第6話 体力測定無双
肌を刺すような静けさが空間に漂う。
何か。アクションを起こさなければ......
「奈緒です! よろしくお願いしまああああああああああ!」
「うるさい」
奈緒は体育系の挨拶に寄せて言ったが、リタはより一層顔を険しくした。
はぁあああああああまじ帰りてえええええええ!
サカ商店で働きたいいいいいいいいいい!
奈緒は心の中で雄叫びを上げる。
「アンタ、何? ここにいるってことはブラックゴールドランクなんだろうけど。何が出来んの?」
暗めの服に、ショーツパンツからスラりと伸びる長い足を優雅に組んでリタは言う。
「えーっとですね。それに関しましてはあのー、まぁちょっと人より強いと言うか。ライオンみたいなヤギみたいな野良猫を投げ飛ばしたらですね、ここに呼ばれたわけであって......」
手の甲をすりすりしながら、奈緒は言う。
「ライオン、ヤギ......? あーキメラのこと? それ投げ飛ばしたって? アンタが?」
「へい」
「ふーん」
お互い無言が続いた。
「う、嘘じゃないです! 本当です!」
「黙れ」
奈緒はもう泣きそうだった。
「つかアンタなんでそんなビクビクしてんの? そんなんで戦えんの?」
「いや緊張で......」
「やる気あんのアンタ。ないなら帰れば?」
「は、は? なんでいきなりそんなこと言われ......」
「もう話すことないから。明日のテスト結果で、ここに残れたらまた話してあげる」
そういうとリタは立ち上がり奥の扉を開けて部屋に戻ろうとした。
あまりの言われよう。
身勝手に言いたいことだけを言う目の前の女に、奈緒の中でブチっと、何かが切れる音がした
「待ちなさいよ」
奈緒の呟きにリタはゆっくり振り向く。
「あ?」
「下手に出てりゃ、随分偉そうじゃない?」
奈緒の怒りの弦は完全に切れていた。
ウザすぎこいつ。
リタはゆっくり近づいて奈緒の正面5cmまで近づくと赤い大きな瞳で睨んだ。
「誰に言ってんの..」
「アンタに言ってるのよ。リタ」
奈緒は言い返す。
お互いに睨み合い、気迫同士がぶつかると、部屋全体が振動しだした。
その揺れは次第に大きくなり、建物全体をガタガタと揺らす。
「おい、なんだ地震か?」
一階の訓練生たちが寮の揺れに動揺する。
「初対面にしては失礼過ぎない? 普通に話せないのアンタ」
「アンタみたいな雑魚と話す価値ないし。下であの子たちと仲良くしてた方がいいんじゃない?」
「価値がないか確かめてみる? 私、自分でもまだ加減わかってないけど」
奈緒の目が座った。瞳からは無情の殺気が放たれる。
「へぇ、そう」
リタは不気味な笑みを浮かべる。奈緒も一歩も引かない。
緊迫した空気の中、最初に口を開いたのはリタだった。
「いいわ。......こんなところじゃまともに力使えないわね。明日、テストで勝負。最終戦でやる? そこまでアンタが残ってればの話だけど」
「社会人は毎日が本番ですけど? いつでどこでもやってやるよ」
「じゃ、そゆことで」
リタは背中を見せて部屋に戻って行った。
一人残された奈緒は、胸にモヤモヤを抱えたまま、そこに立ち尽くした。
......ムカつくあいつ。
「徹底的にやってやる」
頬を叩いて瞳をどんよりと赤黒く光らせた。
翌朝――
さっそく訓練生に召集がかかり、エントランスに集められた。
取りまとめ役っぽい男性の兵士が、声をあげる。
「今から体力テストを行う。自分の評価に直結する一大イベントだ。今お前たちにつけられているランクは言わば仮だ! 今日の結果次第で正式に決定する! より高ランクを目指して、持っている力の全てを出し切れ! いいか!」
「はい!」
一同に合唱のようなハリのある返事をする訓練生。
ゾロゾロと外に出て野外演習場の門を潜っていく。
テスト項目が乗っている紙をもらい、それに書かれている順にテストを受けて回っていく。
「えーっとまずは100mランか。うわー懐! 中学以来だ!」
前の列の訓練生が次々に走っていく。
「よーい、......バン!」
杖のようなものを上に上げると、光と音が激しく鳴った。
――おお。スターターピストルじゃなくてこれも魔法か!
「次! そこの女!」
審判員が厳しく声をかける。
感動してる間に自分の番がきた。
「はい!」
――ほんと久しぶり! なんかちょっとワクワク。
でも肉離れだけは起こさないようにしないと。
奈緒は腕や背中をグイグイと伸ばした。
「位置について。よーい、」
......あの、クソ女に、目にもの見せてやる。全力だ!
地面に足をめり込ませる。
「ドン!」
その瞬間を見ていた人はのちに、こう言った。
『爆発だった』と。気付いたらどデカいクレーターが出来ていて、そこで自分が生きているのが不思議だった。
そしてゴール地点で見ていた人は、こう言った。
『あれは、“光”だった』
一筋の光が真横を通った。そんな気がした。
測定なんて、出来たもんじゃなかった。
奈緒:100mラン:測定不能。
それからも奈緒はとにかく舐められたくない一心で全力を出し続けた。
「握力測定! そこの女!」
奈緒は機械ごと握りつぶした。
「重量挙げ! そ、そこの女!」
全ての錘をつけて奈緒は片手で持ち上げた。
「次、砲丸投げ! おん..... いや、ナ、ナオ!」
砲丸は遥か地平線の彼方に消えた。
「次ぃ! パンチングマシーン! ナオさん!」
パンチングマシーンは遥か地平線の彼方に消えた。
「次ぃいい! 反復横跳び! どけぇ! ナオさんが通るお!」
光速で反復を繰り返す奈緒の周囲は波動が爆発し、土煙が竜巻のように上がった。
「も、もう辞めてくださああああああい!」
審判員は吹き飛ばされながら叫んだ。
「......次、長座体前屈」
ボロボロの審判員はもはや意識が薄れている。
「えい!」
「.......38.5cm。ちょっと、硬い......」
審判員は息絶えた。
「あれ大丈夫ですか!? ねぇ!」
夕暮れになり、全ての体力テストが終了した。
訓練生は演習場入り口に集められる。
「結果はっぴょおおおおおおおお!」
「うおおおおおおお!」
取り纏め役の兵士が大声を上げると呼応して訓練生も声を上げた。
「皆、テストご苦労であった。持てる力を出し切れたもの、出せなかったもの、それぞれいるだろう。しかしここで全てが終わるわけではない! 自身の力を証明する機会はまだある!武功を重ねて、精進するように! では5位から発表する。第5位......アーノルド、サリバン!」
「よっしゃ!!」
次々に名前を呼ばれ歓喜をあげる訓練生。
奈緒は、まだ不完全燃焼だった。
――まだ、もうちょっとやれたなぁ。全力の力の入れ方がわからないというか、出力にバラツキがあるような。
この手の感触も、まだ慣れないや。
「そして第1位! リアム・ワイルド! 以上5名はプラチナクラスに配属! 有事の際は実際に現場に出てもらう」
リアムを他の訓練生が抱えて、盛大な喜びの声をあげる。
「あれ? もう終わり? あの女は?」
奈緒が不思議に思っていると取り纏め役は続けた。
「そして、ブラックゴールド。......リタ・ナイトロック」
訓練生は静まり返ると、コソコソと騒めき始めた。
「あれが黒金のリタか。100mラン0.5秒だってよ」
「重量挙げも800kgって聞いたぞ。バケモンかよ」
「ありゃ次元が違う生き物だな。人間じゃねえよ」
奈緒は、その話が聞こえると胸が少し重くなった。
「以上で......ん? なんだこれ。なにも測れてないじゃないか。 え? 団長が?」
纏め役の兵士に別の兵士が紙を見せて耳元で何かを話している。
「えーもう一人のブラックゴールド。ナオ・ミツキ」
エントランスはより一層静まり返り、無音になった。
訓練生は奈緒を避けるように離れて、円状に孤立させる。
奈緒は俯いて何も言わなかった。
「以上で発表を終わる! そして明日は入寮の儀! 毎年、体力テストで最優秀者上位2名の演舞を持って、今後激しくなる訓練への士気を高め、この国と、君たちの栄光を願う場とする! 解散!」
人がはけていくうちに静まりは徐々に薄れ、皆いつもの調子に戻った。
エントランスにそのまま残った奈緒は、俯いたままポツリと呟く。
「......だからわざわざ遠ざけるような言い方するのね」
「やるじゃない。ハズレの卵だと思ってたわ」
入り口付近の壁にもたれ掛かっているリタに気づいていた奈緒は話しかけた。
「......人間は、自分と違うものを拒絶する。理解が出来ないものを省いて、自分を肯定するもの。アンタもそれは感じたんじゃないかしら。でも、私はそんなに弱くない。一人で戦い抜ける、力がある」
リタは目を瞑ったまま答える。
「そうやって先に切り捨てれば、自分は傷つかないもんね。......孤独の言い訳、してんじゃねえよ」
奈緒は振り返って面と向かって言う。
「アンタさ、本当は弱いんじゃない?」
「......今なんつったお前」
ゆっくりと目を開き、瞳をギラつかせる。
「アタシはね、強くなるために生まれたのよ。要らないものは全部捨てた。アンタは? なんでここにきた? 何を犠牲にその強さを得た?」
「私は、私をここに送り出してくれた人が、大勢の力になれと言ってくれたから」
「は? 人に言われてここにきたっての? 何それ。なめんじゃねえよ」
「アンタこそ、一人で生きていけるなんて人生なめんじゃねえよ」
「はい! そこまで!」
間に入ってきたのは受付のモリーだった。
「ここは皆のエントランスだから喧嘩はやめてね? 昨日みたいに地震が起きたら困ります」
笑顔でモリーは続ける。
「ちなみに明日は“演舞”だからね、喧嘩じゃないから。よろぴく〜」
そう言い残すと、モリーは流れるようにさらっと受付に戻って行った。
そこにリタの姿はもうなかった。
奈緒は不思議と冷静だった。
女同士の喧嘩なんて慣れてる。
ただ、今はこのもどかしさを、はやく吹っ飛ばしたかった。




