第44話 選択権
壁を突き破った勢いのまま、すぐにステラの胸ぐらを掴んだ。
「遊びは終わり」
「終わってない!」
ステラは小型な身体を奈緒の腕に巻き付け、足で肘関節を抑える。
暗殺技―― 壊腕。
それは相手の肘関節をへし折り、戦力を削ぐ技だった。
幾度もやってきたこの技には、ステラもそれなりの自信があった。
しかし奈緒の腕はびくともせず、ステラを片腕で持ち上げたまま動かなかった。
「マジか。どういう身体のつくりしてんの......」
全身を力ませるが、腕に変化はない。
「そんなこざかしい技。どんだけやっても効かないわよ」
奈緒は冷静に話した。
「そのこざかしい技に、ウチらは命かけてんのよ!」
そういうとステラは奈緒の胸元にあったネックレスを掴み、引きちぎった。
そして前蹴りを放ち、距離をとった。
「何これ。可愛いもんつけてんじゃん」
それはアイオライトのネックレス。
アンセルがくれた、奈緒の宝物だった。
「ついでにこれも貰っていくわね。アタシのチップ代にでもするわ......」
その瞬間、ステラの目の前は真っ暗になった。
――それに、触るな
腹部に岩がぶつかったような衝撃を感じたステラは、ダンジョンの壁を何枚も貫いて吹き飛んでいった。
勢いが次第におさまり、壁にぶつかって倒れ込んだステラがネックレスを落とすと、奈緒は大事そうにそれを握りしめた。
ステラは地に伏せ悶絶した。
「アンタさ、さっきから何してんの?」
奈緒は非常な目で見下ろした。
リタとレイはやっと追いつくと、現状を理解した。
「普通に頑張ってる人の邪魔するのが、アンタの仕事なの?」
「......」
立ちあがろうとするが、足が利かず、嘔吐してまた悶えた。
「それって楽しいの? やりたくてやってんの?」
「黙れ......」
「アンタ、何考えて仕事してんの?」
「黙れ黙れ!」
ウチらにはそんなの関係ない。
考える必要すらなかった。
「仕事に、楽しいとかない......」
そう。
「やらなきゃいけないから、仕事なんだろうが......」
捨てられた子らは、道を選ぶ権利がない。
拾ってもらった恩を返す。
理由なら腐るほどある。
ボスの命令は絶対。
失敗すれば命と人生が終わる。
そんな極限が毎日の、ウチらは......
「仕事なんか選べるほど、偉くないんだ!」
ステラは虫の息で立ち上がると、魔力を捻り出す。
無数のファントムが、出現し奈緒を囲んだ。
「ナオさんを助けなくちゃ!」
レイは慌ててリタに言ったが、
「いや、このまま見ていよう」
リタは冷静に返した。
ナオのお説教タイム......かな。
ファントムは、一斉に煙幕を焚くと、ナオの視界を遮り、四方からダガーで切りつけていった。
その斬撃はそれぞれが急所を狙い、縦横無尽にナオを攻め続けた。
「そのダガーには、対象の魔法防御を無効にする効果がある。加えて強力な毒効果で確実に相手を仕留める」
煙幕が消え、そこに立ったままの奈緒。
体には擦り傷程度だったが、ダガーの魔力特性はしっかりと届いていた。
口から血を流し、膝をついた。
「流石に毒は効くようね。焦ったー」
ファントムは次にクナイを取り出すと、一斉に奈緒に向かって乱射。
その連射スピードはさながらマシンガンのように放たれた。
「その武器にも、毒と痺れ、遅延効果がある。もちろん魔法防御無効」
連射が終わると、奈緒はまた血反吐を出した。
「なに? 急に止まっちゃったけど、まさか毒に弱いとか? 」
ステラは腹を押さえたまま、強がって笑った。
「いや少し、考えてた」
奈緒は口元の血を拭って視線を落とした。
「アンタ前も言ってたね。仕事に楽しいとかないって。確かに気持ち分かるよ」
「何よ急に」
「人を殺すのも、私たちも似たようなもんだったから一概に何も言えない。でも......選ぶ権利はあるんじゃないの?」
「アンタには分かんねぇよ」
「やるかどうか、選ぶ権利は、誰にでもある」
奈緒はゆっくり立ち上がって、ステラに近づいていった。
「だから.....ウチらには、そんなことできな.....」
「この世に、選ぶ権利を奪える偉い奴なんかいない」
ステラの目の前にくると、見開いた目で訴えた。
「いて、たまるか」
ステラは気圧され、冷や汗を流す。
「さっきから言ってるけど、私がアンタに聞きたいのはさ、」
ステラの胸ぐらを掴んで引っ張った。
「アンタは、何がしたいの?」
微動だに出来ず、奈緒の目から視線を外すことも出来なかった。
「何って.....だから仕事を.....」
「アンタはそれをやりたいの? 好きでやってんの?」
ボスの怖さと、奈緒の気迫が重なって見えた。
睨まれたら死んでしまいそうな程尖った目つき。
トラウマとして浮かぶ暴力の傷跡が、身体を震えさせた。
「す、好きとか嫌いとかない...... 考えたことも......。ただ命令を実行する。出来なきゃ懲罰房行き..... 悪けりゃ死ぬ...... それがウチらなのよ......」
「だったらそのチンピラ集団、私が壊滅させてあげようか?」
奈緒の目から伝わる異常な狂気。
それが本気で、叶ってしまう現実であることを、ステラは五感で感じ取った。
しかし、受け入れることは出来なかった。
「え? そ、そんな無理にきまってんじゃん! ボスの強さを知らないからそう言えるのよ.....」
「大丈夫。魔王じゃないなら、勝てると思う」
奈緒の冷徹な目から、強がりは何一つ感じなかった。
ステラは少し考えて、
「いや、いい」
ポツリと言った。
「そう。じゃあどうするの? このまま私と戦うのか、魔結晶を返すのか、仕事するのか、やめるのか」
ステラは何も動き出せなかった。
「ステラ。アンタとは一度飯を食った仲だから言ってるの。普通ただのコソ泥にこんなこと言わない。いってあげない」
奈緒の目は優しい目に戻っていた。
「別に好きでやってるなら何も言わない。でも何も考えずに、こんなことやり続けるのは、私は愚かだと思う。いつか、取り返しのつかないことになる」
「......じゃあどうしたらいいのよ」
「どうしたらいいじゃなくて、アンタがどうしたいかよ」
奈緒は凛として、言葉を投げた。
ステラは何も言わない。
結論も、答えも今は何も分からなかった。
ただ今、やらなきゃいけないことはだけは、反射的に動く身体の方が理解していた。
理屈も、理由も、曖昧に。
それでも、ゆっくりと腕を伸ばして、握りしめた魔結晶を奈緒に渡した。
「はぁ。ウチも終わりかな」
あらゆる意味を含んだ“終わり”
悲しい目でそう呟くと、
「それも、アンタ次第でしょ」
奈緒は背中越しに語った。
「厳しいっすね......」
ステラが見せた作り笑いは、引き攣ってぎこちなかった。




