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賞与ゼロの万年事務員、異世界ボーナス無双  作者: 海月 恒
Season 2 勇者編

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第50話      夢幻






センはダガーを構えた。




白目を剥いて向かってくる奈緒の気迫に、センは冷や汗を流す。





「待って! ナオ......姉さん......」





ステラの声に奈緒はピタリと歩みを止めた。





「ウチが話すよ......」





ヨタヨタと立ち上がり、センに近づいた。




「セン。もしアンタが将来、この組織のあり方を変えようと思ってるなら、今、ウチに協力して」





「......何をするつもりだ」





ステラは迷いなく真っ直ぐな目で言った。





「...... 死幻を倒す」






「馬鹿か! そんなの不可能だ! ボスの強さは異常だ。勝てるやつなんかいないだろ」






「協力するよ」




奈緒とリタは前に出て言った。




そして着々と歩いて行く。






その背中は綺麗で、かっこよかった。





しかし、虚しさと悔しさがステラの中で込み上げた。






「......ダメだよ」






ステラは追いかけて二人の手を掴んだ。





「ウチ言ったじゃん。あの時、」





リタは黙って聞いた。





「これは、ウチの物語。ウチがやらなきゃ、ダメなんだ」




真っ直ぐに伸びる灰色の眼差し。




奈緒とリタは目を合わせて暫く考えると、奈緒はステラの肩に手を置いた。




「偉いね。よく言った」




通路の先へ、ステラの背中を軽く押した。






「ケリ、つけておいで」





ステラは振り返らず、進んだ。





「うん」






走り出したステラに、センは置いていかれる。





「お前は行かないのか?」




リタはポツリと言う。




「...... 仕方ないな。どうなっても知らんぞ」



センも走り出してステラを追いかけた。





3人も歩き出した。





「よーし。チンピラ退治といきますか!」




「回復はお任せください!」




「使うかな......」









先を急いだステラとセンは、飛ぶように城内を進んでいった。



警戒のサイレンが鳴り響いていく。





「勝算あるのか? 無謀も良いところだぞ」




「分かんないけど、もうやるしかないっしょ!」





「お前、なんでちょっと笑ってんだよ」




「だってさ、あのボスと本気でやり合うんでしょ? 正直、ワクワクじゃん!」





ステラの目は興奮した猫の虹彩のように広がった。





「......ったく」




そういうところが、お前の才能だよな。





通路の奥から二人の前に、他の手下が向かって来た。





「どけ! お前らに用はない!」





「裏切り者は死ね。セン、そしてステラ!」




大量のクナイと爆弾が放り投げられた。




センが手をかざすと空間にバリアができ、爆撃と刃を弾き返す。




ステラは高速で動き回りながら、手下達の後頭部をクナイの柄で叩いて回った。



手下は次々と倒れて行くが、しかし補完するように、手下は増え続けた。




「キリがないな!」



センがそう叫んだとき、背後から異常な勢いの風が肩を過ぎていくと、目の前の手下達を、吹き飛ばした。




「ナオ姉!」




「クリエイト。スパークソルジャー」




リタは幾つもの、小型の機械生命体を作り出すと、一斉に放った。




スパークソルジャーは羽で飛び回りながら、雷を纏った小さな槍を投げていく。



フォーク程の大きさの槍に刺さった手下達は、感電し、気絶して倒れて行った。






「いけ! ステラ!」




「うん!」






センとステラはそのまま敵の群れを飛び越えて、広場に進んでいった。






禍々しい暗闇が漂う広場につくと、その中心に、ボスは立っていた。








「なんのつもりだ。お前ら」






背中を向けたまま、死幻は感情のない声を出す。






「ボス。ウチは辞めます。勝手なのは分かっていますが、どうか許してください。それが叶わないというのなら、貴方を......倒します」






緊張しながらステラは必死に言った。





「セン。お前もか?」





「俺はもともと、ステラがいれば......。いや、そうですね。俺も、ステラと辞めます」






死幻は何も言わずに立ったままだった。





「......倒す、か」




黒いオーラがボスの体から滲み出る。





「即ち、俺を殺すということか」






小さくため息をついた。






「少し、甘過ぎたか」






2回。カンカンと金属音が聞こえた。




「ステラ!」




センはステラを突き飛ばした。




ステラの目に映ったのは、背後から飛んできたクナイがセンの腹部を貫いていく瞬間だった。





「セン!」





誰もいないはずの壁からクナイが飛んできた。




壁には窪みがあって、石がパラパラと落ちていた。





「セン! しっかりしろ!」



流れ出る腹部を抑えてかがみ込んだ。




「俺は大丈夫だ。気にするな。それより、気づいたか?」




「うん。でも、見えなかった」




「目に見えない振りの速さで投げられたクナイを、横壁から背後の壁と2回反射させて、俺たちの背中側へ飛ばしたんだ」







「教えたはずだ。殺しは、コンマ数秒の世界。本物の殺し屋というのは」






無数のクナイが雨のように上空に浮いていた。





「死んでいることにすら、気づかせないものだ」






ステラはファントムを召喚し、自分たちの前に覆い被せた。



しかし、クナイ一つ一つの威力が凄まじく、ファントムを貫通して二人に突き刺さっていった。








「追いついた!」




「もう始まってるか」




「ステラさん!」




3人が広場につくと、センとステラは血だらけで膝をついていた。





「いま、回復させます!」



「いやしなくていい」



「ナオさん!」







「ステラを、信じる」






死幻はゆっくり振り返った。





「お前か。あの殺気は」





ナオはじっくりボスを見つめる。



なんとも掴みようのない魔力の雰囲気を感じ取った。




「なるほど......リタどう?」




「ああ。能力自体は大したことない。しかしそれを持って有り余る身体能力。お前と同じ、測定しきれないレベルだ......強いぞ」







「ステラ。分かってるわね?」




奈緒は後ろから叫んだ。




「うん。ちょっと待ってて。今、倒す」




ゆっくりと立ち上がるステラ。






「すまんステラ。俺は何も出来そうにない」




「任せろ。セン」







「俺を殺すか。その様で? 笑いもでらんな」





「勝負は、こっからだ!」






高速で突進していくステラ。




死幻が身構えたその背後に、ファントムがダガーを突き刺した。




しかし刃は通らず、肘打ちでファントムを消すと、正面のステラ本体とぶつかった。




ダガーの刃を素手で受け止め、鳩尾とこめかみ、眉間に打撃を正確に打ち込むと足を払って空中に浮かせた。




浮いた状態でもステラはダガーで切り刻んだが、それらを死幻は腕でガード。


そのまま前蹴りでステラを吹っ飛ばした。





ステラは転がっていき、体勢を立て直したが、また空中には無数のナイフが迫っていた。



ステラは飛び出して、ボスの周りを円を描くように走って交わした。



無数のナイフは急に向きを変えてステラを追いかけていく。





「あれ追尾の魔法?」



「いや、あれは奴の腕力によるものだ。あらかじめそう曲がるように投げていたんだ」



「じゃあ最初からそっちに避けることが分かっていたのですか?」




「だろうな......」




つまり、罠。





ステラは壁や天井を跳ねるように飛びながらナイフの猛襲を避けた。



しかしその先に死幻は待ち構えており、ステラの首もとに軽く触れる。




暗殺術―― 脈飛(みゃくとび)




ステラの頸動脈に触れると血流が一時的に止まった。




ステラはその場に倒れ込み、動かなくなった。





「ステラさん!」




奈緒は拳を握りしめる。






「ぬるいな。まだまだ俺には届きえない」




死幻は感情のない目でステラを見下ろす。





「何がそこまでお前を動かす?」






「......ウ、ウチは......あの人達と一緒に歩きたい」






震える膝を抑えてまた立ち上がった。




頭に浮かぶのは前を歩く3人の背中。



その隣に、自分はいなかった。




「あの人達の隣を歩きたい。そこに見合う、自分になりたい! 心から美味しいと思えるご飯と食べて、明日を迎えたい! その為には、」






紫色の濃いオーラを全身に纏った。






「アンタを超えなきゃ、ダメなんだ!」






ステラは蠍の紋章のついた黒いダガーを取り出した。




「絶(ぜつ)の刃......」




「ステラ.....」



センは血を吐きながら呟いた。




「あれはなんだ?」



「.....絶の刃。相手に突き刺せば必ず死に至らせる武器。だが逆に、かすり傷など致命的にならない傷をつけてしまった場合、持ち手の命を奪う諸刃の剣だ」




奈緒は大きく息を吸い込んだ。





「いけえええええ! ステラ! 」





一体のファントムを作り出し、二人でボスに向かっていく。




死幻は近寄らせまいと、クナイを放射状に投げる。




ステラとファントムは、紙一重で避けながら一歩ずつ近づいて行く。




「頑張れ! ステラさん!」




「いけ!」





声援の中、激しい波状攻撃をファントムと避けていく。




集中しろ。慢心するな。



常に警戒。常に視界に入れろ。








その脳裏で、思い返す鍛錬の日々。




何度も立ち向かった、あの苦悩の毎日。





死幻の言葉が、頭に響く。





“殺し屋は、一撃で相手を仕留める技が一つあればいい。故に殺し屋は、必ずしも強くなくていい”




死幻の上段蹴りを交わし、背後に隙を見つけた。


見える! いける!




“辛抱強く待ち、完璧なタイミングで一撃を放つ。つまり、相手がどれだけ強くても我々には関係がない”





そう、我々アサシンは――








刺せる!





「いけ! ステラ!」




渾身の一撃、完全に虚を突いたステラの突きは、死幻の右脇腹を捉えた。




その瞬間、死幻の体勢は、時間が巻き戻ったように基本の構えに戻った。





死幻は手刀でファントムを切り裂くと、迫る刃を身体を逸らしてかわした。


しかし、胸の前を通り過ぎるその刃に、腕を近づけて、わざと切らせた。








「ダメだ! そんな、ステラ!」






センの叫び声はスローに聞こえた。





刃は鈍く光った。



ステラは目から血を吹き出し、倒れ込んだ。




レイは口を両手で押さえる。






「終わったな。ステラ・ホロウォーク。お前の一撃は、俺には届かな......」






自身の腹部を貫いている、絶の刃に気づいた。






「なんだ。これは」






「......たった一撃で、全てを変える。ボス、よくそう言ってたね」





死幻の背後から、透明になっていたステラが色付いて姿を現した。



死幻の前にいた血を流すステラは風に靡いて消えた。





「......消えた、か」





呆然と立ち尽くし、動かない。





「アンタの硬い体を突き破ってこれを刺すには、完全に油断させるしかない。それは“構え戻し”スキルが終わった直後。

そのために、存在を複製するウチの能力を反転させて自分にかけた。つまり、存在が消えた」




「あの一瞬でか。失敗すれば跡形もなく消えただろう」





「そこは、誰かに鍛え抜かれたセンスがあるもんで」





「そうか」





零れ落ちる血が、刃から滲んでいく紫の魔力に染まっていった。



何も言わず、ボスはそれを見ていた。





「ボス、一つだけ聞かせて下さい。どうして、わざわざウチらを拾って育てたんですか?」






「......理由、か」











俺に似た子たちだった。




俺の歩んだ道を歩めば、そこそこ人並みに。




全てから見放された子らに、




何か一つ、現状をひっくり返せるものを。





逆転の、技を――





いやこれは俺の......





「金を集めるのに、丁度良かっただけだ」





「そうですか......」





一際目を輝かせて、何度も何度も向かってくる少女がいた。




諦めることを知らない。まっすぐな目だった。





見る見る成長して、俺の次に強くなった。




分かっていた。




いつか俺を超えるのは、こいつだと。




その時が来たら、俺も......





「ウチにとっては......ウチらにとってはボス、アンタだけが親でした」





上手く技ができた時。




仕事ができた時。




笑顔じゃないはずのその無表情が、ほんの少しだけ、柔らかく見えた。





それだけが、嬉しくて。




それだけが、ここでの報酬だった。






「死んだ子達も、きっとそうだったはずです」






「ステラ。俺は......」





ステラの涙は、宙を舞った。




「ウチらを育ててくれて......生き方を教えてくれて、ありがとうございました」





暗がりに一人座った、寂しげな死幻の背中。




それを小さな子達が、物影から見ていた。




子の手には、紙でできた鶴が握りしめられている。






「俺は......」













       今まで、お世話になりました












ステラが刃を引き抜くと、紫色の魔力は死幻の全身を駆け巡る。




ヒビが割れ広がっていくように、死幻の体を崩壊させていった。









言えず、か




それはそうだ




当然か








俺の、夢幻だったのだ











最後まで、ボスでいなければな









声を絞り出した。









          強く......生きよ













死幻の憎しみや孤独、悲しみを体現したかのような、青紫の魔力の残火は、ステラの涙と共に、舞い散った。








ボロボロになった、折り鶴を残して。




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