第9話 黒金の個溶
『ここはボーナスステージ! ミニゲームをクリアしてボーナスを獲得しよう! 失敗すると?......ジジ、ジー』
きた! またこれだ!
私のボーナス!
目の前に赤い箱が無数に分裂すると、縦横無尽に動き出した。
『制限時間内に赤い箱を全て壊してね。時間は4:00!』
何がなんでもクリアする!
『よーい――』
ボーナスもらって、
『ドーン!』
完璧に勝つ!
リタは目の前の出来事が信じられなかった。
確実に砕いたはずの頭。
直撃だったはず。
しかしまるでその事実自体無かったかのように、切断したはずの親指は再生し、大剣は素手で受け止められた。
「何が.......起きてる? アンタ一体......」
まるで一瞬時が止まり、巻き戻ったように見えていた。
「アンタの気持ち、すごく分かるよ」
奈緒はポツリと言葉を溢す。
「大したことしてないのに、評価されて、上司に気に入られてチヤホヤされる奴。私も、大嫌い」
リタは何も言わずにただ動揺して固まっている。
「絶対にこっちの方が努力してる。動いてるってさ。ムカつくよね。でも大抵、そういうもんだよ」
穏やかに奈緒は話す。
「何が言いたいのよ.......」
リタの目は泳ぐ。
「何が言いたいって? そんなの決まってんじゃん」
奈緒は満面の笑みでそう言うと、一瞬で激昂の表情に切り替えた。
「そんな奴らと私を一緒にすんなっつってんだよおおおおおおお!」
奈緒は大剣を砕き割り、リタの胸ぐらを掴んで後ろへ投げ飛ばした。
リタはグルグルと高速で回転しながらアリーナの壁に激突。そのまま、壁を貫通してリタの姿は見えなくなった。
奈緒がその場に背筋を伸ばして立つと、観客はどよめきの声を出す。
「あいつあんな美人だったか!?」
「なんか身体デカくなってないか!?」
「腹筋バキバキだぞ!?」
「髪もちょっと伸びた?」
「綺麗ーー!」
闘技場の観客席の上空から、白髪の女が飛んでくる。
そのままの勢いで奈緒に向かってくるリタは、激情に駆られ我を失っている。
「負けられねぇっていってんだろおおおおおおおおお!」
奈緒は少し笑って呟く。
「さぁ、決着つけようか」
そこからは激しい近接戦闘の応酬だった。
違いにパンチと蹴りを出し合い体力を削っていく。
「負けない! 絶対負けない! 強くあることだけが、アタシを、アタシにしていく!」
リタはオーバーライドの限界値を壁を破り、魔力を推進力に変えて猛攻を続ける。
「全部奪われたあの日からずっと! ずっと一人で! 戦って戦って!」
奈緒はガードして耐え続ける。
「全てはあの、屈辱と無念を晴らして、家族と、故郷の憎しみを解き放つ為に!」
リタの脳裏に過ぎる冷たい過去。
深い深い森の中、まだ小さな白髪の少女が一人で血だらけで立っている。手にはナイフを逆手持ちしている。
彼女の赤く光る目には、感情は無い。
「痛みを教えてやるんだ! この手で、悲しみも、憎しみも、全部詰め込んで! あいつに喰らわせてやる!」
少女は、感情の無いはずの目から赤い涙を流していた。
「この戦いを超えて! アンタを超えて! 魔王を倒す!」
リタは魔力を右脚に込めると空間を割くような高エネルギーの回し蹴りを奈緒の顔面に叩き込む。
「それがアタシの、選んだ道だ!」
リタはあの日の少女と同じように、血に塗れて敵を睨みつけていた。
奈緒はリタの脛を掴んで受け止めている。
「過去に何があったかなんて知らない。でも、初めてアンタに会った時からずっと感じてた」
奈緒は真っ直ぐにリタの目を見つめる。
「寂しかったんだね」
「なに?」
眉間に皺を寄せるリタ。
「だから、誰も近づけなかった」
「意味わかんねぇだろ!」
リタは足を戻し強烈な左ストレートを放ったが、奈緒は首を曲げて避ける。
「強いから一人で平気だって、自分に言い聞かせて」
「口を閉じろ!」
リタは右フックを顎目掛けて打つが奈緒はその拳を正確に掴む。
「安心してよ。アンタはもう独りになることない」
奈緒は微笑んで言う。
「ここに、絶対に消えない同僚がいるんだから」
リタの怒りは限界だった。
「黙れえええええええええええ!」
リタは瞬時にナイフを生成すると、奈緒の首を切りつけたが、一瞬にして刃が砕け散った。
リタは察していた。
今の奈緒は先程戦っていた女とはまったく別の次元の存在であるということ。
見た目も変化し、赤眼から分かる情報ももはや当てにならないほど、理解不能な何かに変わっている。
「一体なんなの? それがアンタのスキル? デタラメな力に、確実に仕留めたと思ったら、何かわけのわからないことになって、傷も全部治って、別人になってそこに現れた!」
リタはそれらを落ち着いて分析できるほど、冷静じゃなかった。
「気味が悪いのよ! アンタが現れてから! ずっと!」
ボロボロのリタはさらに両手に剣を生成すると、凄まじい速さの連撃を浴びせる。
しかし奈緒はその全ての攻撃を、最小限の動きで華麗に躱わしながら言う。
「いいよ。全部ぶつけなよ。全力出せる相手、そういないでしょ?」
「偉そうに...... ふざけんな!」
連撃はさらに加速。
隙のない、無駄のない美しい二刀の洗練された動きだった。しかし、当たらない。
奈緒が今回得た莫大な経験値は新たに、戦闘センスにも振り分けられていた。
それは戦闘感覚そのものを塗り変えていく。
リタはもう気づいていた。
もうなす術がないことを。
しかし止まることはできなかった。
受け入れることは出来なかった。
そんなのダメ。
これじゃダメなの。
こんなんじゃ勝てない。あいつに勝てない。
私は強くなきゃ。強くなきゃ.......
壊れる。
私の全てが。壊れる......
グチャグチャな心でまた口を動かす。
「アタシは......ずっと、ずっと一人で......」
奈緒は攻撃の手が一瞬揺らいだ隙を狙って、リタの両手を払い、二刀を吹き飛ばす。
そしてそのままリタの手を握った。
「リタ。この世の中はね、一人じゃ、生きていけないの」
リタは奈緒の手を振り解こうとするが、奈緒の力が強く離れられない
「どんなに嫌でもね、人は、誰かと関わって生きていかなきゃいけないの」
奈緒は諭すように、ゆっくり話した。
「私は一人で戦い抜ける! そうやって生きてきた! そう生きるしか......なかった......」
リタは悔しそうに顔を歪ませ、堪えていた思いを抑えきれなくなった。
「誰も助けてくれなかった! 強くなろうと努力して、努力して! 私は頑張ってた!」
なのに。人は、アタシを怖がった。
ナイフを持った白髪の女の子の目の前には巨大なキングオークが死んでいる。
その姿を見ていた兵士は、リタを恐れて腰を抜かしていた。
“化け物だ...... 人間じゃない”
血に濡れた少女が睨んだものは、人だった。
人は、理解できないものを拒絶する。
「でも強くなればなるほど、人はアタシから離れた! 故郷の為と思っていたのに、誰も私を、認めてくれなかった...... あの頃の私を、誰も助けてくれなかった......」
リタはほんの少しだけ、涙袋から雫を光らせた。
行き場のなくなった私の憎しみは、
強くあることだけがその疼きを抑えた。
負ければ弱い。弱ければ、この人たちと同じになる。私は強いから、この人たちと違うんだ。もし負けて、弱くなって、それでも一人だとしたら......」
そうなったら私は.......
奈緒はリタの思考を切るように口を開いた。
「何も変わらないよ」
リタは奈緒の言葉にハッとした。
「それで終わりだと決めつけてるのは、私達自身」
奈緒はリタの手をギュッと握る。
「でも私たちは、自分で思うほど......強くなかった」
奈緒は涙を流しながら微笑んで言った。
リタは何も言えず、下を向いた。
「だから言い訳をする。でもそれで良い。私も、そうだった」
奈緒は少し俯いて続ける。
「アンタに酷いこと言っちゃったね。孤独の言い訳するなって。前言撤回。ごめんね、間違ってないよ。......今ならちゃんと、ちゃんとわかる気がする」
奈緒はリタの手を離さない。
「でも、それが自分の可能性を潰してしまってちゃいけないよね。これからいくらだって、変われるんだ」
真っ直ぐにリタを見つめる。
「アンタの孤独と苦しみは私に想像もつかないもの。そう生きるしかなかった。でも、自分以外の全てを否定する理由にはならない。それはきっと、本当に大切なものすら見えなくしてしまう」
「......大切な、もの」
奈緒の言葉にリタは家族の笑顔を連想した。
「そんなもの......アタシにはもうないのよ!」
リタは奈緒の手を振り払って、距離を取った。
「あーあ。もう嫌だ。最低」
そう呟いて鼻を啜るリタ
「終わりにするよ。ナオ」
リタは片手に全魔力を集中させる。
オーバーライドを超過した限界突破の一点集中。
闘技場全体と大気が振動し、雲が雷を呼んだ。
「これが今の私の全力。受け止め切れるものなら、やってみな!」
青白いエネルギーは、火花を散らしながらリタの手に集まった。
奈緒は自然に半身で構える。
観客は危機感を感じ始める
「これ俺たちまでヤバくないか?」
「おいちょっとどけ道あけろ!」
「団長! あれここら一体を更地にする気ですよ!」
「うむ。いよいよ仕方ないな」
「くらええええええ!」
リタは全身全霊の力を振り絞って魔力を放つ。
地面をえぐり、周囲の瓦礫を纏いながら進むその先で、奈緒は身動き一つ取らなかった。
ギルバートが腕をかざし、その魔力砲の軌道を変えようとした時、奈緒は叫んだ。
「余計なことしないでください! 大丈夫です!」
「な!?」
奈緒の声に驚き、不意に魔法を使うのを止めたギルバート。
そのまま直進しリタの攻撃は奈緒に直撃する。
奈緒は両手でその魔力砲を抑えると、中和するように自らのエネルギーを注入していった。
反発しないように、ゆっくり丁寧に、リタの魔力を消化していく。
リタの苦しみが流れ込んでくるようだった。
強いようで、ひどく脆い。
その歪さに、奈緒は少しだけ自分を重ねた。
――お互い、まだまだってことよね。
奈緒は力を入れエネルギーを相殺させながら小さく小さく纏めていった。
やがて小石ほどの大きさになって完全に魔力は消え去ったとき、会場は静まり返った。
奈緒は疲弊し、その場に膝をついて座り込む。
リタも何一つ力が残っておらず、その場に倒れた。
「......アンタの言う、本当に大切なものってなに?」
リタは力のない声で言った。
「アンタを思う、人の思い。そんな優しささえ、気付けず、無かったことにしてしまうでしょ?
また思い出す家族の温もり。
その日々が薄れて消える感覚は、もう嫌と言うほど身に染みていた。
「ふっ。いまさら。誰がアタシなんかのこと思うのよ」
リタは小さく笑った。
奈緒も笑顔で言った。
「“私”」
リタは何十年と堪えてきた、その思いを雫にして零した。
小さく笑いながら、涙が頬をゆっくり伝う。
「だってアンタは、この世界で最初の同僚なのよ」
奈緒も地面に倒れ込む。
「そんなに大事なの? 同僚は」
「愚痴を言い合える人は絶対必要」
「......ナオ。アンタ歳いくつ?」
「26」
「ふっ。.......タメじゃん」
お互い顔は見えなかった。
でもようやく普通に話せた気がした。
雷雲の隙間から日差しが刺す。
祝福の雨が二人を濡らすと、闘技場はるか上空に虹が掛かる。
その奇跡に気付いたのは、空を見ていた二人だけだった。




