえば静かになるわよね」
そして翌日。
「月桃、リンゴ食べる?」
「んー?」
無邪気に受け取る月桃。
シャクッ。
一口かじった瞬間だった。
「……あれ?」
ふらり。
身体が揺れる。
「月桃!?」
雪桃が叫ぶ。
次の瞬間。
ドサッ――。
月桃は、その場へ倒れ込んだ。
「つ、月桃ォォォ!!」
だが。
呼吸はある。
ただ。
目を閉じたまま、まるで眠り姫のように動かない。
白雪姫は青ざめていた。
「え……」
「ち、違うの……私は……」
静寂。
そして。
雪桃たちは気づく。
白雪姫の国で。
再び“毒リンゴ事件”が始まってしまったことを――。




