屋久島の祭りと笑う山姫
都。
安倍泰親の屋敷。
鵺討伐から数日が過ぎ、一行はついに次の旅支度を整えていた。
行き先は――海の向こう。
西。
魔女メディアが待つ異国である。
◆
「本当に行くのだな」
泰親は静かに言った。
その表情はいつも通り冷静だったが、わずかに疲れが見える。
鵺の一件以降、都ではまだ怪異の余波が残っていた。
「はい」
新右衛門は頷く。
「物忌み様の言葉も気になります」
「メディアの本体が西にいる以上、いずれ向かわねばなりません」
◆
泰親は静かに目を閉じる。
「……正直に言えば」
「こんな危険な旅に其方のような若者を行かせるのは本意ではない……」
泰親は新右衛門に頭を下げた。
「しかし、其方に頼る他ない。本来なら私も行くべきだが、本当にすまない」
「いえ、これは勅命、泰親さまが責任を感じることではありませぬ」
「そうか、頼んだぞ!」
◆
泰親は懐から札を取り出した。
「持っていけ」
「陰陽符だ」
「異国の術にどこまで通じるかは分からぬが、無いよりはましだろう」
新右衛門は静かに受け取る。
「感謝いたします」
◆
一方。
「ガハハハハ!!」
朝からうるさい声が響いていた。
金太郎だった。
◆
「いやぁ~しかし!」
「やっぱ最後は機転が利くかどうかなんだよな~!!」
「鵺も臭いには勝てなかった!!」
「お前たちももっと頭を使え!!」
雪桃は半目になっていた。
「まだ言ってる、あの半裸男……」
鵺戦以来、ずっと自慢話を聞かされていたのである。
◆
「ま、でもよ」
金太郎は笑いながら新右衛門の肩を叩いた。
「お前、最初に比べりゃかなりいい顔になったぜ」
「鹿島帰りあたりから特にな」
「……そうですか?」
「おう」
「前は“頑張ってる侍”って感じだったが、今はちゃんと“戦う男”の顔だ」
◆
新右衛門は少しだけ笑顔を見せる。
「貴殿のように慕われる英雄になりたい」
「せいぜい頑張れよ!?」
ハチマンが吹き出した。
「慕われる英雄! あの前掛け半裸男が」
「新右衛門さん、見た目は真似しちゃだめですよ」
「うるせぇ柴犬!!」
◆
その時。
金太郎はふと雪桃を見る。
「お前もちゃんと付いてってやれよ?」
「は?」
「こいつ、放っとくと一人で全部背負い込むタイプだからな」
雪桃は少し黙った。
そして視線を逸らす。
「……別にあんたなんかに言われなくても、そうするわよ」
「勝手についていくだけだし」
「ガハハ! はいはい!」
「なんだかんだで一途なところ、雪女そっくりだな!!」
「うるさい!!」
◆
やがて出立の時が来る。
泰親が静かに告げる。
「西へ向かうなら、まず南へ下れ」
「屋久島に寄るといい」
「古い海路の気配が残っている」
「異界に近い土地だ」
◆
新右衛門は深く一礼した。
「では、行って参ります」
「うむ」
「必ず戻れ」
短い言葉だった。
だがその声音には、確かな信頼があった。
◆
「またな!!」
金太郎が豪快に手を振る。
「次会う時はもっと強くなっとけよ!!」
「金太郎さんもお元気で!」
「おう! 隣の女に尻に敷かれんなよ!」
金太郎は最後まで騒がしかった。
◆
こうして三人は都を後にする。
西へ向かうための長い旅。
海の入口へ――。
◆
都を発ってから、すでにかなりの日数が過ぎていた。
山を越え。
川を渡り。
そして辿り着いたのが、南の島――屋久島だった。
◆
「……遠すぎる」
雪桃は不満げに呟いた。
「まだ着かないの?」
「大陸ってどれだけ遠いのよ……」
不満たらたらだが、さすがは雪女の娘、気になった男からは離れることはなく、その足は止まらない。
◆
新右衛門は苦笑する。
「海を渡るにはここが都合が良い」
「聞いてない……」
「すまなかったな」
「もう!」
◆
一方、ハチマンは元気だった。
「南国ですよ南国!!」
「魚が美味い!!」
「祭りがあります!!」
「では、国を出る前に祭りを楽しむか」
◆
屋久島では、ちょうど祭りが開かれていた。
灯り。
屋台。
太鼓。
怪異続きの旅の中では、久しぶりの平和だった。
◆
「これ美味しい!」
雪桃は焼き魚を頬張る。
「それはよかった」
新右衛門が静かに笑う。
その顔を見て、雪桃は少し視線を逸らした。
「……別に、あんたのために楽しんでるわけじゃないし」
「そうか」
「本当に私はあのメディアって女が気に入らないだけ!」
◆
その頃。
ハチマンは屋台でひょっとこのお面を買っていた。
「似合う!」
「犬なのに似合う!!」
子供たちが大笑いする。
ハチマンは満更でもなかった。
◆
だがその時。
祭りの空気が少し変わる。
「また山姫か……」
「山へ入った者が戻らん」
島民たちの声。
◆
老人が語る。
「山で微笑みかけてくる女がおる」
「うっかり笑い返した者は、山から出られなくなる」
「最後には、生き血を吸われて死ぬ」
◆
雪桃の目が細くなる。
「……メディア絡みね」
「間違いあるまい」
新右衛門も頷く。
◆
「今回は私がやる」
雪桃が立ち上がった。
「新右衛門もハチマンも手出し禁止」
かなり本気の顔だった。
「鵺の時、金太郎に全部持っていかれたし」
「今回は私が決める」
ハチマンが小声で言う。
「根に持ってたんですね……」
◆
夜。
三人は山へ入る。
そして現れた。
白い着物。
長い髪。
山姫。
◆
だが山姫は雪桃を完全に無視した。
そのまま新右衛門へ微笑みかける。
「旅のお侍さん……こちらへ来ませんか?」
◆
ぴくっ。
雪桃の額に青筋が浮かぶ。
「……は?」
◆
「勝手に人の男に微笑みかけてんじゃないわよ!!」
新右衛門が止まる。
ハチマンも止まる。
「……人の?」
「違っ!!」
雪桃の顔が真っ赤になる。
◆
冷気が吹き荒れる。
「山ごと雪山に変えてやろうか!?」
山姫が怯える。
◆
その時だった。
「まぁまぁ落ち着いて――」
ハチマンが前へ出る。
柴犬。
ひょっとこのお面。
真顔。
◆
沈黙。
◆
山姫の肩が震えた。
「……ぷっ」
「な、なにそれ……っ!」
「犬なのに……っ!」
◆
笑った瞬間、術が崩壊した。
妖気が乱れる。
結界が消える。
◆
「しま――」
「遅い!!」
雪桃の氷が炸裂する。
一瞬で山姫は氷漬けになった。
◆
静寂。
ハチマンがぽつり。
「おいら今回、活躍しました?」
「大活躍だな」
「変顔で妖怪倒したけどな」
「変顔じゃないです!!」
◆
翌朝。
港。
巨大な船が停泊していた。
風が吹く。
海の向こうには異国。
メディアの待つ、西の世界。
◆
「……行くぞ」
新右衛門が言う。
雪桃は隣へ立った。
「ちゃんと帰ってくるんでしょ」
「ああ」
「メディアの奴待ってなさい! 氷漬けにしてやるんだから!」
◆
ハチマンが船を見上げる。
「ついに海外編ですね!!」
「其方はブレないな……」
三人を乗せた船は、ゆっくりと海へ進み始めた。
西の魔女が待つ、異国へ――。




