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賞与ゼロの万年事務員、異世界ボーナス無双  作者: 海月 恒


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第4話  転勤命令



窓から入ってくる木漏れ日が瞼を擦った。


ゆっくりと体を起こした奈緒が寝ている場所は、いつものサカの家だった。


あぁ、もう昼ぐらいかな?

サカさんはいないみたい。

仕事行かなきゃ。


立ち上がるとやはり、体の感覚がおかしく、違和感は拭えなかった。


「なんかやっぱ、おかしいな......」


その正体を確かめるべく、クローゼットの姿見に向かった。


そこに映ったのは、目に馴染んだ、丸いシルエット26歳独身女性ではなかった。



「......は、細くね?」



顔を触ってみる。感触はある。私だ。



これ.......私か?



顔は確かに私のパーツだ。重たかった二重の目も、ちょっと上向きの高めの鼻も、薄い唇も、私の面影がある。



だが、なんかほそい! シュッとしてる!



シュッとしてなんか。



なんかビジュ良くね?




腕も細くなって長くなったように見えるし、そして愛らしかったこのお腹が、なんと、ちょっとくびれてるわ。


でも胸もお尻も、めっちゃ萎んだわけじゃない。


いい具合に残ってるというか。



......いやビジュ良いよね? 



こんなに変わる? 



きっとあの、謎の空間のゲームのせい。




        “ボーナスステージ”

 

宙に浮いた奇妙な赤い箱、真っ白な空間。

あの機械的なアナウンスも、しっかりと耳に残ってる。



夢だと思ってた。


今際の際にみた、私の妄想だって。



でも、それでしか考えられない。手に入れた経験値で底上げしたステータスが、きっとこの見た目を変化させた。



どうしよう......




テンション上がってきたあああああああああああ!!



人生変わったーーーー!



変わる予感がするうううううううう!




「サカさあああああああああああん!!」



猛スピードで家を出ると、サカの出店まで一瞬で到着する。




「私何か変わりました!?」



キラキラした目でサカに駆け寄った。


「びっくりした! ナオちゃん、3日も寝たままだったんだぞ! 大丈夫か?」

持っていた商品を驚きで吹っ飛ばして答えた。


「うお! 奈緒ちゃん! 良くなったか!?」

「おいみんなー救世主が目覚めたぞー!」

歓声を上げながら街道を行き交う村人や、お隣の商売人が奈緒の周りに集まって彼女の肩を叩く。

「ほんとありがとう。おかげでみんな生きてるよ!」


あまり人にチヤホヤされたことがなかった奈緒は急に恥ずかしさに襲われた。


「あ、え、いえあの、良かったです......。噛まれてた人は生きてますか?」

「ああ! 骨折と内臓損傷と筋断裂ぐらいで済んだって!」


「.......本当に大丈夫っすかそれ」

冷めたトーンで奈緒はつぶやいた。


「それはそうとお前、なんであんなことできたんだ? 驚いたよ! 」

「そうだよ。強すぎだよ!」

サカと村人は奈緒に詰め寄る。


奈緒は待ってましたと言わんばかりに期待に頬を赤た。

「ふっふっふ。まぁ私にもよくわからないけどね。それはそうと私、変わったでしょう?」


くるっと回ってみせる奈緒。


「いや変わったどころじゃない、強すぎてカッコよかったよ!」

「安心して見てられたよ!」



「いやそうじゃなくて、よく見て下さいよ〜」

奈緒は自信満々にまたゆっくりと回った。


「いやほんと凄かったよな! あの体重を投げ飛ばしてよ! 」

「最後のパンチだってありゃ次元が違うぜ」



「違うよ! 見て! 見て! 今の私!」

必死に身振り手振りで体に視線を持っていく。


「えー、.......歯磨きした?」



奈緒はこめかみに血管を浮立たせる。

「可愛くなっただろうがあああ!。どうみてもこれ、痩せてんだろおお! つか毎日歯磨きしてるわ!」


奈緒は両手をあげて怒った


「そっちかよーー。力の方に目がいって見た目が全然入ってこなかったけど、確かになんかシュッとしたよなぁ。身長もちょっと伸びたんじゃないか?」


村人は淡々と言う。


「なんで分からないのよ。ふん。そうでしょ!?」

奈緒は一気に機嫌を直す。


「なんでって、ナオちゃん、元から可愛いかったじゃない」

「確かにちょっと痩せたね! 綺麗よ!」

「アタシは前の方が好みだったなぁ」

村人の主婦や娘たちが言い返す。


「な、なんですかそれー。そんなわけないじゃないですか......」

奈緒は照れて目線を外した


「あれあれー、ふくよかな受付嬢じゃねぇか。ん? お前......俺の目が可笑しいのか? こんな美人だったか? 痩せたのか? 見違えたぜ。どうだ? 家の受付に......」



サカは無言で近づくと、言葉を遮り、カンを殴り飛ばした。

「お前、どの面さげてきやがった!」


「痛てて......サカ、てめぇ誰に何したかわかってんのか!」

カンは口から出た血を拭いながら立つ。


「俺は見てたぞ、お前がナオちゃんを囮にして逃げたところ!」


カンの取り巻きがサカを抑えるも勢いは止まらない。


「お前がどれだけ偉かろうがな、知ったこっちゃねぇんだよ! いいか。どんだけ俺のことを安く言おうが構いやしねぇがな、俺の大切なもんに手を出したら、黙ってねぇぞこらぁ!」


サカの言葉が、奈緒の胸にジーンと響き渡った。


暖かくて、強くて優しい。


父のような逞しさに、包まれていた。


奈緒は微笑むと、顔をムッとさせて口を開く。


「待って!」


街道が静まり返る。


「この件は、私が決めてもいいですか?」


そう言うと奈緒はカンに近づいていき、一呼吸おいて話す。


「いいですよ。別に許してもいいです」


「へ、なんだ。じゃあお詫びにうちにで雇って......」


「でも、あんたに美人って言われるのは一番むかつくのよ!」


そういってカンの頬に軽くビンタをすると、カンは凄まじい勢いで街道を突っ切って飛んでいった。


「偉そうに。いい加減にしろっての」


歓喜をあげる村人たちの中で、奈緒はボソッとつぶやいた。





「なんだ今のは」


村人の輪の外から聞き慣れない声が聞こえた。


「今、人らしきものは飛んでいったようにみえたのだが......」


衛兵と共に馬車から降りてきたのは、高級そうな羽織を着たダンディな男性だった。



「村のものたちよ。いきなりで申し訳ないが尋ねたい。 先日キメラを素手で倒したおなごがいると伺ったのだが、誰か知らぬであろうか?」



村人たちはザワつきながら目の端で奈緒を見つめる。



「あ、あの、私ですけど......」

緊張して腕を摩りながら前に出た。


「これは驚いた。こんなおなごが、まさか。.......いや失礼。にわかには信じられなくてな」


軽く咳払いをし、また話し始める。


「私は、ニーア国王、直属の護衛団の団長。ギルバート、レティナ。少し其方に話があるのだが、場所を変えてもよいか?」



「なら俺の家で話そう。今日は店閉いだ。ナオちゃん、いこう」


「え? はい」

サカの表情はどこか暗いようにみえた。


騒めく村人たちを背に、サカの家へと向かっていった。



サカの家の玄関には護衛が二人配置された。中では、ギルバートが話を切り出す。


「改めて、私は護衛軍、“ネイバー”の団長を勤めている、ギルバートというものだ。急な来訪にも関わらず、時間を作ってもらって申し訳ない。其方、名はなんと?」


「は、はじめまして、私は奈緒といいます」


「俺はサカ。まぁこの子の世話人みたいなもんだな。で? 話ってなんだ」

サカは少し尖った口調で話す。


「そうか。では単刀直入にいうと、国のために戦って欲しい」


「国のためって、私がですか!?」

奈緒は驚いて立ち上がった。


「そうだ。現在この国は、国内の魔物の脅威や、他国との摩擦の中で非常に緊迫した状況でな。それらに対抗する戦力を高めなければならない。一人でも多くの腕の立つものを探している」


「それはつまり、戦争の、兵隊になれということですか?」


「......そうだ。国民の幸せの為、力を貸してくれないか」


奈緒はゆっくりと首を横にふった。

「いやいや、無理ですよ。私戦いの経験なんてゼロだし、縦社会大嫌いだし。運動神経悪いし......」



「戦いの経験がないにも関わらず、プラチナランクの兵士が複数でやっと倒せるキメラを一人で、しかもなんの魔道具もなしに倒して見せた。類稀なる才能だ。是非、共に戦って欲しい」


「でも私は.......」


「魔物が相手ならまだしも、戦争ってんならよ。いつか、“人”も殺すんだろ?」


サカは無情な目で口を挟んだ。


ギルバートは黙って応えない。


「奈緒ちゃんはさ、“人” 殺せる?」


何も言えなかった。


殺すことへの躊躇を強く感じたのと同時に、今の自分になら、それが容易にできてしまうことに、怖気付いていた。


やりたくなくても、――無理。


ではなくなっていたからだ。


「サカさんの言うことは正しい」

重い雰囲気の中、ギルバートは話す。


「ネイバーはその特殊性において、秘匿任務も実行する。中にはテロリストなどの暗殺家業も含まれる。もちろん、一般兵でも、人と殺し合うのは割と日常茶飯事だ」


ギルバートは立ち上がって続ける。


「それは確かに、一介の村娘には厳しい世界かもしれんな。知らん方がいいことなど、この世には沢山あるものだ。ナオ殿、明後日にまた来る。その時までに、決めておいてくれ」


そういうとギルバートは羽織を回し、馬車で帰って行った。


「ふわーー疲れた。疲れた。何が兵士だよな? ちょっと腕が立つからって駒増やそうとしやがってよ」

安堵した表情のサカに釣られて、やっと呼吸をし出したかのように、上がっていた肩を下ろした。

「う、うん。ほんとだね。大体私に戦いは向いてないっての!」


そうだそうだ。万年事務員舐めんな。


心の中でそう呟きながら、奈緒はなんだか落ち着かず、外に出た。


「才能。か」


――どこまで、できるんだろう。私の、力は。


無意識に出たその好奇心。

沈んでいく夕日にようには、沈まなかった。




翌日の仕事後、サカと奈緒は自宅で夕食の片付けをしていた。


「でナオちゃん、どう考えてるの?」


「うーん、考えたんですけど、やっぱり行かないかな。私ここの仕事気に入っているんです。戦場なんか行かない。普通に生きていきたいんです」

食器を洗いながら言う。


「もし恩を返さなきゃって義務感を感じてるなら、そんなの考えなくていいからな?」


「そんなんじゃないですよ! 私、自分の力が怖いんです。

昨日、森で試してみたら大木を素手で折ったり 信じられないくらい高く飛べました。......こんなの私じゃない。人に向けていい“力”じゃないよ」


サカはその背中を見て安心したかのように微笑むと、わざとらしく話した。


「いや正直さ、もうナオちゃんに払えるお金もなくってさ、ほら、うち小規模運転でローリスク、ローリターンだろ? だからその......」


「はい? 出ていけって言ってるんですか? 昨日は行くなみたいな感じだったじゃないですか!」


「ギルバートがいる手前、はいそれと行けなんて言えねえよ。こっちにもプライドが......」


「なんのプライドですか!? 大体給料だって私は最初から要らないっていってたじゃないですか! でもサカさんが、『見合った給料を』って勝手に......」



「もう俺は君に『見合った給料』あげられないよ」



「どういう......意味ですか......」


「君はここにいるべき人間じゃない。もっと広い世界をみて、いろいろ勉強して、そしていつか、元の世界に帰らなきゃいけない」


ハッとして奈緒は動揺する。


優しい口調でサカは諭すように続ける。


「ギルバートじゃないけど、君の力をもっと活かせる場所が、きっとある。必要としてる人がいて、君の能力の本当の価値を、見出してくれる。そして君が探しているものも、その旅の中で見つかる気がするんだ」


奈緒は涙を堪えるのに必死だった。


「勝手なこと言わないで下さい! 私は、私は......普通に生きていけたらいいんです!」


「じゃあなんでここにきた!?  飲んだくれて、草原に寝てた君は、決してそんなふうには見えなかった!」


「あれは私にもわから......」


「目の前の何かから逃げてきたんだろ!? 何かが嫌で仕方なくて、ここにたどり着いたんだろ!?」


奈緒に事務作業の日々の記憶が戻ってくる。

嫌味に話す社員たちが憎たらしくみえる。


「貴方に何がわかるのよ! 知ったようなこと......」


「変えるために来たんだろ! 今の自分に無かった何かを手に入れる為に、変わろうとしたんじゃないのか!」


胸の奥にズキンと刺さるような痛みが耐えがたかった。




  “見合った努力、その価値を、証明しなきゃ”




自分で言った言葉との矛盾に、奈緒は思考を放棄した。


「なんなの! もう知らない!」

強く食器を置いて、2階へ駆け上がっていった。



テーブルに手をついて、サカは深く息を溢した。



奈緒は布団の中で泣き声を押し殺した。


なんなのよ。私だって分かってる......


分かってるけど.....


お互いにボロボロになったその心。それを宥めるのは、夜の静けさだけだった。



翌朝、予定通りギルバートはやって来た。


怒りで衝動的に荷物をまとめた奈緒は、不機嫌そうに馬車荷物を詰んだ。


「おい奈緒ちゃん、これもバックに入れとけ」


茶色の表紙の分厚い本を投げ渡す。

「なんですかこれ」

「まぁ小説? 暇な時読めよ」

「ご親切にありがとうございます」

嫌味ったらしく返事をした。


そのまま奈緒は馬車に乗り込んで行った。

「ナオ殿。サカさんに最後に挨拶しなくていいのか?」

「いいんです。サカさんは私に人殺しになって欲しいみたいなんで」

「おいおい......」


そのまま馬車は発車してしまった。

街道を出て、見知らぬいくつもの街を過ぎていく。


アルバートは書類を読んでいた。

「手紙ですか?」

奈緒は窓にひじをついたまま話しかける。

「うーん。これはさっきサカさんにもらった君の生活費の預かり金の中にあったものでな。君は絶対受け取らないからと、私に預けたものだが......」


その手紙を奈緒に渡して言った。


「君は嫌でも、このお金を受け取らなければならないようだ」



 “Dear ギルバート“


 もし貴方が、上からものを言うだけの人間であれば、俺は絶対にナオを行かせなかったと思います。

 でも貴方は順序を守って一つ一つ丁寧に話して、ちゃんとあの子に選ばせてくれました。だから決めました。

 直接言う時間がなくて申し訳ありません。

 ナオをよろしくお願いします。


 ナオは、真面目で要領の良い子です。大抵のことは気前よく柔軟に対応してくれます。

 好き嫌いもないし、愛想も良い。でもちゃんと自分の中に芯を持っていて、風潮に流されない強い子です。

 ですが情に弱いです。悪い男に引っかからないように、見てあげててください。中身は普通の、可愛い女の子です。

 怒らせると怖いです。気をつけてください。

 でも安心して下さい。あの子は、人を殺しません。


 あの子とのこの数週間の日々は、私にとって、失った幸せそのものでした。ほんの少しの間でしたが、本当の父になれたような気分でした。

 勝手ながら改めて父として。


 あの子をどうか、よろしくお願い申し上げます。



                ”サカ アルタイル“



ポタポタと、涙が手紙に落ちて止まらなかった。


「止めて下さい」


そう言って馬車を降りると、一瞬でサカの家の前まで走って戻ってきた。


玄関を開けるとサカはいつものように、商売道具を箱に詰めていた。


その背中から、なんとも言えない胸の痛みを感じた。


奈緒は後ろから思い切り抱きついた。


「ありがとうございました...... 全部。全部貴方がくれたものです。私、ここから離れるのがただただ嫌で......」


「あぁ、分かってる。この世界で誰が一番、お前のこと分かってると思ってんだ」


サカももう涙を我慢できなかった。


「でも行かせなきゃな? ここでずっと暮らすなんて、君には勿体無い」

サカは振り向いて、抱きしめると、頭を撫でた。


「大丈夫。君はちゃんとよく分かってる。自分の力のことも、どうすべきかも」


サカの大きな胸の中で奈緒は子供のように泣き喚いた。


「大丈夫。大丈夫だから。辛くなったら、いつでも、帰っておいで」



「本当に、ほんとに、お世話になりました......。私もほんとのお父さんのように、思っていました」


「だったら、言葉が違うな。奈緒」

微笑んでサカは言った。


「そうだね」


にっこり笑って奈緒も答える。



 

         

          行ってきます









 PS※お願いがあります。あの子がよく働いたときは、


    『良いボーナス』あげてやってください。






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