第36話 届
リタと奈緒は、封筒を持って見せ合った。
「ちゃんと書いた?」
「アンタに言われた通り書いたぞ。ほら」
「あ。ほらダメよ。『願い』じゃなくて、『届け』じゃないと」
「なんだと。早く言えよ」
「言ったわよ!」
そんな言い合いをしながら、また机についてリタは文字を書き直す。
「これでいいか?」
「うん。良い」
その文字は封筒の中央に縦に並ぶ。
『退職届』
二人はギルバートの元へ向かった。
テントを出て、復旧が始まっている街中をゆっくり歩いていく。
「なんだか寂しくなるな」
「そうよね。リタはずっとここで生きてきたんだもんね」
「まぁ避難民として匿われてからはな。こんなアタシだけど、本当に世話になった人ばかりだったな」
「......本当にいいの?」
「ああ。ちゃんと、自分で選んだ事だ」
王宮の広場に入って、長い周り階段を登っていくと、ギルバートの書斎についた。
木目が綺麗なドアをノックする。
「失礼します」
礼儀正しく、姿勢と息を整えて入った。
「ん? 戻ったか二人とも」
背もたれの長い椅子をゆっくり周して、振り返ったギルバートは優しい顔をしていた。
「故郷はどうだった? 奈緒殿。少しは休めたか?」
「はい。お心遣い、ありがとうございました。お陰様でまた、少しずつではありますが、前を向いていけそうです」
柔らかい笑顔で言った。
ギルバートはホッとしたように言った。
「そのようだな」
「団長。今日は、お話があって伺いました。お時間、少々宜しいでしょうか?」
リタは凛として言った。
「ああ、どうしたね」
二人は封筒を同時にギルバートに見せると、両手で添えて前に出した。
ギルバートは目を丸くする。
「退職、させて下さい」
奈緒は言葉を粒立てて言った。
「ほぅ。そうきたか......」
ギルバートは暫く黙ったままだった。
丁寧に書かれた届けの文字をまじまじと見ると、視線をリタと奈緒に向けた。
「もう、決めたのだな?」
「はい」
二人は揃って答える。
ギルバートは軽い咳払いをすると、一気に話し出した。
「私はサカ殿に其方を託されたのだがな。簡単に手放すわけにはいかんな。なんだ、お前たちは負けたから、やめるのか? 逃げるのか?」
「身勝手な事とは重々承知しております。ですが、二人で話しあって、決めました」
「逃げるのではありません。むしろ、自身ともっと向き合う為です」
リタと奈緒は続けて言い返した。
「言い訳にしか聞こえんな」
「......言い訳で良いのです。意味は、アタシが決めました」
リタは強く言った。
「其方は、故郷をあの“魔王”に奪われ、今回も負けて、何もできずにいた。もう止めるのか? 敵討は。其方の憎しみと怒りは、その程度のものだったのか?」
「いいえ。決して忘れはしません。失ったものは、もう戻りません。ですが、」
リタは想起した。
奈緒が退職することをサカに話した夜のこと。
一人、夜空を見上げていた。
「リタ。大丈夫?」
奈緒がブランケットを肩にかけてきた。
リタは胸が締め付けられるような感覚を覚える。
「アタシも、奈緒に話がある」
「なあに?」
「アタシは......アンタと一緒にいるべきじゃないかもしれない」
「え?」
「アタシは、アンタの一番大切なもの、守れなかった。力及ばず、何にもできやしなかった」
「何言ってんのよ。あの時は気が動転して私も強く言っちゃったから。そのことはごめん。謝るよ」
「違うんだ。アタシはアンタについていけてない」
「そんなことな......」
「アタシは強く無いから! ......これから一緒にいても、守ってやれない...... アンタの荷物になるのだけは、絶対嫌」
ポロポロとリタは涙を溢した。
「悔しいけど、アンタの隣にいる資格ない...... だから帰ったら、ライブラに残る」
静けさが漂ったが、奈緒はすぐに打ち破った。
「......勝手に決めないでよ」
「は?」
「一緒に来なきゃダメに決まってるじゃない!」
奈緒は目に涙を溜めて言った。
「な、なんだそれ! 勝手なのはどっちよ!」
「私はいいの! でもアンタはダメ!」
「はぁ? 何よそれ!」
「アンタは私の親友なのよ!? アンタが残ったら私一人になっちゃうじゃない! そんなのあり得ないから! 不可能!」
「どんな理論だ! 意味が分からん!」
「私と一緒にいるのが嫌だって言うの!?」
「そんなことない! そんなこと......」
「じゃあなんでそんな考えになるのよ!」
「辛いんだよ! もしまた同じようなことが起きたら、耐えられない...... もしもアタシの力不足で、アンタが目の前で死んだりしたら、アタシは......」
「んじゃ守ってよ!!!!」
「だからアタシは強く無いんだ!」
奈緒は大声で叫んだ。
「じゃあ強くなってよ!!!!」
「そんな...... 無茶な......」
リタは奈緒の圧に押し負ける。
「アンタまで、いなくならないでよ......」
奈緒は蓄えた涙を、一気にこぼした。
リタはハッとした。
そうか。
そうだよな。
それは、弱さだ。
ギルバートの目を真っ直ぐに見て続けた。
「......ですが、得た物があります。それを、守り抜く強さが欲しい。憎しみではなく、今を守る為に、戦いたい」
奈緒は微笑んだ。
「鍛えるだけならば、ここでも出来るだろう」
「いいえ。敵は、強大でした。あれを倒す為には、より大きな力がいる。その為に、より大きな世界を見なくてはなりません」
「この傷ついた国を見て何も思わんのか? 仲間を置いて、去るというのか!?」」
奈緒は遮って言った。
「それでも、強くなりたい。ちゃんと“今”を幸せと思えるように。その為に、私に足りない何かを探してみたい」
「そんな勝手な......」
「それにぶっちゃけ! ちょっと前から、兵士という職業が、自分に合わない気がしていました!」
「合わない......」
ギルバートは沈黙の中で呟く。
「私たちは、自分の次のステップの為に、新しい環境で挑戦したいと考えています」
「何をするんだ」
「......まだ決めていません」
「決めてから辞めればいいじゃないか」
「旅に出て考えます」
「ん......」
ギルバートは困ったように言葉を捻り出す。
「そ、そんな急に言われても。ちゃんと3ヶ月前から言ってもらわないと......」
「もういいじゃないですか」
背後から優しい声が聞こえた。
「スイ副団長.....」
包帯がグルグルのまま、松葉杖で歩いてきた。
「旅か。いいね。一度離れてみてもいいと思うよ。新たな強さが見つかるかも。それに、ナオちゃん。君が兵士に向かないのは、なんとなく分かるよ。君、人殺せないしね」
「はい。副団長にも、沢山お世話になっていたのに、勝手を言ってすいません......」
「良いって良いって。代わりならもう一人見つけたしね」
「よう。二人とも」
「ライカさん!」
ライカも包帯グルグルで出てきた。
「お前らがいなくなったら俺がネイバー入りだってよラッキー!」
「アンタじゃ無理よ。ついてこれないわ」
後ろからトポも出てきた。
「トポさん!」
「みんなお揃いだねぇ〜」
トーマ、ランパート、ガルマハウンドもゾロゾロと書斎に入ってきた。
皆、満身創痍だが、生き生きとしていた。
「なんだお前ら、むさ苦しいぞ」
ギルバートが立ちあがって言う。
「いやなんかトーマが面白いもの見れるって言ったから〜」
「俺のせいっすか!?」
スイはおどけて言った。
「はぁ。雰囲気が台無しだ......」
ギルバートは頭を抱えて椅子にもたれた。
「団長。もう十分でしょ? 演技は」
スイがそう言うと、ギルバートは吹き出して大笑いした。
「あっはっはっはっはっは! あーあ。そうだな。すまんすまん。冗談だ。決意を試してやろうと思ってな」
ギルバートは優しい顔で続けた。
「よかろう。己の強さを求め、世界を見て回ると良い。探しているものはきっと、その先あるだろう」
ギルバートは再び立ちあがった。
「この国の為、よくぞ命を賭して戦ってくれた。礼を言う。二人とも、お勤め、誠にご苦労であった。これを受け取れ。お前たちもだ」
そういうと、ネイバーの一同に麻袋を渡したギルバート。
「こころばかしだが、謝礼だ」
ずっしりと重く、両手に乗っかった。
それはとても硬く、決意のような思いが詰まっているようだった。
「さ、もう行け。時間は有限。目標が決まれば感じたままに即動く。感、即、動!」
一同はゾロゾロと部屋を出ようとした。
「あの! 皆さん、本当にお世話になりました」
奈緒とリタは深々と頭を下げた。
「またどこかであったら、また共に戦おう」
ランパードは包帯の間から言った。
「あの、トポさん。アタシ、生意気いって、すいませんでした」
リタは小さな声で呟く。
「そうね。私より強くなってから言いなさい」
「はい......」
「でも、良い度胸してたわよ。惜しい人材を無くすわ」
悪戯な顔でトポは笑ってそういと、リタは胸を膨らませた。
「ありがとうございます......」
一同がはけていった書斎に、スイとギルバートが残る。
「嬉しそうですね。団長」
「ああ。強さを求め、自分で道を選んで旅立つのだ。なんとも頼もしいものよ」
「彼女たちは、強くなりますね。あぁ......奈緒ちゃんと全力で戦ってみたかったなぁ」
変態的な顔つきでいうスイ。
「きっと彼女たちこそ、“希望”となるかもしれん」
ギルバートは窓の外を見ていった。
「僕らも負けませんよ」
「無論だ」
日差しは熱く、スイとギルバートの顔を照らしていた。
だだっ広い草原の真ん中を二人は歩いていた。
背後には、小さくなった王都ライブラが、小さな騒がしさを奏でている。
「これからどうする?」
「そうだね。まずは、測らず得たこの退職金を使って、お酒を飲みます!」
「凄い金だよな。80万マニー......」
「貯金が貯まるぜぇ......これは......」
「じゃあまずは、どこか良い感じの街にでも寄って、良い店と宿を探すか」
「賛成!」
あの日初めて見た、何処までも広がる景観。
終わりのない緑の床と、果ての見えない青空が風を飲み込んでいく。
それがあまりに開放的で。
コンクリートが一切なく、車の走り抜ける騒音もない。
そよ風が鼓膜を擦る感覚と、鳥の元気な鳴き声が、なんとも心地よく全身を包んで、心を溶かしていくようだ。
突然私の身に起きた、異世界転移
手に入れたものも多いと思う
でも同時に、失ったものも大きい
それでも、今、できることをやろうと思う
それはきっと、現実で私がやっていたこと変わらない
人生はそれでも続く
生きていかなきゃいけない
だからこれでいいはずなんだ
笑いあり、涙あり、バトルあり、恋愛ありの
私の異世界ボーナス物語は
まだまだ、続くようだ
season1 終わり
ここまでご閲読して下さった方。
本当にありがとうございました。
現在シーズン2執筆中でございます
ストックが貯まり次第また連載開始しますのでまたよろしくお願い申し上げます。
奈緒の異世界転職物語は、ここから始まります。




