第8話 黒金の融解
「クソ! 外したー!」
奈緒は自身の渾身のパンチが当たらず苛立っていた。
――力が強すぎて狙いが定まらない。もともと運動音痴だし、パンチを当てるってそれだけで難しいんだ......
奈緒が反省している一方、リタも分析を続けていた。
――赤眼(この目)で初めてあいつを見た時から、分かっていた。異質な何かがあることは。
だが、ここまでとは。
リタは急に激しい耳鳴りに襲われ、耳を抑えて険しい顔をする。
当たってないのにこのダメージ。外傷はなくても、放たれる空気の波が、内臓に響いているんだ。
だが逆に、奴は戦闘においてはまるで素人だ。
構えもガードもまるでなっちゃいない。
さっきのパンチだって、わざと外した感じはなかった。
でももし、あれに当たっていたら......
リタはどうしようもない怒りに震える。
「アンタ、今まで何してたのよ! どこでそんな力手に入れた!?」
「私もよく分かんないわよ! でも分かってるのは、これは、私だけの“ボーナス”だってこと!」
奈緒はまたリタに突っ込んでいく。
「ちっ! ふざけたこと言うな!」
反抗したリタに奈緒は次から次に慣れないパンチを繰り出した。
今度は全力じゃなく、制御できる程度の力に落とす。
リタは奈緒の拳をガードすると、耐えきれず吹っ飛ばされ、アリーナの壁に激突する。
そのまま膝立ちになり地面に手をつく。
「......デタラメな力だ」
「うし! 当たったー! やっぱ全力じゃなくてもまずは当てる方が大事だ」
奈緒は戦闘の中で学習していく。
「なんで......こんな奴に......」
リタは奈緒の説明のつかない力に困惑し、気持ちが折れはじめる。
ガードした腕が痺れ震えていた。
――私の努力は、こんな奴にさえ通じないっていうの。
リタは無意識に、脳裏に自身の過去を巡らせていく。
平和な故郷だった。
皆が笑って暮らす、そんな街。
アタシの一家は、国の偉い人に仕える傭兵の一族。
幼い頃から厳しい鍛錬を強いられてきた。
それが当たり前で。
でも幸せだった。
あの日――「魔王」と呼ばれる史上最強の魔物に襲われるまでは。
故郷も、家族も、全てを失った。
戦う理由も、従う親もなくなって。
アタシは、独りになった。
でもすぐに理解した。
この鍛錬の日々も、怒りも、絶望も全て。
あの「魔王」を殺すためだったと。
だから鍛錬を続けた。
来る日も来る日も、独りで。
生き抜いて、耐え抜いて。
いつか、あの悪魔を倒す。
それがアタシの使命。
生まれた意味。
だから......
「アンタみたいな半端な奴に負けてられないのよ!」
リタはもう一本のレイピアを取り出すと、全力のスピードで奈緒に突き刺しにかかった。
奈緒は冷静にそれを見ていた。
――よく見たら見える。こいつの動き。腕の傾き、体の軸の捻り方も。
だから次に来る攻撃がわかる。
こいつ、私ほど、速くないんだ!
それを理解した奈緒はレイピアの突きの軌道を完全に見切り、左手で掴んだ。
「馬鹿......な」
リタは動揺を隠せない。
「これがアンタの全力? 大した事ないわね!」
そう言って奈緒はレイピアを軽々とへし折ると、リタの脇腹にミドルキックを放つ。
「半端者かどうかは、勝ってから言ってみろ!」
奈緒の言葉と共に、リタはまたアリーナの壁に吹っ飛んでいき、また壁にめり込む。
遠ざかる意識を必死に引き留めながら、リタは理解した。
あぁ。こいつは本物だ。
本物の規格外の化け物。
口を血で滲ませながら、リタは呟く。
「いいだろう......認める。アンタは強い」
リタの体から魔力が煙のように湧き上がると、ゆっくりと立ち上がった。
「これを使うハメになるとはね」
赤眼を最大まで光らせると、体から発する魔力の煙は安定して燃えはじめる。
「出たぞ! しっかり記録しておけよ。ネイサン」
「はい。ここからが、彼女の“本気”ですね」
手に汗握るカリムとネイサンは、前のめりで演舞を見入る。
「あれが彼女の固有スキル」
リタは唱える。
「クリエイト」
リタの手から滲み出る青白い魔力の糸が、絡み合うようにして作り上げたのはショートソードだった。
その青白色の光は全身を包み、リタの髪の毛を逆立てる。
「美しいな」
「ええ」
カリムとネイサンは分析していく。
「魔力を元にイメージした武器をその場に形成する。また、その際に莫大な魔力を全身にもオーバライドさせることで、基礎ステータスを何十倍にも膨れ上げさせる、超絶妙技法」
「あれをまだ20代の女がやってのけるだけでもすごいが、
あれの厄介なところは、」
リタは先程までとは桁違いの出力で飛び出すと、その爆発が会場全体を揺らす。
リタは奈緒のガードした腕を全力で切り付けると、反撃を紙一重で華麗に避け、右手に小刀を整形し、奈緒の脇腹を刺した。
奈緒は恐怖した。
腕に出来た切り傷と、自身の脇腹に小刀が刺さっていることに。
「おもちゃじゃ......ないの?」
「生成した武器に、あらゆる特性を定めることができるところだ」
カリムがそう呟く間も、リタの猛攻は止まらない。
小刀の次は、巨大な大剣を生み出し、奈緒の頭上から叩きおろした。
――やばい。こんなの......
......なんで急に効くようになったの? 光る剣だから?
奈緒はそれを辛うじてガードするも、そこにリタの姿はなく、背後に移動していたリタは弓矢を放つ。
またその弓を奈緒は間一髪で避けると、その瞬間にまた、奈緒の背後にまわり、刀で思い切り腹部を掻っ捌く。
「覚悟のない人間に、アタシは負けられない」
リタはそう言って奈緒に袈裟斬りを浴びせた。
「そもそもあのスキルは、あらゆる武器のスペシャリストであるリタと相性が良すぎる」
カリムはそういうと、観客席を降りて行った。
「後は適当なところで切り上げていいからな」
「はーい」
奈緒は激痛と恐怖で立っていられなくなり、その場に膝をつく。
あぁ、死ぬ。
消えかける意識の中で、奈緒は必死に呼吸だけをしていた。
「やっぱアンタ強いよ。アタシ、確実に殺すつもりでやったのに」
リタは生成した刀を見ながらゆっくり歩く。
「私はあらゆる特性をこの武器につけた。単純に切れ味を最大にして、痺れ毒、出血効果、切断性。アンタが倒したキメラだって、瞬殺できるこの武器でも、アンタは即死せずそうして生きてる。一体どんな防御力してるわけ?」
奈緒はボヤける視界の中で、リタの声だけははっきり聞こえていた。
「でもまぁそれもここまで。スキルだけ幸運で優秀だとしても、そうやって何も努力もしないで立てるほど、この戦場は甘くないわ。相手と死合う、本当の覚悟も、持ち合わせてないくせに」
奈緒の耳元に近づき、リタは言う。
「だから帰れって言ったのよ。戦った経験もない。中途半端に、やる気もないのに火力だけ評価されてここに来てさ。こうやって大怪我して一生満足に動けない体になる前に、やめとけば良かったのに。でもしょうがないよね。アンタが選んだ、道だもんね」
リタは刀を振り上げる。
「私はそういう、大したことやってない、中身がないのに評価されて、認められて、順風満帆に生きてるような奴が...... 一番嫌いなのよ」
奈緒の首を目掛けて、リタは高く構えた。
彼女らの演舞をみていたギルバートは、決断を迷う。
「団長、止めなくて良いのですか!?」
「うむ...... 」
奈緒殿......
恐らく彼女自身すら気づいていない力があるとしたら、それがわかるのは......
リタが振り下ろす刀の速度は、音速に近いものだった。
空気の壁を破る爆音が会場に響き渡る。
奈緒の首に入ったかのように見えた。
しかし奈緒は両手でその刃を受け止める。
刀の切れ味に耐えきれなかった奈緒の親指が、地面に転がり落ちる。
「な...... まだそんな力が.......」
リタは剣を引き抜こうとするが、奈緒の片手の握力が強すぎて刀はびくとも動かない。
「......アンタの、言う通りよ。考えが甘かった。殺し合う覚悟なんて......私は持ってない。持ってるわけないじゃん。この間まで普通の、普通の事務職だった私が」
虚な目をしたまま、奈緒は続ける。
「だけど、.......私がなんの努力もしてないなんて、中途半端だなんて、アンタに言われる筋合いない。毎日働いて、研鑽して、怒られて、慰められて、時に省かれて。そんな日々の繰り返しでも働き続ける。
それが、私の戦いだった!」
鮮明に覚えているキーボードの感触。
休憩室のご飯の匂い。
胸が苦しくなるような職場の雰囲気。
その全てが走馬灯のように脳裏を巡る。
あぁ、今になって思う。
私、頑張ってたなぁ。よく、頑張ったよ。
奈緒は自然と涙が溢れてきた。
虚だった瞳は黄金に輝く。
「アンタみたいに崇高な目的はないかもしれない! でもありきたりな毎日だって、それ当たり前に続けることだって、立派な努力だ!」
「な、なにそれ。自分のくだらない人生に言い訳してるだけだろ! 」
リタは奈緒の気迫に焦りながら言い返す。
「言い訳で十分よ!」
地面に流れ落ちる血を見ながら奈緒は言う。
「人生も、夢も、希望も。善し悪しも。“意味”なんて所詮全部、言い訳に過ぎないんだから! 」
奈緒から滴る血の中に、過去は映り込む。
胸の奥底に潜む本音に、奈緒は向き合った。
別に良い会社じゃなかった。
ただ流れで入って、それなりに容量よくやって。
理不尽なこともあったし、もう辞めようかなって何度も思いながら、ダラダラとここまできた。
そう。
選ばない。という選択が、
歪な形の道を歩いていく事になった。
悔やむ日もあった。
なんでこうなったんだろうって。
でも、
そんなに頑張ってなかったかな?
そんなに間違ったことしたのかな?
違う。
今の自分に満足してないだけだ。
だから努力が無意味に思えてるだけ。
例え、どんなに自分が惨めに思えたとしても、
思い描いていた自分と、どれだけかけ離れていたとしても、
「だったら一生そうやって言い訳して生きてろ! 自分の間違いに気づかないまま死んでいけ!」
リタがそう言いかけた時、奈緒は言葉を遮って言う。
それでも――本当は
本当は
「私は一度だって!
自分の生き方が間違ってたなんて思わなかった! 」
砂の大地が続くアリーナ全体に響き渡る、大きな声で叫ん
だ。
「間違ってたから、ここで終わるのよ! 」
リタはそういって片手で大剣を生成すると、奈緒の頭上に振り上げる。
「絶対間違ってない! いつだって、誰だって、その時できることを一生懸命やってただけだ!」
奈緒の身体から光の粒子が立ち上る。
だから、きっと――
その証明は
その懸命の、本当の“意味”は
「自分の価値は、人や結果じゃなくて、自分が決めるものなんだ!」
大剣が奈緒の額に直撃し、鈍い音が響き渡る。
奈緒の視界は真っ暗になった。
砂煙も歓声も消えていく。
そしてあの声が耳に入ってきた。
『ボーナスステージ!!!
ミニゲームをクリアしてボーナスを獲得しよう!』
奈緒の目は、揺らぐことなく真っ直ぐ前を向いていた。




