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吸血鬼城と金髪の王女

 コルキス。


 闇に包まれた魔女の城は、今夜も静まり返っていた。


 高い天井。


 赤黒い燭台。


 そして玉座に静かに座る女。


 メディア。


 その瞳だけが、冷たい光を宿していた。


 玉座の前では、キルケーが珍しく落ち着きを失っていた。


「……少し油断しただけよ」


「まさか、あの侍があそこまでとは思わなかったの」


 キルケーは髪を払いながら笑おうとする。


 だが、その声は微妙に震えていた。


 メディアは黙ったまま、ゆっくりと視線を向ける。


 それだけで空気が凍った。


「叔母さま、そんな顔をしなくても――」


「でも、次も同じようであれば……」


 静かな声。


 しかし、その一言だけでキルケーの背筋に冷たい汗が流れた。


「消えてもらいます」


 沈黙。


 冗談ではない。


 メディアは本気だった。


「わ、わたくしを?」


「ええ」


 メディアは微笑む。


「身内だからといって、特別扱いするつもりはありませんもの」


 キルケーの喉が鳴る。


 神話時代から数々の英雄を弄んできた魔女ですら、今のメディアには薄ら寒いものを感じていた。


 その時だった。


「うふふふ……怖い怖い」


 闇の奥から、女の笑い声が響く。


 赤いドレス。


 青白い肌。


 そして、人形のように美しい女。


「なら、わたくしが始末してあげてもよくてよ?」


 カーミラ。


 妖しく微笑みながら、ゆっくりと姿を現した。


 キルケーが眉をひそめる。


「吸血鬼風情が」


「あら失礼」


 カーミラは扇のように指を広げる。


「わたくし、もう準備は済ませてありますの」


 その言葉に、メディアが僅かに目を細めた。


「……準備?」


 カーミラは愉快そうに笑う。


「ええ」


「トランシルヴァニアの王を、目覚めさせておきましたわ」


 闇の中で、無数の蝙蝠が飛び立つ。


「ドラキュラ伯爵を」


 ――その頃。


 雪桃ゆきもたちは、西洋の地へと辿り着いていた。


 灰色の空。


 霧深い森。


 尖塔の並ぶ古城。


 東洋とはまるで違う空気に、ハチマンが尻尾を丸める。


「な、なんだか寒気がします……!」


「瘴気だな」


 新右衛門しんえもんは静かに周囲を見る。


 そして一行は、城へと案内された。


 王座の間。


 そこには、美しい女王が立っていた。


「ようこそ、東方の英雄たち」


 アナ女王。


 落ち着いた雰囲気を持つ、気品ある女性だった。


「あなた方の父――桃太郎殿には、かつて我が国を救っていただきました」


 アナ女王は静かに微笑んだ。


「ドラキュラ伯爵が最初に蘇った時、この国は滅びかけていました」


「夜ごと人が消え、城門は閉ざされ、民は太陽すら恐れていたのです」


 その瞳に、遠い日の記憶が浮かぶ。


「ですが……あの方は笑っていました」


『吸血鬼? つまり鬼みたいなもんだろ?』


『なら専門分野だな!』


 あまりにも気楽に言うものだから、当時の家臣たちは皆、呆然としていたという。


 雪桃は思わず小さく吹き出した。


「……パパっぽい」


「ええ」


 アナ女王は懐かしそうに頷く。


「けれど、不思議な方でした」


「絶望していた民たちを、戦う前から笑顔にしてしまったのです」


「ドラキュラ城へ向かう時でさえ、“帰ったら宴だ!”と笑っていました」


 ハチマンが感心したように言う。


「桃太郎様らしいです!」


 だが次の瞬間、アナ女王は少しだけ困ったように笑った。


「……ただ、城の厨房を占拠して、大量のキビ団子を作らせた時は頭を抱えましたが」


「しかも、わたくしに桃色のエプロンを着せて……」


「あの親父は!!」


 雪桃が顔を覆う。


 新右衛門は真顔で頷いた。


「まったく大した御仁だ」


 しかし、その笑みはすぐ曇る。


「ですが……」


 空気が重くなった。


「ドラキュラ伯爵が復活しました」


 その言葉に、場が静まる。


「しかも伯爵だけではありません」


「三人の花嫁たちが、夜ごと城下町を襲っているのです」


 ハチマンが震える。


「さ、三人もいるんですか!?」


「吸血鬼か……、厄介な相手と聞いたことあるわ」


 雪桃が静かに言った。


 新右衛門は前へ出る。


「わかりました」


「その討伐、引き受けます」


 雪桃も頷く。


「放っておけない」


 その時だった。


「でしたら!」


 勢いよく扉が開く。


 現れたのは、一人の少女だった。


 金髪碧眼。


 白いドレス。


 年は雪桃と近い。


「わたくしも行きますわ!」


 彼女は真っ直ぐ新右衛門を見る。


「あなたが東洋の侍ですのね!」


 ぱっと花が咲くような笑顔。


 新右衛門は少し困ったように頭を下げる。


「橘新右衛門です」


「キャサリンですわ!」


 少女は迷いなく新右衛門の腕を掴む。


「よろしくお願いいたします!」


 距離が近い。


 あまりにも自然に。


 雪桃の胸が、ちくりと痛んだ。


(……また)


 脳裏に浮かぶ。


 桃狐に続き。


 そして今度はキャサリン。


 新右衛門はいつも通りなだけなのに。


 なのに、知らない女の子たちが次々と近づいてくる。


 胸の奥がざわつく。


 雪桃は小さく唇を噛んだ。


(信じるって決めたのに……)


  その時だった。


 城の外から悲鳴が響いた。


「きゃああああああっ!!」


 全員の顔色が変わる。


 窓の外。


 霧の夜空に、無数の蝙蝠が舞っていた。


 ――いや。


 違う。


 空そのものが、黒く染まり始めていた。


 蝙蝠。


 蝙蝠。


 蝙蝠。


 何千、何万という闇の群れ。


 月明かりが消える。


 城下町から次々と悲鳴が上がった。


「伯爵だ……!」


「ドラキュラ伯爵が来たぞ!!」


 兵士たちの顔から血の気が引く。


 そして。


 闇の中心から、一人の男がゆっくりと降り立った。


 黒いマント。


 死人のように白い肌。


 血のような赤い瞳。


 その姿を見ただけで、空気が凍る。


 まるで、“夜”そのものが人の形を取ったかのようだった。


「歓迎しよう」


 低く響く声。


 血のように赤い瞳。


 ドラキュラ伯爵。


 その背後では、三人の妖艶な女たちが笑っていた。


 ドラキュラ伯爵は雪桃を見下ろした。


「……その目」


「忌々しい男を思い出す」


 雪桃が眉をひそめる。


「パパのこと覚えているんだ」


 伯爵の口元が歪む。


「忘れるものか」


「余に桃を投げつけ、渋柿を口に突っ込み……」


「挙げ句の果てには、変な眼鏡の女に石にされた……」


 アナ女王が小さく顔を覆う。


「まずいわ、騎士たちを集めないと……」


 だが次の瞬間。


 伯爵の瞳が鋭く細まる。


「だが、あの男はここにはいない」


「今宵は貴様たちの血で宴とさせていただこう!」

挿絵(By みてみん)

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