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吸血鬼の花嫁たちと姫騎士キャサリン

 トランシルヴァニア王城。


 夜空を埋め尽くすほどの蝙蝠の群れの中、ドラキュラ伯爵は悠然と宙に浮かんでいた。


 黒いマントが夜風に揺れる。


 その姿はまるで、“夜”そのものだった。


「だが、あの男はここにはいない」


「貴様たちの血で宴とさせていただこう」


 低く響く声に、城内の空気が震える。


 兵士たちが思わず後退した。


 だがその時だった。


「伯爵」


 妖艶な声。


 ドラキュラの背後に控えていた三人の女が、ゆっくりと前へ出る。


 マリーシュカ。


 ユスティナ。


 エリザベータ。


 いずれも息を呑むほど美しい女たちだった。


 だが、その瞳だけが獣のように赤い。


「この程度、わたくしたちだけで十分ですわ」


 ユスティナが微笑む。


 エリザベータもくすりと笑った。


「伯爵様が直々に手を汚す必要などございません」


 マリーシュカは雪桃を見つめ、唇を舐める。


「特に、あの娘は傷つけぬようにいたします」


 ドラキュラ伯爵はゆっくりと雪桃を見下ろした。


 赤い瞳が妖しく細まる。


「……桃太郎の娘」


「余の城へ連れてこい」


 その声は静かだった。


 だが、そこに込められた執着に、雪桃の背筋が冷える。


「四人目の花嫁として迎えてやろう」


「っ……!」


 雪桃が顔をしかめる。


 ハチマンが激怒した。


「だ、誰が渡すかです!!」


 新右衛門は静かに刀へ手をかけた。


「雪桃の意思を無視するなら、貴様を斬る」


 一瞬。


 ドラキュラ伯爵の口元がわずかに歪んだ。


「……面白い侍だ」


 そして次の瞬間。


 伯爵の身体が無数の蝙蝠へ変わる。


 闇の中へ溶け込むように、ドラキュラは消えていった。


 残されたのは――三人の花嫁たち。


「では、始めましょうか」


 マリーシュカが微笑む。


 その瞬間だった。


 ビキビキビキッ――!!


 三人の身体が異形へと変貌する。


 白い肌はさらに青白く染まり、


 瞳は真紅に輝き、


 口元から鋭い牙が伸びる。


 背中を突き破るように現れたのは、巨大な蝙蝠の翼。


 騎士たちが悲鳴を上げた。


「ば、化け物……!」


「ひぃっ!!」


 ユスティナが高速で飛ぶ。


 次の瞬間、兵士の一人が吹き飛ばされた。


「ぎゃああっ!!」


 エリザベータは天井へ張り付き、不気味に笑う。


「人間って、本当に脆いですわねぇ」


 血が舞う。


 絶叫が響く。


 城内は一瞬で地獄へ変わった。


「まずい!」


 新右衛門が叫ぶ。


「城内では戦いにくい! 外へ誘導するぞ!」


「うん!」


 雪桃が頷く。


 次の瞬間、彼女の周囲から冷気が溢れ出した。


「氷華・白吹雪」


 吹雪が走る。


 廊下を埋め尽くしていた下級吸血鬼たちが、一瞬で凍りついた。


 パキィィン!!


 氷像となった吸血鬼たちが砕け散る。


「す、すごい……!」


 騎士たちが息を呑む。


 その横を、新右衛門が駆け抜けた。


「雷剣・紫電」


 バチィィン!!


 雷光が走る。


 群がっていた吸血鬼たちが一撃で吹き飛んだ。


 ハチマンも飛びかかる。


「おいらだって!!」


 ガブッ!!


「ぎゃあああっ!!」


 柴犬とは思えぬ勢いで吸血鬼の腕へ噛みつき、そのまま振り回した。


 だが――。


「ふふっ」


 マリーシュカが笑う。


「東洋の英雄たち、思ったより強いわねぇ」


 その時だった。


「きゃっ……!」


 キャサリン王女の悲鳴。


 気づけば、彼女はユスティナとエリザベータに挟まれていた。


「姫様!!」


 騎士たちが青ざめる。


 ユスティナが牙を覗かせた。


「まずはあなたからいただこうかしら」


 エリザベータも舌なめずりする。


「可愛らしいお姫様ですこと」


 誰もが絶望した、その瞬間。


 キャサリンの瞳が鋭く変わった。


「――甘く見すぎですわ」


 ガシャン!!


 彼女は壁に飾られていたロングソードを引き抜く。


 そして。


 一閃。


 銀色の軌跡が走った。


 ズバァァァンッ!!


「え?」


「な――」


 ユスティナとエリザベータの首が、同時に宙を舞った。


 沈黙。


 騎士たちが固まる。


 雪桃も目を見開いた。


「……強い」


 キャサリンは剣を構えたまま、ふっと笑う。


「わたくし、ただ守られるだけのお姫様ではありませんの」


 金髪が揺れる。


 その姿はまさしく――姫騎士だった。


 ハチマンが目を輝かせる。


「か、かっこいいです!!」


 しかし。


 マリーシュカだけは冷静だった。


(まずいわね)


(正面からでは分が悪い)


 彼女はちらりと雪桃を見る。


 そして、妖しく微笑んだ。


「なら――」


 一瞬。


 霧のように姿が消える。


「雪桃!!」


 新右衛門が叫ぶ。


 だが遅かった。


 シュッ――。


 雪桃の顔へ、甘い香りの霧が吹きかけられる。


「っ……!?」


 視界が揺れる。


 身体から力が抜けていく。


「な、に……これ……」


 マリーシュカが背後から抱き留めた。


「おやすみなさい、お姫様」


 雪桃の瞼が閉じる。


「雪桃ォ!!」


 新右衛門が駆ける。


 しかしその瞬間、無数の蝙蝠が視界を埋め尽くした。


 バサバサバサッ!!


「くっ!」


 雷で払った時には、もう遅い。


 マリーシュカの姿は消えていた。


 そして。


 夜空の彼方。


 ドラキュラ城の尖塔だけが、不気味に浮かんでいた――。

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