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第三十一話 無自覚な

風が優しく吹いていた。


宿を出てから、しばらく平原を進んでいる。


俺は相変わらずヴァルガの前に乗せられていた。

慣れない馬での移動にすぐ腰を痛めた俺とは違って、みんな平然としている。


情けない……


「晴斗、大丈夫か? やはり飛んで……」


ヴァルガが心配そうに、後ろから覗き込んでくる。


「……いいって。なんとか頑張るから……」


空を飛ぶ魔法が使えるヴァルガは、初めは俺とともに空からリヴェルトに向かおうとしていた。

でも、レオンに目立ちすぎるな、と釘を刺され、それに大人しく従った。


確かに、目立って無駄に争いを招くようなことは極力避けたい。


ミレグで見たような、ならずものと度々出くわしたけど、みんなが俺に見せないように撃退してくれていた。


殺したのかな、と気持ちが沈んでると、ヴァルガが必ず寄り添ってくれた。


「大丈夫だ、殺してない。拘束して放り投げておいた」


その言葉だけで、幾分か気が楽になる。

本当にそうしているのかは、わからないけど。

そんなに甘い世界じゃないって、もうわかってる。

でも、ヴァルガの言葉なら信じようと思えた。


馬が揺れるたびに腰にくる刺激に耐えながら、辺りを見渡した。


リヴェルトに近づくにつれ、草や花が減り、大地がひび割れているのが目立つようになった。


そして、魔物──知能のない魔族のなり損ないも、何度か姿を見せていた。

そのたびに、俺以外の三人があっさりと片付けていく。


「……なんか、リヴェルトの方って土地が荒れてるよな」


「宝珠の影響だ」


後ろのヴァルガが答える。


「ん? 宝珠って、その?」


ヴァルガの胸元を親指で示した。

服の内側には、俺に触れないように隠された宝珠がある。


「リヴェルトには、もう一つの宝珠があるんだ。戦禍の宝珠という」


「え、そうなの?」


初耳だった。

あんなものが、もう一つあるなんて。


「遥か昔、魔王城から人間が奪った。武器を生み、争いの力を増幅させる」


「なんか物騒だな……それを持ってるから土地が荒れるのか……?」


ヴァルガは首を振る。


「循環の宝珠がそばにあれば、問題はない。だからこそ、リヴェルトは循環の宝珠を狙う」


その時、隣の馬に乗った奏と目があってはっとした。


「そうだ、宝珠って──」


転移者がいないと使えない。


奏は察して口を開く。


「俺は、宝珠に関して何も聞かされてないよ。もちろん使わされてもない」


ほっと息をついた。


それと同時に──


厄介ごとしか生まなそうなその宝珠を、なぜリヴェルトは大事に抱えてるんだろう、と疑問に思った。


「手放せばいいのに……」


独り言のように呟いた。


魔王城にわざわざ勇者を送り込むなんて、まどろっこしい真似をしなくても、それを手放せばリヴェルトの貧困問題は解決するんじゃないのか?


「それが人間だよ、晴斗」


レオンが口を歪めて笑っている。


「強欲なんだ。一度手にした力を手放せない」


その表情に、少しだけ背筋が寒くなる。


レオンがミレグから帰ってきてからだ。


時々、こうして知らない人みたいに見えることがある。


俺に向けた言葉じゃないのに、俺まで嘲られているような気がして、思わず視線を逸らした。


***


その日の夕方、俺たちは少し開けた場所で野営の準備をした。


もう何度目かの野宿だ。

レオンがテントを準備してくれたから、そこまでつらくはない。


乗馬で痛めた腰には、ヴァルガが薬草の塗り薬を作って塗ってくれた。


そのおかげで、動くのに支障はないくらいに痛みは落ち着いている。


水を張った鍋を焚き火にかける。

旅でお荷物状態の俺には料理くらいしか役に立てることがない。


昼の間に、旅の商人から買った根菜を取り出す。

小さなナイフで皮を剥いていく。


すると、背後から呼び止められた。


「晴斗」


振り向くと、レオンが仕留めたらしい小さな獣を片手に立っていた。


「ほら、肉だ。これで少しはまともな飯になるだろう?」


さっきの冷たい顔が嘘みたいに、いつもの軽い調子だった。


俺は少しだけほっとする。


「……ありがとう。あーでも……」


ごわごわの毛を見つめて言葉を濁す。


流石に生き物を捌いたことはない。

魚ならともかく。


その沈黙に気づいたレオンが笑った。


「お前にやらせるつもりはない。待ってろ」


俺の頭をくしゃりと撫でて、レオンは仕留めた獣を持ったまま離れていく。


その背中は、いつものレオンに見えた。

少しだけ肩の力が抜けて、さっき感じた寒気も、気のせいだったんだと思うことにした。


***


「つがい……つがいって、鳥の?」


奏が首を傾げ、眉間に皺を寄せていた。


俺がはじめに思ったことと、おんなじこと言ってる……


夜が更けて、みんなで焚き火を囲んでいた。


ぱちぱちと薪が爆ぜる音を聞きながら、俺は手元のシチューをスプーンでかき混ぜる。


幼馴染と、この話題は居た堪れない……


「晴斗、それって晴斗に自覚はあるの?」


「……ないけど……」


「ふぅん……じゃあ、あんたは晴斗の意思を無視して攫ったんだ」


奏がスプーンでヴァルガを示す。

それを、ヴァルガは黙ったまま不愉快そうに見つめていた。


つい、ヴァルガを庇うように口を挟む。


「お前に気絶させられて誘拐されたのは、ついこの前だぞ」


その言葉に、奏はぐっと喉を詰まらせた。


ヴァルガは、そんな俺を見つめて嬉しそうだった。見えないしっぽが、ぶんぶんと振られている。


「魔族の、番への想いは理性で止めるのは難しい。あの時は、晴斗が見つかったことが嬉しくて……」


喋るたびに、ヴァルガの表情はだんだんと沈んでいく。

最後には、俺を窺うように上目遣いで見つめてきた。


「晴斗……あの時は……」


俺は首を横に振った。


「確かに攫われた時は、わけもわからず怖かった」


あの時のことを思い出すと、今でも少しだけ胸の奥がざわつく。

見知らぬ世界で、何もわからなくて。

目が覚めたら、魔王城にいて。


怖くなかったと言えば、嘘になる。


「でも、だからこそ、ヴァルガの側にいられて、こんな世界で生き残れたんだと思う」


「だからもう、いいんだ」


能力も何もない俺が、ずっとあのままリヴェルトにいたら。


きっと、野たれ死んでたと思う。

誰の役にも立てずに、そのまま。


ヴァルガが俺を見つけてくれたから。


こいつだけが、俺を選んでくれたから。


俺はこいつの、唯一になれたんだ。


「晴斗……!」


ヴァルガが人目も気にせず、俺を抱きしめる。


「ちょ、シチューこぼれる……!」


慌てて器を傾けないように支える。

頬を擦り寄せられて、もう恥ずかしがるのも馬鹿らしい。


俺はヴァルガの背中を、よしよしと叩いてやった。


「……俺と一緒でも、晴斗は無事だったと思うけど」


悔しそうに、奏がぼそりと言った。


その声に顔を向けると、奏は少しだけ拗ねたような顔をして、火の方を見ていた。


「うーん、見事な三角関係だ。晴斗、お前は魔性だな」


黙ってにやつきながらこちらを見ていたレオンが、割って入って茶化してくる。


「なんだよそれ。俺は別に何も……」


魔性って、色っぽい女の人に使うような言葉じゃないのか?


それに、男ばかりにモテるのもどうかと思う。


「お前は庇護欲を掻き立ててくるからな。無自覚に」


「それは、わかる」


奏が即座に同意した。

見ると、ヴァルガまで真剣な顔で頷いている。


「ええ?」


自分では割と、しっかりした人間だと思ってたんだけど……

今だって、ヴァルガをあやしてる。


庇護欲って、母性本能、みたいな?


「あ……でも、元カノに言われたことあるな……」


小さく呟いた瞬間、奏の肩がびくりと跳ねた。


「……は? 元カノ?」


ゆっくりと、奏がこちらを見る。


まずい。


「晴斗……彼女、いたの?」


その言葉を聞いて、ヴァルガも信じられないものを見るような目でこちらを凝視してきた。


「彼女……とは、女? 晴斗……恋人がいたの、か?」


二人に詰め寄られて、その圧に、俺はたじろいだ。


くそ、失言だった。


「む、昔の話だよ! 高校の時に告白されて……奏に言うとなんかうるさそうだから黙ってて……」


今思うと、あの時のカンは当たってたんだな……


「へえ、ちなみに何人?」


予測していたように、にやにやしながらレオンが口を挟む。


なんでこの人は掻き回すんだよ!


「……さ、三人……」


嘘をつくのも気が引けて、結局言ってしまった。


奏もヴァルガも、呆然としている。


「三人……?」


「三人、だと……?」


二人の声が、きれいに重なった。


レオンは満足そうに指をパチンと鳴らす。


「ほら、やっぱり魔性だ。モテるじゃないか、晴斗」


「いや、別にモテてたわけじゃ……」


三人って多いのか?

よく、わからない。


「あの、ラズって子も、晴斗のこと結構まんざらでもなさそうだったしな」


「は!? な、何言って……」


ラズは友達だ。

彼女をそんな目で見たことはない。


でも、なぜか言われて顔が熱くなってしまった。

咄嗟に手で頬を隠す。


その瞬間、ヴァルガがすくっと立ち上がった。


「ヴァ、ヴァルガ?」


「……もう、寝る……」


ヴァルガは俺の方を見ないまま、テントに向かっていく。


「え、ちょっと……」


「信じられない……全然わからなかった……」


わなわなと震えている奏と、それを面白そうに見ているレオン。


「はは、男二人を手玉に取るなんて。お前も大概だな、晴斗」


「俺は何もしてない!」


そう言い返しながらも、俺はヴァルガの背中が気に掛かっていた。


火の明かりから離れていく大きな背中が、ひどく寂しそうに見える。


俺は器を置いて立ち上がった。


「……ちょっと行ってくる」


奏が何か言いたげにこちらを見たけれど、結局、何も言わなかった。


俺はヴァルガを追うように、テントへ向かった。

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