天竺の孫悟空と羅刹女の怨念
西方。
遥か海の向こう。
コルキス。
巨大な神殿の奥で、一人の魔女が玉座に腰掛けていた。
紫紺の長髪。
異国の宝石で飾られた耳飾り。
黄金と翡翠の装身具。
そして、豪華な刺繍が施された西方の衣。
白いギリシャ風の衣ではなく、袖のある重厚な服装に、脚には異国風のズボン。
頭には独特な形状のフリュギア帽。
まるで“西洋の王族”そのものだった。
魔女メディア。
その紅い瞳が、静かに細められる。
「鹿島を越え」
「遠野を越え」
「鵺まで退けた」
その声には、怒りよりも“愉悦”が混じっていた。
「ふふ……」
「思っていたより、ずっと面白いわね」
玉座の下には、複数の影。
全員が黒いローブを纏っている。
顔は見えない。
ただ、その場にいるだけで異様な気配が広がっていた。
◆
「ですがメディア様」
低い声。
「所詮は東の小僧ども」
「今のうちに消してしまえば――」
「ダメよ」
メディアは即答した。
「簡単に壊れてしまう玩具なんて、つまらないでしょう?」
そして笑う。
「特に、あの侍」
「鹿島で“武御雷”に認められた」
「どこまで成長するのかしらね」
◆
沈黙。
すると。
一人の影が、ゆっくり前へ出た。
「ならば」
「私が行こう」
ローブが外される。
燃えるような気配。
豪奢な衣。
鋭い眼差し。
そして巨大な鉄扇。
羅刹女だった。
◆
「桃太郎……!」
その名を口にした瞬間、空気が揺れる。
「貴様のせいで……!」
「牛魔王様は石にされた!!」
怒気。
憎悪。
長年積み重ねられた恨み。
◆
メディアは静かに頬杖をつく。
「まだ怒っているの?」
「当然だ!!」
羅刹女が叫ぶ。
「天竺で孫悟空と桃太郎が喧嘩を始めた時!」
「夫は止めようとした!!」
「だが――!」
◆
回想。
暴れる孫悟空。
暴れる桃太郎。
山を吹き飛ばす喧嘩。
「やめんか貴様らぁぁ!!」
牛魔王が怒鳴る。
だがその瞬間。
「もうっ、喧嘩はやめてください!!」
メデューサの魔眼。
ピシィィィッ!!
牛魔王が石化する。
「牛魔王様ぁぁぁぁぁ!!」
◆
現在。
羅刹女の拳が震えていた。
「桃太郎一味は許さん」
「娘だろうが何だろうが関係ない」
メディアは微笑む。
「いいわ」
「好きにしなさい」
そして。
「ただし――」
紅い瞳が妖しく細まる。
「あの若い侍は、できれば殺さないで」
「……なぜだ?」
「気に入っているの」
メディアは愉快そうに笑った。
「ああいう使命感に燃えた若い男って、とても綺麗だから」
◆
一方その頃。
天竺。
灼けるような大地。
市場の喧騒。
香辛料の匂い。
雪桃はげんなりしていた。
「……暑い」
「まだ言ってるんですか」
ハチマンが呆れる。
「屋久島からずっと聞いてますよ?」
「だって暑いんだもの!」
雪桃は頬を膨らませる。
だがその隣を歩く新右衛門を見ると、少しだけ落ち着いた。
「……でもまぁ」
「ここまで来たし」
「最後まで付き合うけど」
「感謝する」
「当然よ!」
雪桃は悪態をつきながらも、少し楽し気だった。
◆
その時だった。
「おぉぉぉぉっ!!」
山の向こうから叫び声。
次の瞬間。
岩を蹴り砕きながら、一匹の猿が飛んできた。
「すっげぇ美人!!!!」
金色の毛。
如意棒。
頭の輪。
孫悟空だった。
◆
「……は?」
雪桃が固まる。
だが悟空は完全に雪桃しか見ていない。
「なんだお前!」
「脚すげぇ綺麗じゃねぇか!!」
「白っ!!」
「しかもその着物やばいな!?」
「太もも見えてんじゃん!!」
「ちょっ――」
雪桃が下がる。
だが悟空は止まらない。
「めちゃくちゃ好みなんだけど!!」
「なぁ名前なんて言うんだ!?」
「オラ悟空!!」
◆
さらに後ろから二人。
「悟空さーん!!」
「またナンパしてるー!!」
猪八戒と沙悟浄だった。
だが二人も雪桃を見た瞬間、固まる。
「…………」
「…………」
視線。
白い生足。
短い着物。
雪女の血筋らしい透き通る肌。
「うわぁ……」
猪八戒が感動したように呟く。
「芸術では?」
「分かる」
沙悟浄まで真顔で頷いた。
◆
「お嬢さん!」
悟空が一気に距離を詰める。
「天竺案内してやるぞ!」
「美味い店も知ってる!」
「あと脚触って――」
「触るな!!」
雪桃の冷気が炸裂。
悟空の尻尾が凍る。
「ぎゃあああああっ冷てぇ!!」
◆
しかし悟空は懲りない。
「でもさ!」
「桃太郎の娘って聞いてたけど全然違うな!」
「もっとこう……筋肉!! 鬼!! キビ団子!! みたいなの想像してた!」
「どんなイメージよ!!」
「いやだって親父めちゃくちゃ変だったぞ!?」
「その話はやめて……」
雪桃は少し恥ずかしそうに額をおさえる。
◆
さらに猪八戒が近寄る。
「いやぁでも本当に綺麗ですねぇ」
「その脚とか反則ですよ」
「しかも絶対冷たくて気持ちいいですよね?」
「最低!!」
雪桃が顔を真っ赤にする。
◆
「悟空」
静かな声。
空気が変わる。
三蔵法師だった。
◆
「お前はまた……」
「いや師匠!?」
「今回は不可抗力――」
ギリギリギリギリ。
「ぎゃあああああああ!!」
頭の輪が締まる。
◆
「女性に失礼を働くなと言ったはずです」
三蔵法師は静かに合掌する。
「あと見過ぎです」
「いやだって脚が――」
さらに締まる。
「ぐわあああああ!!」
◆
猪八戒と沙悟浄も慌てて正座した。
「すいませんでした」
「つい生足が……」
「正直すぎる!!」
ハチマンが突っ込む。
◆
その後。
一行は寺へ案内された。
悟空だけはまだちらちら雪桃を見ている。
「……なによ」
「いや」
「ほんと綺麗だなって」
「っ!!」
雪桃が言葉に詰まる。
「しかも強そうだし」
「オラ好み――」
「悟空」
「すいませんでした!!」
再び輪が締まった。
◆
寺院の一室。
三蔵法師は静かに語る。
「西の魔女――メディア」
「その存在はこちらでも問題になっています」
新右衛門は頷く。
「やはり大陸にも……」
「ええ」
三蔵法師の表情は険しい。
「ですが、それ以上に厄介なのがいます」
「厄介?」
「玉藻の前です」
◆
雪桃が目を瞬く。
「えっ?」
「玉藻ママ?」
「知り合いなのですか」
「知り合いも何も、パパの嫁の一人よ?」
「情報量が多い!!」
ハチマンが叫ぶ。
◆
雪桃は腕を組む。
「でも変ね……」
「あの玉藻ママが今更権力に拘るとか」
「何か考えがあるのかしら……」
◆
その時だった。
ゴォォォォォッ!!
熱風。
寺院が揺れる。
空が赤く染まる。
◆
「来たか」
三蔵法師が立ち上がる。
外。
そこには無数の妖兵。
そして。
巨大な鉄扇を持つ女。
羅刹女。
「久しぶりだな」
「桃太郎の血族」
雪桃が目を細める。
「……誰?」
「羅刹女だ」
女の目が燃え上がる。
「夫を石にされた恨み」
「今日こそ返させてもらうぞ」




