羅刹女の芭蕉扇と桃狐の口づけ
天竺の空が、赤く燃えていた。
熱風。
妖気。
そして、軍勢。
寺院の外には、無数の妖兵が並んでいる。
その先頭に立つのは――羅刹女。
巨大な芭蕉扇を肩に担ぎ、雪桃たちを睨みつけていた。
「桃太郎の血族……!」
「今日こそ、牛魔王様の恨みを晴らす!!」
怒声と共に、妖気が爆発する。
◆
「来るぞ!」
新右衛門が叫ぶ。
だが。
「ふん」
雪桃は一歩前へ出た。
「こんなの、一気に終わらせる」
冷気が広がる。
空気が白く染まり始めた。
◆
――ゴォォォォッ!!
吹雪。
真夏の天竺を、一瞬で雪国へ変えるほどの冷気。
寺院の床が凍る。
木々が白く染まる。
妖兵たちが悲鳴を上げた。
「さすが雪桃ちゃん!!」
ハチマンが尻尾を振る。
「やっちゃえー!!」
◆
しかし。
羅刹女は笑った。
「甘い」
巨大な芭蕉扇が振るわれる。
――ドォォォォォン!!
暴風。
吹雪そのものが吹き飛ばされた。
「えっ!?」
雪桃が目を見開く。
冷気が散る。
雲が裂ける。
羅刹女の髪が風に舞った。
◆
「この芭蕉扇はな」
「火も風も雨も操る」
再び扇を振るう。
今度は豪雨。
バシャァァァァッ!!
滝のような水が降り注ぐ。
「うわっ!?」
沙悟浄が流される。
「河童なのに水でやられるなんてー!!」
◆
さらに。
羅刹女が呪文を唱えた。
風と炎が混ざる。
雷雲が渦巻く。
魔術。
そして芭蕉扇。
二つを組み合わせた大妖術だった。
◆
「厄介ですね……!」
三蔵法師が印を結ぶ。
「悟空!」
「おう!!」
孫悟空が飛び出した。
如意棒が巨大化する。
「ぶっ飛ばす!!」
◆
だが。
「その程度、知っている」
羅刹女は冷静だった。
芭蕉扇。
――ドォン!!
風圧だけで悟空が吹き飛ぶ。
「ぐわぁぁぁ!?」
岩壁に激突。
◆
猪八戒も突撃。
「女の敵ー!!」
だが豪雨で足を滑らせ転倒。
「ぶべっ!?」
◆
沙悟浄は術を放つ。
だが。
「水術は読めている」
逆流。
「うおっ!?」
自分の術で流された。
◆
三蔵法師が険しい顔をする。
「戦い方を研究されている……!」
「当然だ」
羅刹女は笑う。
「貴様らは昔、夫と何度も戦った」
「こちらも対策くらいする」
◆
一方。
その後方。
「……あれ?」
ハチマンが首を傾げる。
「これ、おいらたち出番なくないですか?」
「……確かに」
新右衛門も静かに周囲を見る。
雪桃。
悟空。
三蔵法師。
全員が一気に攻め込んだ結果、逆に入り込む隙がなかった。
◆
「まずい!」
ハチマンが焦る。
「このままだと今回おいら空気です!!」
「いつも半分くらい空気だろう」
「そんな冷静に言わないでください!!」
◆
その時だった。
羅刹女の暴風が、雪桃へ迫る。
「っ!」
雪桃が踏ん張る。
だが押される。
「雪桃!」
新右衛門の目が変わった。
◆
鹿島神宮。
武御雷大神。
三週間の修行。
雷鳴。
すべてが脳裏を走る。
◆
「――雷剣」
刀が抜かれる。
瞬間。
雷光。
――バチィィィィィッ!!
空気が裂けた。
◆
「なっ――」
羅刹女が目を見開く。
速い。
あまりにも速い。
雷そのものの一撃。
◆
雷撃が羅刹女を貫く。
――ドォォォォン!!
「きゃあああああっ!!」
芭蕉扇が吹き飛ぶ。
羅刹女が膝をついた。
◆
静寂。
全員が固まる。
「……え?」
悟空が瞬きする。
「今ので終わった?」
「終わったな」
新右衛門は静かに納刀した。
◆
羅刹女は肩で息をする。
「まさか……」
「鹿島の雷とは……」
そして。
「降参だ」
悔しそうに顔を伏せた。
◆
その後。
寺院。
羅刹女はしょんぼりしていた。
「……で?」
雪桃が腕を組む。
「まだ恨んでるの?」
「当たり前だ!」
羅刹女が叫ぶ。
「牛魔王様はいまだ石のままなのだぞ!!」
◆
奥から、巨大な石像が運ばれてくる。
牛魔王だった。
「でかっ!?」
ハチマンが驚く。
◆
「石化を解く方法は一つ」
羅刹女が真顔で言う。
「美女の口づけだ」
◆
沈黙。
ハチマンが首を傾げる。
「それなら羅刹女さんがやれば?」
「何度もしたわ!!」
羅刹女がキレた。
「全然戻らんのだ!!」
「だめだったんだ……」
◆
全員の視線。
雪桃へ。
「……なんで私!?」
「美女だからだろ」
悟空が即答。
「絶対嫌よ!!」
雪桃が真っ赤になる。
「初めてのキスがこんなオッサン相手とか嫌!!」
「牛魔王様はイケオジだぞ!!」
羅刹女が怒る。
◆
「せ、せめて……!」
雪桃がもじもじする。
「先に別の若い男と……」
視線。
新右衛門へ。
◆
「…………」
「…………」
沈黙。
新右衛門が固まる。
「ゆ、雪桃?」
「だ、だから!」
雪桃は顔を真っ赤にしたまま叫ぶ。
「練習よ練習!!」
「変な意味じゃないから!!」
◆
「……人前は」
新右衛門も珍しく動揺していた。
「恥ずかしい」
「なっ……!」
雪桃の顔がさらに赤くなる。
◆
すると。
「人前じゃなければ、キス以上するだろ」
沙悟浄がぼそっと呟いた。
◆
――パキィィィィン!!
「ぎゃああああっ!!」
沙悟浄、氷漬け。
◆
「最低!!」
雪桃が怒鳴る。
「いやでもみんな思って――」
猪八戒も凍る。
◆
そして。
雪桃と新右衛門。
二人が真っ赤になりながら、ゆっくり近づいた。
「…………」
「…………」
あと少し。
その瞬間。
「わっちがしてあげる」
少女の声。
◆
全員が振り返る。
そこには。
銀髪。
狐耳。
白く豪華な着物。
ショートヘアの美少女が立っていた。
◆
「誰!?」
雪桃が驚く。
少女はにこっと笑った。
そして。
石化した牛魔王の頬へ――ちゅっ。
◆
瞬間。
パキパキパキッ!!
石が砕ける。
「うおおおおっ!?」
牛魔王復活。
◆
歓声。
羅刹女が涙目になる。
「牛魔王様ぁぁぁ!!」
◆
一方。
雪桃は少女を見て固まっていた。
「……桃狐」
少女は楽しそうに笑う。
「玉藻の前の娘」
「そう、桃狐じゃ」
狐耳がぴこりと揺れた。




