第39話 オウチメイト “堕落”
水晶柱から屈折する光を浴びながら、街を歩いていくリタと奈緒。
「じゃあまずは宿探しだ!」
ウキウキと跳ねるように歩いて奈緒は言った。
「せっかくだし宿というか、もう部屋を借りた方がいいんじゃないか? どうせ長くいるだろう」
「なるほど。じゃあ行くべきは、不動産屋だ! あるのか知らないけど!」
通り過がりの人に聞きながら、名のある不動産屋を探し回った。
途中途中でパンやドリンクを買って、観光がてらに、新鮮な未来的魔力都市を見渡していった。
そうこうして、噂の不動産に着く。
「ここだ......」
[オウチメイト“堕落”]
〜貴方はもう、出られない〜
古びた看板には、滴るような不気味な赤い文字で書かれている。
新しい建物と建物の間に挟まれるようにある黒い店舗だった。
「何これ。なんか怖いんだけど」
「まぁ、みんなここが良いって言ってたし。評価はいいはずだが」
「......いってみるか」
店に入る奈緒とリタ。
店は薄暗く、赤い蝋燭が幾つも並んで部屋を照らし、謎の魔法陣が床全体に広がっていた。
ヤバ――
二人は目を細める。
「あぁ、いらっしゃい...... こちらにどうぞ」
奥から老婆がヨタヨタと杖をついて歩いてきた。
「初めまして。オウチメイト社長、イエコと申します」
――この仕事の為に生まれてきたのかな。
「本日はどういったご用件で?」
「あ、はじめまして。奈緒といいます。こちらはリタ。実は、すぐに住める家を探してまして......」
「ほうほう。すぐにですね」
イエコは震えながら椅子に座ると、平べったい水晶に触れて操作し出した。
水晶の面には、家の情報らしき一覧がズラリと並ぶ。
――すごい。ここじゃもう水晶はタブレットみたいに使うんだね...... めっちゃ現代人......
「......他に条件はありますか?」
「安いところで。それ以外はなんでも良い」
リタは飄々と答える。
「何言ってのよ。ダメよ。ちゃんとこだわらないと」
「別に、二人で寝て、飯が食える場所なら、他はどうでもいいだろう?」
「お風呂とか部屋数とかどうすんのよ」
イエコが割り込んで話し出す。
「すぐに住めて安いところなら此処だねぇ」
画面には部屋の内装が映っていた。
「この、壁の赤い模様はなんですか?」
「血だねぇ」
「......えっ」
奈緒は悲鳴が聞こえたような気がした。
壁一面に飛び散っている赤や緑の液体は、禍々しく負のエネルギーを放っている。
「なんでも前の持ち主は、魔物の部位売買をしていたらしくてねぇ」
「リタ、アンタが此処で寝れるっていうなら私キレる」
奈緒は無表情で言った。
「いや......流石に無理だ」
「ほら、なんでも良いとかいうからよ」
「分かった...... アンタに任せる」
「この街で一番大きなギルドに近くて、八百屋とか商店街まで徒歩10分以内が良いな。風呂トイレは別で、浴室乾燥機付き。二部屋くらいは欲しいかも。トイレはウォシュレット付きで、自動で蓋が開く奴で......」
「ナオ、何言ってるんだ.....」
「ほうほう。じゃあここは?」
――伝わるのか......
今度は綺麗な内装であった。
中世風な石造りの部屋で、キッチンも広く日差しが綺麗だった。
しかし、部屋の角に光っている球体があった。
「わぁ。良い感じ! この光はなんですか? 照明?」
「あー。これは霊じゃな。もう何十年も住んでるらしい」
一気に顔が冷めていく奈緒とリタ。
「あの......出ていってもらえないんですか?」
「無理じゃな。そのおかげで安いんじゃ」
沈黙する二人。
「じゃあ幽霊とか魔物無しで」
「んじゃここは?」
今度は南米風の複雑な柄のカーペットが綺麗で、水色に塗装された窓枠が活きる温かみのある部屋だった。
「めっちゃ綺麗! 住みたい!」
「家賃は50万じゃな」
「......」
――高過ぎ。笑えん。
「3ヶ月で出て行かなきゃなー?」
リタは嘲るように言う。
「じゃあちょうど良いところ探してよー!」
「求めすぎだ!」
「普通でしょ!」
まぁでも確かに、ここが東京の銀座とかと考えたら、そんな額になるのかな。
「じゃあちょっと都市部から離れたら?」
「ふん。ギルドまで徒歩30分圏内でなら、まぁここかのう。一つだけ出たぞ」
グレーがかった床材が美しい、まるで新築の2LDKだった。中央にある水晶が生きた地球儀のようにあたりを淡く照らす。
アンティークな椅子や机、棚が可愛くて、観賞植物が所々にアクセントになっていた。
「家具付き? 可愛い〜。...... けど家賃は?」
「もろもろ込みで14万弱じゃな」
「おお。まぁ、でも二人か」
「一人7万。どうだろう」
「この綺麗さで7万は破格じゃない? 歩きで30分なら私は良いと思う」
「なんか怪しいな。なんでこんな安いんだ?」
「中央にある水晶に、影があるだろう?」
「はい」
「霊じゃな」
怒りが頭を貫いた。
「幽霊は無しって言ってんだろうが!」
口を揃えて二人はキレた。
「無しと言われても、ウチは事故物件を主に扱ってるんじゃがな...... そもそもなぜそんなに霊を嫌がるのじゃ」
「嫌よ! なんか分かんないけど! 退去させてよ!」
「まぁそういうな。霊にも居場所が必要なんじゃ」
「知らないわよ! 生者の住宅事情はそんなに甘くないわ!」
「そうか......世知がない世の中になったもんじゃ。生者も死者も、あらゆるものが混在するのが世界だと言うのに...... 最近の若者は......ったく」
ぶつぶつと文句を言い始めるイエコ。
「心ってもんがないのかね!? 心は!!」
イエコは唾を飛ばしながら怒鳴りつける。
「逆ギレだ.....」
「な、なんの話ですか......」
「心根の話じゃ! お主らの胸の内にある! 心根の話をしておるのじゃ! てかなんじゃそのおっぱいは!」
二人はしれっと服で胸元を隠した。
「ったく! 最近の若者は! 実際見もせんと、ああじゃないこうじゃない、これは嫌だこれが良いと、わがままばかり言って!」
「なによ! アンタたち婆さんだって......」
「もう良いからやめとけ」
リタは冷静に間に入って止める。
少し沈黙が流れた後、リタは切り出した。
「まぁ、イエコさんのいうことも一理ある。実際、見にいってもいいんじゃないか?」
「うーん......」
「見てから判断せい!」
「分かったわよ!」
イエコは怒鳴りながらも、鍵をとってくると、二人を案内した。
白いアルパカのような馬のような生き物が引く、キャビンに乗って移動した。
10分ほど経つとすぐについた。
「ここじゃ」
緑の屋根が可愛い、平屋の一軒家だった。
「戸建? アパートじゃないんだ!」
「誰もアパートって言うとらんじゃろうが!」
「もういちいちそんな怒らなくていいじゃない!」
「もういい二人とも! うるさい! 案内してくれ」
ウォルナットの扉を開けると、石畳の玄関があり、そのまま灰色の木目が伸びる床が綺麗だった。
水晶のあるLDKには薄い青のL字ソファーが置いてある。
その前にはオーク調の楕円テーブル。
リビングは大体広さ12畳くらいだろうか。
全体は白壁で、大きな窓がいくつもあった。
天井は梁がいくつか通っていて、吹き抜けの天窓から柔らかな日差しが観葉植物を照らしていた。
「めっちゃ綺麗。可愛すぎる......寝室もひろーーい!」
テンションが一気に上がった奈緒。ドタバタと駆け回った。
「わートイレ綺麗! 自動では開かなーいけど良い!」
「お風呂場可愛いー! タイルだー!」
「キッチンも中々だぞ。二口だ!」
「天井たかーい! 思いっきりジャンプできそう!」
一区切り暴れ回るとイエコの元へ戻ってきた二人。
「こんなところに住めるのか?」
「言ったじゃろうが。実際見てから物事は判断すべきなんじゃ」
「まぁ、確かにその通りでした......」
かしこまって縮まる奈緒。
「んで、肝心な“霊”はどうなんだ」
「むむ。今は見えん。いつ現れるかは奴次第じゃな」
「そうですよね〜。あぁ怖いなぁ。その心配さえなければ完璧なんだけど」
「心配などいらん。あやつは、悪いことはせんよ。きっとな」
少し枯れた植物を触って、寂しそうに言った。
「何か知ってるんですか?」
「それも、自分で確かめな。さぁどうするね? 住むのか。住まないなら他の人に渡すぞ」
奈緒はじっくりと見つめた。
温もりあふれる部屋の全体を。
ふと思い出した。
一人暮らしをはじめた18歳。
割とセキュリティがしっかりした場所にしたくて、お母さんが一緒に選んでくれてたんだっけ。
あの時も、色々と要望が多くて決められなかった。
でも最後は結局、タイミングと直感だった。
前の借主が、住んでいた形跡は何処かしらに残る。
テーブルを引きずったような床の傷。柱に残る、動物の爪痕も。
それから察する、感じる、生活の息づかい。
忙しない毎日の中にある、安らぎの時間。
その温もりを証明する、確かな痕跡。
大きな窓から入る午後の斜陽が床を温めていた。
ソファーを指先でゆっくりと撫でてみる。
少し、色褪せていた。
じんわり心が和む、何かを感じた。
「リタ、ここにしようよ」
「いいのか?霊は」
「多分大丈夫。そんな気がするよ。なんかここで、ゆっくりお茶飲んで、昼寝してみたいなって思った」
微笑み合う二人を見て、イエコは微笑んで見せた。
「イエコさん。内見ありがとうございました。いろいろ失礼言って、すいませんでした」
「良い出会いに、なると良いな」
そうして、事務所に戻ると早速契約をした二人。
手続きが終わる頃にはもう日が暮れていた。
「はぁあああああ。ちょっと疲れたね〜」
荷物を下ろして、肩を軽く回した。
「ああ。今日はもう疲れたから休もう」
リタも上着を脱いで背伸びをした。
「でもお腹減ったよ〜」
ソファーに座った時、視界に入った壁の異変に気づく。
真っ白な壁にあった黒い点が、大きくなっていった。
「あ......リタ」
「ん? なんだ?」
髪を揺らしてリラックスしていた。
「ねねねねねねねねねねね。こっちきてこっちきて」
「どうしたどうした。あ......」
部屋の照明が狂ったリズムで点滅する。
二人はすぐに密着した。
一気に寒気が二人を包んで震え上がる。
「あーやばいやばいやばい〜」
巨大に膨れ上がった黒い何かは、部屋全体を包み、その正体を表す。
二人の悲鳴が町中に響く。
風が通り抜けたのは、建物に挟まれた、あの黒い店舗があったはずの空き地。
そこ不動産屋など、存在しなかった。




