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第二十話 こぼれたもの

雨は、いつのまにか止んでいた。


時間の感覚がわからない。

それでも、馬車の揺れにもとっくに慣れてきた頃。


丘を越えた先の広い平原。ところどころに低い林が点在する中に、砦のような作りの街が見えた。


ラズが指差す。


「あそこがミレグです。魔族の街なんですよ。結構大きいんです」


ぐるりと外壁に囲まれ、出入りは門からのみ。

門番の許可がなければ、街に入ることはできない。


ラズは商売のために来ていたらしく、書類を見せるとあっけなく門が開いた。


ガタガタと揺れながら、馬車は街の中へ入っていく。


石造りの素朴な家屋が並んでいる。

けれど道はきちんと整備されていて、どこか清潔感があった。


街は、賑わっていた。


入り口のすぐそばにある大きな広場では、店が並び、市場のようになっている。

新鮮そうな魚、色の濃い野菜、みずみずしい果物。

木彫りの装飾品や、見慣れない工芸品を並べている店もあった。


「すごいな」


馬車の中から見える景色が新鮮で、思わず目を奪われる。


リヴェルトに比べれば小さな街だが、活気なら勝っている気がした。


あそこは、ひどく貧しかった。


神殿の配給に並ぶ長蛇の列。

わずかな施しを奪い合う人々。


そんな悲痛さが、この街にはない。


行き交う人々はほとんどが魔族だが、ちらほらと人間の姿も混ざっている。


「敵対してると思ってたけど、人間と魔族はうまくやってるのか」


独り言のように呟いた言葉に、ラズが応えた。


「地域によると思います。リヴェルトみたいに、魔族を忌み嫌ってる国もありますし」


「うちの父も、あまり良く思ってません。でも……」


ラズは少しだけ言葉を選ぶように、視線を落とした。


「魔族を知れば知るほど、私たちと何が違うのかわからなくなって」


「それに、私、商人の端くれなんで。良いお客さんなら、異種族も大歓迎なんです」


ラズはそう言って、にこりと笑った。


その笑顔を見て、胸の奥が少しだけ温かくなる。


世界中が、彼女のような考えだったらいいのに。


魔族と人間が手を取り合う。

勇者と魔王が争わない世界。


その時、ずっと黙っていた奏が口を開いた。


「魔族は敵とか、そんなのどうでもいい」


「倒さなきゃいけない相手なら倒す。それが魔族でも、人間でも……」


その声は低く、小さくて、俺にしか届いてなかった。


「奏……」


奏はこちらを見ない。少しだけ見える横顔は固かった。


ラズが前方を指さして声を上げた。


「あ、宿屋です!ここに泊まりましょう」


石造りの二階建ての建物。

花壇には小さな花が咲いていて、少しだけ心が緩む。


奏が宿屋の前で馬車を止める。


手綱を引くその動きが、ほんのわずかに遅れた気がした。


「助けていただいたお礼もありますし、代金はこちらで持ちますから」


「え、でも……」


「いいんです。命の恩人ですし」


ラズはそう言って、にこりと笑った。


正直ありがたかった。

俺は金を持ってないし、奏もどうなのかわからない。

たとえ持っていたとしても、俺を無理やり連れて行こうとしてる奴の金を使うのは、躊躇われた。


後ろの帆を捲り、外に降りる。

足が地面に触れた瞬間、少しだけ安心した。


「馬を繋いでくる」


奏がそう言って繋ぎ場に向かう。

その顔は紙のように白かった。


「あ、ありがとうございます。では、晴斗さんを先に案内……」


ラズが言い終わる前に、どさり、と鈍い音がした。


振り返るとそこに──


「……奏?」


奏が、その場に崩れ落ちていた。


***


宿屋の一室、二つのベッドの一つに奏が眠っている。


「過労ですね」


角の生えた医者が、聴診器をしまいながら言った。


「余程気を張り詰めていたんでしょうな。マナの消耗も激しい」


「しばらく栄養のあるものを食べて、休ませてください。薬はこれ。三日分です」


サイドボードに薬の入った袋を置いて、医者は扉に手をかける。


立ち上がって後をついて行こうとすると、「見送りは結構」と断られてしまった。

その場でお辞儀をする。


「ありがとうございました」


バタンと音がして扉が閉まる。


俺は深く息をついた。


ラズのおかげですぐ医者を見つけることができた。


魔族の医者が人間を診れるのかと思ったが、問題なさそうだった。


なんにせよ、病気じゃなくてよかった。


奏のそばに近寄る。


青白い顔に、クマもできている。


勇者だからすごいのかと思っていたのに。


俺を背負って、どのくらい歩いたんだろう。


どれだけ無理をしていたのか、想像もつかない。


奏が俺のために行動していることは、理解はした。


だからって、許せるわけじゃないけど。


奏をじっと見つめる。


こいつも、元の世界にいる時より痩せてる気がした。


医者も言ってたし、食材を買って飯を作ってやろうか。

そう思ったけど、食材を買う金もない。


……仕方ない。ラズに頼ろう。


彼女は商売の準備で広場に行くと言っていたはずだ。


俺は奏を起こさないように、そっと立ち上がった。


使わせてもらっているのは、2階の奥の部屋だった。階段を降りると、羊のような魔族の女将が笑顔を向けた。


「お連れさん、大したことなくてよかったわね」


「ご迷惑おかけしてすいません」


この人には、倒れた奏を部屋に運ぶのを手伝ってもらった。


「困ってる時はお互い様。お代もラズさんにもらってるから、治るまでゆっくりしておいき」


ラズは、数日分の宿代をまとめて支払ってくれたらしい。本当に頭が上がらない。


女将にあとでキッチンを借りる許可を取り、俺は宿屋を後にした。



宿屋を出ると、昼の光がまぶしかった。


さっきまで閉じていた空気が、一気に開ける。


市場は、確かあっちだったな。

俺は記憶をたよりに歩いていく。


通りには人の姿が多かった。買い物袋を抱えた魔族の女や、荷車を押して歩く老人。その間を、小さな子供たちが走り抜けていく。


角の生えた子供と、人間の子供が並んで笑いながら追いかけっこをしていた。


思わず足を止める。

気づかず、口元が笑っていた。


魔族の方が圧倒的に数は多い。

でも、ちゃんと人間と共存している。


リヴェルトでも、魔王城でも、どちらかの種族しかいなかった。


だから、この街の光景は新鮮だった。


「平和だな」


ぽつりと呟くと、胸の奥が緩んだ。


俺は、人間とか魔族とか、そんなのはどうでもよかった。


でもあいつが、魔王として人に憎まれているのを想像すると、苦しくなる。


差別と偏見がないこの街で、ヴァルガと二人で暮らせたら──


誰にも気負わず生きていける気がした。


そんなのは、きっと無理なんだろうけど。


人の流れに沿って歩いていくと、やがて通りの先が開けてくる。


ざわめきが一段と大きくなった。


広場だ。


露店が立ち並び、人の声が重なり合っている。


店先では焼きたてのパンの匂いが漂っている。隣の屋台では魚が並べられていて、威勢のいい声が飛び交っていた。


その中に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。


「ラズ」


振り返ったラズは、疲れ切った顔をしていた。


「あ……晴斗さん。奏さんは大丈夫でしたか?」


「過労だった。休めば治るって」


ラズはほっとした様子で笑った。


「よかった……すみません、お医者様が来るまで一緒にいられなくて」


「いいよ。急用だったんだろ?」


「そーなんです……」


そう言って、ラズは目元を拭う。


「街の外にならずものの武装集団がいるって話で」


「えっ……それって」


盗賊……とか、そういうのだよな。

現実では聞いたことがないような言葉に、少し理解が遅れた。


ラズは大きくため息をつく。


「人間達の烏合の衆で、たまに現れるんです。何故か、魔族の拠点を中心に」


「もう、街の外にいた人たちが何人か行方不明になってるのが騒がれてます。だから……」


「別行動してた商隊の荷車を迂回させたり……時間通りに受け渡しできなくて、荷下ろしも私が参加しないといけなくなって」


「もう、腕がぱんぱんです……腰も、死んじゃう」


涙目で弱々しく腕を上げる彼女を気の毒に思った。


「大変だったな……それにしても、ならずものって……怖いな」


「あ、でも街の中には入れないですよ。外壁に囲まれてるし、安心です」


「そっか……じゃあ、街の外には出れないのか……」


「……そうですね。街の外に出るのは少し待った方がいいかもしれないです。門の周辺も警戒を強めているみたいですし」


動けない奏を置いて、魔王城に向かってしまおうかと、考えなくもなかった。

でも、これじゃあそれはできない。


俯く俺を見て、ラズは沈む空気を打ち消すように、手を一つ叩いた。


「ところで、晴斗さん。私に何か用ですか?」


***


宿屋のキッチンに、スパイスの匂いが漂う。

鍋をかき混ぜると、とろりと野菜が煮込まれていて、食欲をそそった。


ラズはスパイスの販売も行っていて、店先のその匂いでカレーに決めた。


奏に飯を作りたいと言うと、彼女は快くお金を渡してくれた。

彼女にも、あとで食べさせてあげよう。


女将もその匂いに鼻をひくひくさせながら、キッチンを覗き込む。


「不思議な匂いだねえ。こんな料理は初めてだよ」


俺は鍋をかき混ぜながら笑う。


「故郷の料理なんです。俺も見よう見まねなんですけどね。味見します?」


小皿によそって渡すと、女将は興味津々で口をつけた。


「ああ、辛い!でも、癖になる感じ……」


「やっぱ馴染みないんだ。奏にはこっちです」


実際のカレーじゃ病人の奏には重いかなと思って、刺激になるスパイスだけ抜いて、スープのようなものを別に作った。

スパイスは滋養にいいって聞いたことあるし、多分大丈夫だよな?


白米を皿に盛って、カレースープをかける。

それをお盆に乗せて、階段を登った。


扉を開けると、奏が目を擦りながら身を起こそうとしていた。


「起きたのか。大丈夫か?お前、倒れたんだぞ」


サイドボードにお盆を乗せて、椅子に座る。


奏はまだ寝起きの声でぽつりと呟く。


「……この匂い」


「カレーだよ。お前、好きだったろ?」


「病人だから、薄味にしてるけどな。カレースープって感じ」


皿とスプーンを渡す。


その皿を、奏はじっと見つめている。


「……晴斗が作ってくれたのか」


「ああ。スパイスから作ったのなんて初めてだから、まずくても文句言うなよ」


「でも、懐かしいだろ?」


部屋中に立ち込めるスパイスの匂いを、胸いっぱいに吸い込む。

それが、遠い世界の記憶を呼び起こす。


奏はスプーンを口に運んだ。

ゆっくりと噛み締める。


黙って食べ進める奏に、俺もキッチンに戻って食べようと立ち上がりかけた。


「……っ」


小さな嗚咽に、奏を見る。

頬にはいくつもの涙が落ちていた。


「……本当に、懐かしいな……」


俺はそれを見て、中腰の体を元に戻した。


「……そうだな」


離れ離れになってる間の奏を、俺は何も知らない。

だから、この時ぐらいは、そばにいようと思った。


この世界で、たった二人きり。

元の世界を思い出せる時間だった。


ふいに、ヴァルガの顔が胸に浮かぶ。


ごめん、と心の中で謝った。


でも、震えながら泣く幼馴染を、放ってはおけなかった。

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