第49話 凡下の理想
翌日、リタからステラの話を聞いた二人。
「そっか。行ったんだね」
「そんなぁ〜悲しいです〜」
噴水のように涙を流したレイ。
「手助けにいくか?」
「行きましょう! ナオさん!」
「うーん。でも一人で行ったんでしょ?」
「それはワタクシ達の為を思ってです! このままだと殺されてしまうかもしれないんですよ〜?」
「あの子は、一人でケリをつけるって決めた。私はその選択の邪魔はしたくない。すべきじゃないと思う」
「ナオさん......」
「もしあの子が、私に『助けて』って言ったなら、全力で行ったよ。『責任とって』って。『匿って』って、言ってくれたように......」
「あくまでアイツの意思を、尊重したいんだな」
奈緒は拳をもう片方の手で上から包んでいた。
リタはそれに気付くとゆっくりと語りかける。
「ナオ、なんでアイツにそこまで拘るんだ? 別に放っておいたっていいだろう?」
「...... 私は、あの子に自分で選べるってことを知って欲しかった。流れるまま、何も考えず生きるんじゃなくて。......私みたいに、なって欲しくなかったんだ」
なんだって良かったはずなんだ。
今時、仕事なんて。
でも流れるまま、何も考えず、就職した。
後悔はしてない。
でももしあの時、
それを知っていたなら――
「自分と被ったんだと思う。あの頃の」
「おせっかいは変わらずだな」
「そうかも」
奈緒は笑っていった。
「アンタの世話焼きは今に始まったことじゃない。結局、最後まで気にかけてしまうんじゃないか?」
「うん。そこまで非情にはなりきれない」
「アタシならそうするがな。そうじゃないのがアンタ」
リタは奈緒の前に立った。
「こうすべきとか、そういう理屈はアンタらしくない。言葉を借りるわけじゃないが、」
「ナオ、お前はどうしたいんだ?」
ハッとした奈緒はリタの目を見てすぐに悟った。
そして柔らかく微笑む。
「そうだね。私はあの子に、」
「ちゃんと......家賃払ってもらいたい」
オアディールから遠く離れた森の中にある、古城跡地。
ツルが縛り上げたようなその廃墟の裏側。
そこに隠された小さなドアからステラは中に入っていった。
気配は全くしない。
しかし何処からともなく殺気が飛んでくる。
まるで灯台の光のように、殺意が流れているような。
それがここの常識。
そして、正面の暗がりから、一際冷たいオーラが漂った。
暗殺組織、死幻、
「何処で油を売っていた?」
ボスの名だ。
「ただいま戻りました。ボス」
暗がりから出てきたボス。屈強な肉体に、白髪の短髪。真っ黒な瞳には光は反射しない。
「......報告しろ」
「ギルドカードは手に入りませんでした」
「失敗か。手に入れていたならまだ、救いはあったんだがな」
ゾロゾロと手下が集まってくると、ステラの腕を掴んだ。
行くところは、もう分かっていた。
「ま、待って! 下さい......」
手下は動きを止めた。
「何をすれば、ウチは殺しをやめられますか?」
ステラに不安はあったが、迷いは無かった。
ボスは背中越しに言った。
「死ねばいい」
冷酷な一言に、ステラは焦燥した。
「ほ、他に道はないのですか!? ウチらに他の生き方はないのでしょうか!」
ため息をついたボス。
「ホロウォーク。お前、重症だな。......四だ」
手下はステラを引っ張って連れていった。
「待ってください! 待って! 」
声はもう届かなかった。
城内の隠し通路から入る石造の独房。
懲罰房――
ここには最大8までの部屋がある。
そして一日ごとに隣の部屋へ移動して行く。
部屋ごとの、“罰”を受けながら。
ステラはそこに入れられると、黙って座った。
床が徐々に冷たくなっていった。
一つ目は冷業。
−50℃の小さな正方形の箱の中で、1日を過ごす。
二つ目は、炎業。
100℃の箱の中でまた24時間過ごす。
次は水業。と言った具合だ。
ボスが言った“四”の意味は、
ウチは四つ目までの懲罰を受けるという事。
5の痛業を超えた者はいない。実質それは死を意味する。
だからウチはまだ、マシな方かな。
身体が震え始め、肌に霜が降りて行く。
床に直に肌が当たると、壊死してしまうから、立つかしゃがんで靴のソールに体重をかけるしかない。
ウチが昔やった攻略法は、24時間動き続けること。
でも次の炎業に耐える耐える体力が残ってなくて、死にかけた。
今回はどうしようかな。
でも別に、もうこのまま死んでもいいのかも。
それでナオ達は狙われないし、
この鬱陶しい人生も、終わりにできる。
最後に言いたかったことはもう......
背中を向けて無慈悲に歩いていくボス。
ナオやみんなの笑顔を思い出した。
もう......言った......?
でも何が出来た? ウチに。ウチらに。
一言言い返すだけでも、すごい方っしょ。
それに楽しいとか、美味しいとか、
それも味わえた。
十分だ。
捨てられてそのまま死んでいくはずだったウチには、
十分な、人生だろ。
意識は遠のいていった。
気がつくと汗をかいていた。
謎の心臓の痛みに襲われる。
息が苦しい。
どうやら二つ目の部屋らしい。
呼吸するたびに、喉の奥から変な音が出る。
熱い。
耐え続けた。
動き回って、掻きむしって。
永遠のように感じる灼熱を......
もう何十時間はたったかな?
すでに肌は真っ赤に腫れ、痛みはもう麻痺していた。
もう、限界......
なのに。
クソ。なんで、死なない?
なんで生きる?
苦しくて仕方ない。
楽にならない。
でも遠いて行かない。
現実はずっと、ここにあるままだ。
小さい頃の映像が浮かんだ。
目の前にはボスが木刀を持って立っていて、ウチはそれに何度も向かって行く。
跳ね返されて、ぶっ叩かれながら。それでも、
何度も何度も、向かっていった。
そして小手先にウチの剣が当たったとき、
初めて笑ってくれた。
なんで今思い出す?
なんで......
「無様だな」
独房に開いた小さな穴から、男が話しかけてくる。
「はぁ......はぁ...... 向こう行ってろ。セン」
掠れた声で、ステラは返した。
「天才と言われた凄腕の殺し屋が、懲罰房行きとはな」
片目の潰れた、忍者装の男。
「テメェが脅してきたからだろうが......」
「あそこ言わなければ、これで済まなかった」
「感謝しろって?」
「別に」
センは壁にもたれたまま、その場にとどまった。
「はぁーー! クソ! クソアチィ! テメェどっか行けよ目障りなんだよ!」
「ひどい言い草だな。幼馴染で家族同然の俺に」
「随分差が開いたな。次期党首さんよ!」
「俺はお前が継ぐもんだと」
「誰が継ぐかこんな仕事!」
「なぁ、ステラ。考え直せ。許しを乞えば減刑に口添えしてやる」
「......」
ステラの体は限界だった。
発狂しそうなほどの、激痛と苦痛。
どんな優しい言葉も、快楽に包まれるようなぬるま湯に感じた。
「俺たちは請け負った仕事をこなせばそれでいいんだ。それに、もう少し待ってくれ。俺が当主になれば......」
ステラの目は、しかしそれでも死ななかった。
「......センは美味しい飯、食ったことある?」
「飯?」
「みんなで食べると、自分で作るとうまいんだよ。人からもらった野菜は、美味しんだ」
「んなもん変わらんだろ」
「この世には、まだウチらが知らない世界がいっぱいあって、そこじゃ自由に生きて、人に感謝されることがいっぱいなんだよ」
「一緒にいたあの連中のことか?」
「そいつが言うにはさ、生き方は、選べるって」
「馬鹿なことを。今までそうやって何人の仲間が死んだ? 逃げ出そうとした奴も、ボスを殺そうとした奴も。お前が一番知ってるだろ」
「選ぶ権利は、誰にも奪えないって!」
「そんなの、綺麗な世界の話だろ」
「ウチらはただ流れるまま生きてきた。そうしなきゃいけない理由もあった。でも、やっぱり、明日どう生きるか、今日何をするか決めるのはウチらなんだ」
「綺麗事言うな!」
「綺麗事でいいんだ! 理想でいいんだ! それ叶える為に生きて、何が悪い!」
「お前......死ぬぞ?」
「ここで殺し屋を続けても、ウチはきっと、みんなで食べたあのご飯の味を一生忘れない」
深海の底から太陽を見つめるように。
ずっと、
届かない光に手を伸ばして、羨ましいと思って生きていくのなら。
「叶わないと思って生きて行くなら、もう死んだも同然だ」
みんなが笑い合うリビング。
お風呂から香る、お姉さん達の女の子らしい甘い匂いも。
普通に生きたい。
生きてみたい。
「大した目標じゃないはずなんだ。ただウチは...... 」
奈緒がふぅと息をかけたお玉を持ってきて微笑んだ。
その笑顔は、太陽のように。
日陰に座ったステラを照らした。
「その日食べる最後のご飯が、心から美味しいって、思えるような生き方をしたい......」
涙は蒸発して昇っていく。
「それだけなんだ......」
センは何も言わずに聞いた。
「叶うかよ。そんなの。一体どうやって......」
「もし、ウチがナオなら、こんな壁をーぶち破って、アンタをぶっ飛ばして......」
その時、背後の懲罰房の壁は崩壊した。
心地よい涼しい風が入ってきた。
そうそう、こんな風に。
「......ウチを抱きしめて、レイが治して...... リタがかっこよく立ってて......」
ボロボロと涙が溢れ出す。
「こんな夢見るなんて、もう死んだん? ウチ......」
奈緒はステラを抱きしめた。
「夢じゃないよ。遅くなってごめんね」
優しい笑顔と匂いに包み込まれたステラ。
涙は止まらず、疲労で力が抜けた。
「なんて酷い火傷...... 治しますわ!」
全身を包むレイの魔力は、身体的な傷と生命エネルギーをも回復させていった。
「あの盗賊、意外と本当のことを話してくれたな」
「それでも随分遠回りだったね。むかつくー! しかもこの城、入り口分かんないから、ぶっ壊して来ちゃった」
「みんな...... でも何で?」
「いや、アンタにちゃんと家賃払って貰おうと思って」
悪戯な笑顔で奈緒は言った。
「そっか。払うよ。幾らでも」
ステラも笑顔で返した。
「よし。後はお姉ちゃん達に任せなさい!」
奈緒は立ち上がると、動揺してるセンを見つめた。
「今ぶっ殺してきてやるから......」
明確なまでに一切隠す気のない強力な殺意は、城にいる暗殺者全てに響き渡った。
暗がりの座敷に座る死幻が、ゆっくりと目を開けた。




