第51話 AM8:35
沈黙が空間を支配する城内。
ポロポロと涙は止まらなかった。
ステラは折り紙を拾い上げた。
湿気った、ボロボロの折り鶴。
受け取ってすらくれなかったのに
ずっと――
「......こうするしかなかったのかな?」
奈緒はステラをギュッと抱きしめた。
「これしかなかったの。これしか。」
「ボス、結局全然本気出してなかった。いつもと同じ、訓練みたいに......」
「.......殺し屋の最後なんかこんなもんだ。いつか自分も、泡のよう消えることぐらい、分かっていたはずだ」
センは、悲しげにつぶやいた。
「でも...... 」
「すまん。お前に、きついもん背負わせた」
ステラは奈緒の胸の中で泣き続けた。
「殺し屋の世界のことはよく分からない。だが、弟子が師匠を超えることは、喜ばしいことのはずだ」
後ろからリタは頭を撫でた。
「アサシンらしい最後。そして、アサシンらしい始まりではないですか?」
涙ぐんだ優しい声で、レイは言った。
まだ落ち着かない感情の波。
正解はない。きっと。
だが、確かなことがあるとするならそれは、
死幻は、それでも親だった。
そして、
「帰ろう。ステラ」
まだ、帰る場所があるということだった。
奈緒に背中を摩られながら、城を出ていく女の子。
幼い子供のように、泣いて。泣いて。
親に連れられる、ただの子。
少女は初めて実感した。
自分がしてきた仕事の意味を。
その重みが、ずっしりと肩に乗っかった気がした。
「ステラ!」
センは大きな声で叫ぶ。
「こっちの事は気にするな。俺が上手くやっとく」
潤んだ目でセンを見つめた。
「頑張れよ」
「うん」
4人が隣に並んで歩いていく背中を、
センは見えなくなるまで眺めた。
「なんだこれ」
とある男が呟いた。
「誰も壊す瞬間を見ていないとか。こっちにはロックビーストの肉片が散らばっています」
もう一人の男が話す。
「ダンジョンの壁を壊すなんて......とんでもない力だな。誰か分かっていないのか?」
「聞き込み調査をしておりますが、未だ......」
「そうか。最後に合格したのは?」
「この4名です」
「ほう」
「最低ランクのクエストばかりを受注しているその日暮らしがやっとのチームです」
「ふーん。まぁ、一応話は聞いておこうか」
「承知しました。ニコラ様」
ニコラ・スカイブルー。
現フィフススターの一人である彼がいるのは入会試験に使われた場所。
穴の空いた壁からヒビが全体に行き渡った、
崩壊寸前のダンジョンだった。
騒がしい声で目を覚ました。
梁の上からリビングを見下ろすと3人の女性があたふたしていた。
「なんで起こしてくれないの!? もう8:30よ!?」
「だってナオさん気持ち良さそうに寝てるんですもの〜」
「今日こそ朝イチでギルド行くって言ったじゃん!」
「だってワタクシ今日は朝ごはん当番の日でしたので〜。はい、どうぞ」
レイが満面の笑みで出したのは真っ黒の何かだった。
「パンです。はーと」
「どこが!?」
「どうぞナオさんお口開けて下さい! 」
「わ、私はいい! まだメイク終わってない! リ、リタは食べるってよ!」
顔を洗っていたリタにパンが迫った。
「うお! びっくりした! なんだこの石炭は!」
「石炭じゃありません! パンです。はーと!」
あれから数日が経った。
日々は何事もなかったかのように進んでいった。
これまでの生活が遠い昔だったかのように。
この新しい家に。
「ほら! ステラは食べるってよ!」
リタは黒いパンをステラの顔面に投げた。
ステラはそれが顔に当たる前に、見事にキャッチして見せる。
「食べ物は.......」
下に降りてきて、怒鳴った。
「粗末にするなってアンタらが言ったんじゃん!」
そういってパンをガブリと食べた。
「ん。見た目ほど悪くないじゃん」
「で、ございましょ〜ステラさーん」
笑顔で顔をすりすりしてきたレイ。
「ねぇレイ。今日もメイク道具貸して〜」
「アンタ早く着替えなさいよステラ! つかそれ私のパジャマ!」
「わかったよ〜ナオ姉〜」
ダラダラと洗面台に向かうステラ。
リビングの端ではムギコがムシャムシャとご飯を食べていた。
早朝の日差しが心地よいAM8:35。
足並みは、揃ってきたようだ。




