冬の古城と吸血鬼カーミラ
ドラキュラ城崩壊から数日後――。
雪桃たちは、トランシルヴァニア王城の門前に立っていた。
冬の空気は冷たい。
だが、城下町には久々に平和な笑い声が戻っていた。
「本当にありがとうございました!」
アナ女王が深々と頭を下げる。
「いえ、こちらこそ助かりました」
新右衛門も一礼した。
その横では。
「だから! あれは狸寝入りじゃないって言ってるでしょ!!」
「はいはい、どスケベ妖怪さん」
「誰がどスケベ妖怪よ!!」
雪桃とキャサリン王女が、最後まで口論していた。
ハチマンが小声で呟く。
「まだやってますね」
「巻き込まれぬようにしよう」
新右衛門は真顔だった。
するとキャサリンは、ふいに新右衛門へ歩み寄る。
そして。
「……新右衛門様」
両手でぎゅっと、その手を握った。
「スケベ妖怪以外は、いつでも遊びに来てくださいませ!」
「ちょっとォ!?」
雪桃が即座に食いつく。
「なんで私だけ除外なの!?」
「城を氷漬けにした方を歓迎できるわけありませんわ!」
「だいたいあれはあなたが余計なこと言うから――!」
「はいはいスケベ妖怪」
「うわぁ腹立つ!!」
キャサリンは笑っていた。
雪桃も怒鳴りながら、どこか楽しそうだった。
こうして一行は、トランシルヴァニアを後にした。
次なる目的地は――ドイツ。
白雪姫の城。
そこには、かぐや姫の娘――“月桃”がホームステイしているらしい。
「かぐや姫様の娘……」
ハチマンが目を輝かせる。
「どんな人なんでしょう!」
「雪桃みたいなのがもう一人いたら頭痛いな」
「なんですって?」
「聞こえていたか」
そんな騒がしい旅の途中。
一行はオーストリアの山間部へ差しかかった。
シュタイアーマルク州。
雪深い山々に囲まれた、小さな街だった。
石畳の道。
古い時計塔。
そして、街外れには人里離れた古城が見える。
「綺麗な街……」
雪桃が小さく呟く。
しかし同時に、どこか妙な静けさもあった。
人々は穏やかだが、夕方になると誰も外へ出なくなる。
まるで夜を恐れているように。
「少し雰囲気がおかしい」
新右衛門が周囲を見る。
「まあ、とりあえず今日は泊まりましょう!」
ハチマンはすでに暖炉を見てはしゃいでいた。
そして。
一行はしばらく、この街へ滞在することになった。
◇ ◇ ◇
数日後。
雪桃は一人で街へ出ていた。
冬の市場。
パンの香り。
雪をかぶった屋台。
その時だった。
「あ……」
雪桃の足が止まる。
一人の少女が立っていた。
暗褐色の美しい髪。
透き通るような白い肌。
大きく、どこか寂しげな瞳。
その姿は、息を呑むほど美しかった。
まるで絵画のようだった。
年の頃は十八、十九ほど。
だが、その微笑みには妙な妖しさがある。
「……あなた、旅人?」
静かな声。
雪桃は少し見惚れていた。
「う、うん」
「私はアナグラム」
少女は柔らかく笑う。
「もしよかったら、お茶でもどう?」
その笑顔は、不思議と断りづらかった。
◇ ◇ ◇
それからだった。
雪桃は毎日のように、アナグラムの屋敷へ通うようになった。
古い洋館。
薔薇の庭園。
静かな暖炉。
アナグラムはいつも優しかった。
紅茶を淹れ、
西洋のお菓子を出し、
雪桃の話を楽しそうに聞いてくれる。
「新右衛門って、本当に真面目なのね」
「う、うん……」
「でも、あなたのこと大事にしてる」
雪桃は顔を赤くした。
「な、なんでそんな話になるのよ」
アナグラムはくすりと笑う。
その笑顔は美しかった。
だが――。
数日後。
「……雪桃?」
新右衛門は眉をひそめた。
雪桃の顔色が悪い。
肌も青白い。
明らかに疲弊していた。
「大丈夫か」
「へ、平気……」
だが声に力がない。
夜になると、さらに衰弱していく。
新右衛門は不安になった。
一方。
ハチマンは妙な行動を取っていた。
「おいハチマン」
「はい?」
「最近何している」
「ちょっと街を調査です!」
だが行き先がおかしい。
養蜂場。
栗の木の公園。
石臼を扱う店。
さらには教会まで回っている。
「……何を調べている?」
ハチマンは尻尾を振った。
「秘密です!」
その目だけは妙に真剣だった。
◇ ◇ ◇
そしてある日。
雪桃はまた、一人で屋敷へ向かった。
その後ろ姿を、新右衛門は見つめる。
「……限界だ」
「後を追う」
だが。
「待ったです!」
ハチマンが前へ出た。
「今回は、おいらに任せて!」
「何?」
ハチマンは真顔だった。
「新右衛門さん」
「今回の敵は、正面から突っ込むタイプじゃないです」
そう言うと。
懐から一冊の古びた本を取り出す。
妖怪図鑑。
ページを開く。
そこには、美しい女の絵が描かれていた。
長い黒髪。
白い肌。
赤い唇。
そして――吸血鬼。
「この女の名前は」
ハチマンが低く言った。
「吸血鬼カーミラ」
新右衛門の目が鋭くなる。
「……!」
「雪桃が通っているのは、カーミラの屋敷です」
一気に刀へ手をかける新右衛門。
「斬る」
だが。
ハチマンが前に立った。
「ダメです!」
「なぜだ!」
するとハチマンは――ニヤリと笑った。
「勝負は、戦う前にすでに決まっている!」
新右衛門が目を細める。
「……何を企んでいる」
ハチマンは得意げに胸を張った。
「天才軍師・ハチマンにお任せです!」
雪の街に、不敵な笑みが響く。
そして――。
吸血鬼カーミラとの戦いが、静かに始まろうとしていた。




