第二十四話 最後の手紙
馬上の人間たちは、多種多様な出で立ちで、
軽装の者も重装備の者もいた。
どれも寄せ集めのような色彩で、とても統率の取れた軍隊には見えない。
ただ、馬だけが美しい毛並みに、皆同じ甲冑と鞍をつけていた。
「晴斗、こっちにこい」
俺は物々しい雰囲気に完全に呑まれていた。
わかっているのに、足がすくんで動かない。
レオンに腕を掴まれ、近くの建物の影へ引き込まれる。
「あの馬……いや、あの馬具……紋章は消してあるが、リヴェルト軍のものだ」
「え……?」
「軍から、あれだけの馬と装備をまとめて盗み出したとは考えにくい」
レオンは、馬上の男たちへ視線を移した。
「あいつらは、リヴェルトに雇われている」
「あの国が、どうして……」
「……昔も、リヴェルトに雇われた連中がミレグを襲った。大勢が殺された。外壁ができてからは、平穏な街だったのに」
レオンの声が、少しだけ震えていた。
どれだけひどい事件だったんだろう。
リヴェルトは、魔族を敵だと思っている国だ。
でも、兵士を使わずに、どうしてこんな奴らを雇うんだ?
外壁に駆けつけていた警備隊が、馬を狙う。
矢が馬の甲冑を縫って突き刺さった。
先頭の馬たちが崩れ落ちる。
後方の馬も、続けざまに倒れていった。
その後ろから、ぞろぞろと男達が現れる。
抜き身の剣や鈍器を手に、
うすら笑いを浮かべながら街へ踏み込んできた。
その数に、街の住人たちは一気に混乱に陥る。
警備隊も数で押され、次々に倒れていく。
血が飛び、地面や建物を赤く染めた。
人が、すぐそこで死んでいった。
崩れ落ちた、生気のない顔。
無意識にレオンの腕にしがみついた。
そうしなければ、自分も倒れてしまいそうだった。
鼓動が振り切れてしまいそうなほど速い。
血の匂いが漂ってくるようで、その生々しさに吐き気が込み上げる。
いつのまにか運び込まれていた荷車に、遺体が積み上げられていく。
荷物を放り投げるようにして、大きな音が響いた。
無造作に重ねられた体から、腕がだらりと下がっている。
「……何をしてるんだ、あれ……」
レオンの低い声が響く。
「……あれは、材料だ」
「材料……?」
歯を食いしばるような音がして、レオンの表情を覗き込む。
その瞳は、荷車を映して暗く揺れていた。
「レオン……?」
レオンは、なおも視線を外さないまま口を開く。
「リヴェルトは、黒濁を作っている」
「作る……って」
あの、化け物を?
「……その材料は、魔族だ」
「……は……?」
気がつけば、すぐ側で悲鳴が上がる。
どさりと倒れる音。
見ると、男が魔族の女性の髪を掴み上げ、引きずろうとしていた。
笑みの浮かんだ顔を見て、背筋が凍る。
人を、人じゃないみたいに扱ってる。
材料──
「じゃあさっきの、黒濁は……」
「……失敗作だろう。森に使うのは、あんなに弱くない」
さっきの黒濁の姿が頭に浮かぶ。
黒い粘液の中に見えた、つぎはぎされたような体。
黒い爪の、丸くて、幼い指。
まさか、あれは……。
胃から何かが迫り上がってくる。
とっさにレオンを押し除けて、地面に吐いた。
何も出ないのに、嗚咽が止まらない。
そんな俺を、レオンは黙って見下ろしていた。
「……行くぞ、晴斗。ここはもうだめだ」
再び腕を引かれ、その場を離れる。
細い路地をレオンは迷いなく選んでいく。
ミレグに慣れているんだな、そう思った。
俺は腕を掴まれ、されるがままに進んでいった。
「この街の外に出れる場所は、門一つのみだ」
「しかし、門の外にもやつらが待ち伏せしてるだろう」
「俺一人ならどうにでもなる。でも、お前がいたら突破は無理だ」
足手まとい。
そう言われたようで、気が沈む。
でも、実際そうなんだから仕方ない。
レオンは足を止めないまま言った。
「……しばらく隠れるしかないな」
「……隠れるって、どこに?」
返事はなかった。
代わりに、さらに細い路地へと引き込まれる。
通りから離れるにつれて、人の気配が急に減っていった。
遠くで怒号と悲鳴が重なって聞こえている。
石畳に散った血を避けるようにして、足早に角を曲がる。
やがて、見覚えのある匂いがした。
甘いような、土の匂いの混ざった風。
顔を上げる。
「……ここって」
視線の先に、淡い色の花が揺れた。
小さな家の前でレオンの足が止まる。
そこは空き家のようで、扉が打ち付けられていた。
レオンが、その扉にそっと触れた。
指先が、わずかに止まる。
「……ここは、そのままにしたほうがいいかもしれない」
「こっちだ」
庭の茂みを通ると、階段の下に小さな扉があった。
確かに、ここなら外からは見えずらいかもしれない。
レオンが扉に細工をすると、かちゃりと鍵の開く音がした。
「入れ。ここでしばらくやり過ごそう」
部屋の中を覗く。
壺や木箱が積んであり、倉庫のような場所だった。
その時──
外で怒号が上がった。
思わず身をすくめた。
近い。
レオンは俺の背中を押し、部屋の中に入れた。
そして自分は入らず、素早く扉を閉める。
扉からの光を失い、部屋は暗くなった。
俺は焦って扉を叩く。
「ちょっ……レオン!」
「鍵をかけて待ってろ。少し離してくる」
駆ける足音がして、やがて聞こえなくなった。
荒々しい声も足音も、もう聞こえない。
俺はとりあえず、言われた通りに鍵をかける。
がちゃり、と鍵音がやけに大きく響いた。
静かになって、急に一人になったことが怖くなった。
キョロキョロと視線を動かすと、薄闇にぼんやりと階段が見えた。
これ以上暗闇にいるのが怖くて、恐る恐る壁に手をつきながら、それを登る。
天井に、小さな扉があった。
建て付けが悪いけど何度か押すとそれは開いた。
上の階をそっと覗く。
窓にも簡単に板が打ち付けられている。
その隙間から光が漏れて、部屋は明るかった。
人の気配もない。
俺はゆっくり階段を上り切った。
改めて部屋を見回す。
暖炉。壁に飾られたドライフラワー。綺麗にペンが並んでいる小さな机。
キッチンもテーブルも、今すぐ料理ができそうなほど整っていた。
「空き家じゃ、ないみたいだ」
部屋の温もりに、肩の力が少しだけ抜けた。
ふと、思い出す。
奏、ラズ……あの二人は大丈夫かな。
あの二人だけじゃない。
宿屋の女将さん、奏を見てくれた医者。
他にも世話になった人がたくさんいた。
ぎゅっと目を瞑る。
どうか──無事で……
その時──
コン、と小さな音がした。
思わず肩が跳ねる。
窓の方からだった。
もう一度。
コン、コン。
レオンが……帰ってきた?
息を止めてそっと近づく。
打ち付けられた板の隙間で、何かが動いた。
黒い影。
小さなくちばしが、ガラスを叩いている。
「……あ」
思わず声が漏れた。
珍しい紫の羽。
あの鳥だ。
探していた、伝書鳥。
「ヴァルガに……手紙っ……!」
どうしよう、紙が、ない。
鳥からなるべく視線を外さないように、机の引き出しを探る。
そこには少しの小物だけで、紙類は入ってなかった。
早くしないとまた逃げてしまうかもしれない。
その時、ポケットでかさりと紙の音がした。
引っ張り出すと、広場で拾ったカレーのレシピだった。
「これだ!」
その紙の裏側に文字を書こうと、机に向かった。
慣れない羽ペンで、つたない文字を書く。
“ヴァルガ”
きっと、手紙にこんな汚い字で魔王の名前を書くのなんて、俺くらいだ。
窓の方を見ると、鳥はまだいた。
俺は慌てて踵を返し、階段を駆け下りる。
鍵を外し、扉を押し開けた。
外の様子を窺いながら、家の脇へ回る。
さっきの窓の下まで来ると、鳥はまだそこにいた。
こちらに気づいて、首を傾げている。
「頼む……」
震える手で紙を取り出す。
「これを城に届けてくれ……」
一歩踏み出す。
驚かせちゃいけない。
ゆっくり……
草を踏み締める音に、小枝が折れる音が重なった。
鳥が翼を広げた。
その場で大きく羽ばたかせる。
「待って!」
街がこんな状況で、この鳥が現れたことは奇跡だと思った。
きっと、これが最後のチャンスだろう。
そう思うと、ぽたりと涙が溢れた。
「これを、ヴァルガに届けてくれ……あいつ、待ってるんだ」
違う。
声に嗚咽が混じる。
「……俺が、会いたいんだ……」
こわい。
ここは、もう嫌だ。
城に帰って、早くあいつに抱きしめて欲しい。
「……ヴァルガに、会いたいっ……」
顔がぐしゃぐしゃになる。
息がうまく吸えない。
肩が震えて、その場から動けなかった。
そんな俺を鳥はじっと見ている。
伝わってるはずなんかないのに、そのまま大人しくしていた。
鼻を啜りながら、一歩ずつ進む。
ついに、鳥のすぐそばに辿り着く。
俺と鳥は、しばらく見つめあった。
怪我をしてたところは治ったのかな……
見た目では傷は見えない。
逃げる様子も、もうなかった。
紙を折り、おそるおそる鳥の脚に結びつける。
「届けてくれ……頼む」
鳥が翼を広げ、空に飛んだ。
陽の光の中に、その姿が溶けていく。
「よかった……」
その時だった。
通りから、砂利を踏む音がした。
反射的に振り返る。
生垣の向こうに、人影が立っていた。
剣を肩に担いだ男が、こちらを見ている。
目が合うと、男の口元が、ゆっくりと歪んだ。




