第10話 ご飯
奈緒が目を覚ますと、そこは清潔感のある部屋だった。
額を温める優しい斜陽が、窓の隙間からカーテンを揺らして入ってくる。
「ここは......」
「お、起きたかい?」
シャツとベスト、蝶ネクタイをした男性が話しかけてきた。
「ここは、レティア病院。王都一番の治療機関さ。今朝は派手にやったね。相手の子はボロボロだったよ?」
「......ええ。そうですよね。リタは大丈夫?」
「あぁ、凄まじい回復力で、もう帰ったよ」
奈緒は体を起こしたが、倦怠感が襲ってきた。
「おっと。まだ動かない方がいいよ。君の魔力消費量は致命的だった。あの魔力砲を爆発させずに全て押さえ込んだんだ。ただ相殺するより遥かに莫大なエネルギーを使ったはずだ。だがおかげで、今こうしてみんな無事に帰れたわけだがね」
「はぁ。そっか。なんか、かっこ悪いな」
奈緒はパタっとまたベッドに横になるとそう呟いた。
「かっこ悪いって? 何言ってんだよ。黒金の別嬪さん」
そういって新聞を奈緒に軽く投げる。
(黒金訓練生、異例のネイバー入り決定!?
唯ならぬ緊張の空気の中、堂々と迫力の力のぶつけ合いに観客は歓声が止まらない。見物席まで身の危険を感じるほどの......)
「え? うそ、こんなことになってんの......」
「前代未聞だよ。黒金レベルの別格でも、これまで3番対から始めるのが通例だったのに。いきなりネイバーだもんな。今のうちにサインもらってていい?」
「ネイバーってなんですか?」
「書いてある通りさ。国王直属の護衛軍。護衛軍は1〜5番隊まであるけど、その一番隊だけはその強さ故に、軍の序列の枠を抜けた、別格の位置にある。それがネイバー。君同様に規格外の化け物の集団さ」
「ほぇー......」
何が何だか.......
それは喜ぶべきとこなのか、どうなのか......
「とにかく、今世間の注目の的になってるんだよ。もう少し休んだらもう帰っていいけど、記者には注意しなよ?
......サインもらっていい?」
奈緒は窓から外をみた。
初めて経験した戦い。言わば殴り合いの喧嘩。
口喧嘩とか、女子特有の空気感バトルなら慣れてるけど、面と向かって殴り合ったのは初めてだった。
はぁ、緊張した......
よく生きてたな......私。疲れた......
リタ。大丈夫かな。
奈緒はそのあとまた眠ってしまった。
そして夜まで休み、何とか立てるようになった奈緒は松葉杖で焔壮に帰った。
焔壮に入ると、いつもと同じように体育会系の男女が絡み合っている。
奈緒がその場に一歩足を踏み入れると、エントランスは一気に静まり返った。
刺すような視線が奈緒に集まる。
息が詰まるような空気の中、奥のエレベーターに向かってトコトコ歩いていく。
「......バケモンが......」
小さな声だったが、はっきりと聞こえた。
奈緒は黙って歩き続けた。
「私達のこと、どうせ見下してんだろ......」
コソコソと非難する声は全体に広がっていく。
リタの痛みを、身を持って感じていた。
――こんな中で何十年もか。
まぁそりゃああもなるよね。
分かってくれる人もいなかったんだろうし。
「なんであんなに偉そうなの」
「才能があっただけのくせによ」
「自分が恵まれてるって気付いてないのかしら」
奈緒はピタっと足を止めた。
エントランスの人間はヒソヒソ話を止める。
「そうやって、リタにも同じことを言ったの?」
ぼそっと呟いた。
「リタの過去も。知った上で言ったの?」
誰も何も言わない。
「人の事、どうのこうのって。そんな暇あったらトレーニングでもしたらどうなの。アンタたちと同じ環境でも、リタなら、きっとそうした」
確信があった。
容易に理解できるほど、ここで過ごすリタの姿が想像出来た。
「あの子は紛れもなく本物の戦士。アンタらみたいにごちゃごちゃ言ってないで、自分のやるべきことをやる」
奈緒は声を大にしていった。
「アンタらも戦士なら、文句言ってないで、まずは自分の仕事、真剣にやりなさいよ!」
「ナオちゃん」
モリーが心配そうに声をかけた。
エントランスの雰囲気をみて何かを悟ったモリーは、穏やかに話す。
「疲れたでしょ? もう上で休みなさい」
「ええ。そうします」
エレベーターに乗る廊下を曲がると、そこにはリタが壁に持たれて立っていた。
「......守る価値あるのかって思っていた。あんな奴ら」
リタは、目を瞑ったまま話しかける。
「わざわざ殺す価値の方がないでしょ。こっちが悪くなるじゃない」
奈緒は淡々と言った。
リタは少し口角を上げた。
「私が最後に放った攻撃、もうどうにでもなれって思った。とにかく、全部をぶつけたかった。アンタが抑えてくれてなかったら、闘技場は壊滅して、あいつら死んでたんだろうな」
リタは目を開けて続ける。
「もしそうなったら無駄に人殺しになって、もう戦士には、慣れなかったよね」
リタは穏やかで優しい顔つきで言った。
その顔をみた奈緒は、目の奥を熱くする。
「ナオ、私は......」
奈緒は松葉杖を倒してリタに飛びついた。
リオは顔を赤くして驚く。
「おい! いきなりなんだ......」
「はぁ。良かったーーー」
奈緒は安堵してリタの肩に顎を乗せる。
顎先には一粒の涙が頬を伝って落ちる。
「同僚。いなくなったらきついよ私」
暖かい。
ナオから伝わってくる体温。
涙の温度も。
心に直接、その温もりが入り込んでいく。
いつ以来だろうか。
人の手に直接触れたのは。
魔物以外のものが、体に巻きついたのは。
あの頃。
優しかった母上のように。
厳しかった姉上のように。
懐かしい何かが、奈緒の全身から染み渡っていく。
「ありがとう。ナオ」
奈緒の肩に埋もれるように、頬を伝う涙を隠して言った。
「うーん、足りないなぁ」
奈緒はリタの肩を持って離れた。
「アンタこの辺詳しいんでしょ?」
リタの顔をまっすぐ見て、満面の笑みを浮かべる。
「美味しいご飯、連れてってよ」
リタは頬を赤たまま、一度驚いた顔をしたが、慣れない笑顔で返す。
「うん」
一点の曇りない笑顔で笑う、幼い少女の無邪気な返事だった。




