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第二十七話 選ばれた者

街の門が見えてくる。

扉は開き切っていて、誰もいないようだった。


この街から出られると思うと、気持ちが焦った。

膝の痛みも忘れて駆ける。

奏はずっと俺の手を掴んで先頭を走っている。

レオンは後ろを守ってくれていた。


街を襲った連中はまだたくさん徘徊していて、見つかるたび奏とレオンが倒していく。


その度に足が止まることは、もうない。


でも──


こんなところから一刻も早く逃げ出したかった。


その時、息を殺したような声が聞こえた。


「晴斗さん……!」


声のする方を振り向いた。


「ラズ……!」


ラズと行商の仲間だった。


彼女たちも門を目指してきたんだろう。


俺たちと違う方向から、門の方へ駆けている。


無事だったんだ。


涙がこぼれそうになった。


手を振った瞬間、ラズたちの後方から武器を持った数人の男たちが走ってくるのに気づいた。


思わず足を止める。


急に止まった俺のせいで、手を繋いだままの奏は前のめりになった。


「晴斗!」


奏の言葉は耳に届かなかった。

男たちとラズの距離が狭まる。


俺は奏の手を振り解いて走った。

数歩走ったところで背後から抱き止められる。


「離せ! ラズが!」


「だめだ。向こうからも来てる。合流はできない」


「なんで……!」


お前だったら平気だろ──?

そう思って振り返る。


間近で見た奏は、全身にびっしり汗をかいていた。

先程よりもひどい状態だった。


「──っ」


無理してると、瞬時に思った。


後ろにいたレオンも駆け寄ってくる。


「晴斗、聞き分けろ。ここで止まると囲まれる」


そんなの、わかってる。

それでも──


「嫌だ!」


目の端にラズが映る。


彼女たちは角を曲がり、死角になっている地下の倉庫のような場所に入っていく。


扉を閉めるところまで見えた。


でも、あのままやり過ごせるのか?


俺は心配でたまらなくて、ラズが見えなくなってもその場所へ向かおうと足掻いた。


そんな俺を奏が無理やり引っ張り、レオンが周囲を警戒する。


そうやって、俺は門をくぐってしまった。


外は思いの外、静かだった。


門から少し離れたところに、少人数の男たちがいた。

帰り支度のように武器の手入れをしている。


悪夢のような出来事が、勝手に終わろうとしていた。


奏とレオンは身を潜めながら、そのまま俺を引きずるようにして歩き続ける。

振り返る余裕もないまま、どれくらい進んだのかもわからない。


気づけば丘を越えていて、街はもう見えなかった。


もう、抵抗する気力も残っていない。


ラズ……


思い出して唇が震える。


助けてやりたかった……


突然、奏とレオンは俺を引き寄せ、茂みに身を潜めた。


馬の蹄の音と、車輪が石を踏む音がする。


街道を、荷車を引いた馬と男たちが歩いていくのが見えた。


荷台には布をかけられた遺体が無造作に積み上げられ、その下で人の形が揺れていた。


男たちはそれを気にする様子もなく、笑いながら話している。


その笑い声に、無性に腹が立った。


お前らが来たせいで、ラズが……


無意識に立ち上がろうとする。

それをレオンが止めた。


「晴斗」


「離せ……」


敵うわけない。そんなの、知ってる。


でも今は、恐怖よりも怒りが勝っていた。


レオンの手を振り払おうと暴れる俺を、奏が止めた。


「また、気絶させて運ぶ?」


その言葉にびくりと肩を振るわせる。


「晴斗が嫌がっても、俺はやるよ」


まっすぐ見つめられて、俯いた。


意識のないまま、今度は本当にリヴェルトまで連れて行かれるかもしれない。


どんどん、ヴァルガと離れてしまう。


それは、嫌だ。


「しかし、奏様。馬は必要かもしれません」


レオンが荷車の馬を示す。


「……確かに」


「俺が行きますよ。奏様は晴斗を」


レオンは掴んでいた俺の腕を奏に預けようとする。


奏がそれに触れようとした瞬間、思わず体が揺れてしまった。


また気絶させられるかもしれない──そう思ったからだ。


奏は出した手を止め、そのまま引っ込めた。


「……いや、俺が行く。レオン、晴斗を頼む」


そう言うと、奏は目を閉じて深く息を吐いた。


そして静かに茂みから出ると、男たちの死角に入り、音もなく近づいていった。


一人の男は、自分が何をされたのかもわかっていないようだった。


笑っている間に首と胴体が離れ、体が前に倒れる。

遅れて、首がごろりと落ちた。


それで初めて周囲の男たちが異変に気づく。

腰の剣に手をかける前に血飛沫が連続で上がった。


立て続けに倒れる音が響く。


取り残された者たちは悲鳴を上げながら散り散りに逃げていった。


奏は短く荒い息をしながら、剣の血を払って鞘に収める。


追う様子はない。


レオンは周囲を確認した。

俺の腕を掴んだまま茂みから出て、奏のところへ向かった。


そこらに倒れている死体の間を通るせいで、どうしても血を踏んでしまう。


レオンが止まらないから俺も進むしかなかった。

地面を踏み締めるたび、靴に血が跳ねる。


悍ましさに背筋が震えた。


荷車の脇を通ると、上に積まれていた遺体がぐらりと揺れ、崩れ落ちてきた。


レオンが当たらないように俺を引っ張ってくれる。


荷車から顔を背け、ぎゅっと目を瞑った。


もう、何も見たくない……


その時──


「た、すけて……」


荷車の中から、か細い子供の声が聞こえた。


思わず振り向くと、小さな手が遺体の隙間から伸びている。


生きてる子がいる……


俺はレオンを振り切り、子供の手を引っ張り出そうと荷車に駆け寄った。


遺体を退けないと助け出せない……


怖くて手が震える。


でもそんなこと言ってられなかった。


遺体をどかそうと手をかけた、その手を奏に掴まれる。


奏は遺体の中の小さな手を、じっと見つめている。


「無理だ。助からない」


静かな声だった。


俺はカッとなって叫んだ。


「まだ生きてるだろ!」


「もう、だめなんだ。生命力の色が、消える」


俺と牢屋で会った時も、そんなことを言っていた。

生命力の色。奏にはそれが見えるらしい。


「だから、なんだよ……そこで苦しんでるだろ!」


俺は構わず遺体をどけようとした。


その間にも、子供の手がどんどん力をなくし、やがてくたりと下がった。


「消えた……」


奏がぽつりと呟く。


俺はその手を見つめながら呆然とした。


「……なんなんだよ……」


奏の胸ぐらを掴む。


「お前、なんなんだよ……!!」


蓋をしてたものが、一気に吹き出した。


「なんで諦めるんだよ……!」


「勇者だろ!?助けろよ!」


「ラズだって……」


苦しくて、下を向く。

喉から変な音が漏れた。


「お前は、そんな奴じゃなかっただろ……」


「なんでそんなに、冷たい奴になったんだよ!」


よく言う。


奏に救ってもらってるくせに。


それでも、止まらなかった。


俺は理不尽な罵声を浴びせ続けた。

それを黙って聞いていた奏の顔が、徐々に歪んでいく。


見かねたレオンが、俺を奏から引き剥がす。


「晴斗、やめろ」


「止めるなよ!」


レオンは静かな声で口を開く。


「奏様を責めるのはお門違いだ。わかってるだろう?」


そんなの、わかってるよ。


でも、こんな理不尽な世界で、どうしたらいい?


なおも奏に掴みかかろうとする。


誰かのせいにしないと、気が狂いそうだった。


「奏様は、魔王城に向かう途中で、何度も略奪や争いに巻き込まれた」


「そのたびに、生き残るほうを選んできた」


「その選択を、誰も責められない」


少しだけ間を置いてから、レオンは続けた。


「お前も同じだろう?」


その言葉が胸に刺さる。

見ないようにして、逃げてきた。

奏に押し付けて、俺が生き残る方を選んで。


奏が、目を瞑る。


「……考えてる時間は、いつだってなかった」


「たくさん人を殺した。ミレグで殺した数とは、比べられないくらい」


「奏……」


「勇者ってさ……モンスター倒して、魔王倒して、正義の味方みたいなもんだと思ってたのに」


「現実は、全然違った」


「自分で手にかけて、生命力の色が消えるのを何度も見たよ」


「……俺は勇者になんか、選ばれたくなかった」


聖剣が突き刺さる祭壇が頭に浮かぶ。


奏に、あれを先に抜けと言ったのは──俺だ。


「こんな力、いらない」


奏は涙をこぼしながら、自分の掌を見つめる。


「帰りたい……」


「早く、こんなこと終わりにしたい……っ」


泣き崩れる奏に、俺は思わず手を差し伸べた。

それを、奏は取らなかった。


奏がおかしくなった理由が、わかった気がした。


俺が、城でヴァルガと過ごしてる間に、こいつは大変な目に遭っていた。


死にたくなかったから、選んだ。

助けられない命を見捨ててでも、生き残るほうを。


ラズを助けなかったのも、子供を諦めたのも、命の選別に慣れきってしまってたから。


俺とは違う。


でも、そんなの責めていいはずがない。

さっきみたいに、怒鳴っていいことじゃなかった。


奏だって、好きで選んできたわけじゃないんだ。


そう思った瞬間、気づけば奏の体を抱きしめていた。


「……ごめん、奏」


その体が一瞬震える。


「ごめんな」


奏の手が、背中に回ってしがみつく。

奏は声を殺して泣き続けていた。


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