第35話 情勢
木製の扉を開けて、ギルバートは訪室した。
窓際のベッドで横になっていたのは包帯に包まれたスイだった。
その音でゆっくりと目を開けた。
「意識が戻ったと聞いてな」
ベッドの横の丸椅子に、腰掛けた。
「団長......すいません。俺がいながら......こんな.....」
悔しさにあまり、唇を噛んで血を流す。
「責めるな。今はとにかく回復に努めろ。生きていただけでも、奇跡だ」
そよ風が入り込んでくる窓を見て、スイは話し出した。
「団長..... 奴は...... 魔王はこう言っていました。
俺が魔結晶と、”繋がっている“って......」
「......そうか」
「魔結晶は、その国のエネルギー資源...... だから、領地を広げて、より多くのエネルギーを保有するために戦争をする...... そうでしたよね」
ギルバートは何も言わない。
「奴が言ったように、本当に“繋がり”があるとしたら...... 世界のどこにいても、その力を、引き出すことが出来るのでははないですか?
魔結晶を保有する必要なんかないのでは」
スイはギルバートの顔を見て言った。
「戦争なんか、する必要ないんじゃないですか?」
背を向けたまま、何も言わない
「なんとか言って下さいよ......」
スイは体を跳ね起こした。
「教えて下さいよ! 団長!
俺たちは、何の為に、殺し合ったんですか!?」
ギルバートは窓を閉めて、振り返った。
「......我々が国の為に戦ったのは、間違いない。だが、私や其方が思うより、世界は複雑だったのだ」
「話すべきではないかも知れん。それでも知りたいか?」
「......当たり前です」
ギルバートは大きく息を吐くと続けた。
「私が知っている、すべてを話そう」
「国王から聞いた、大昔の話だ。
世界各地に点在する魔結晶に、強大な力があると知った、とある集団は、それらを自分たちの物した。
何らかの魔法をかけたのだろう。彼らは、自分たちにしか、魔結晶を使用することを出来なくしたのだ。
そして彼らはその保有権を各国々に売りだした。
魔力が無くては魔物に対抗する手段が無いと考えた各国は、次々と保有権を金で買った。
土地と金だけは多かったニーア王国は、比較的多くの魔結晶の保有権を手に入れた。
しかし、年々強力になる魔物も、先進してくる各国との均衡を保つ為にも、より多くの魔結晶が必要となった」
スイは何も言わない。
「まぁ、無くなっては継ぎ足すような物だ。魔結晶を手に入れる為には金が。金を手に入れる為には、魔結晶が。
そういうサイクルを抜け出すこと叶わず、敵国を滅ぼし、保有している魔結晶の権利を奪い取ることで、魔力に富んだ国を作ろうとしている。今どの国も、同じ惨状だ」
「......なんですかそれ。意味あります? というか、一体誰が、魔結晶を独占しているんですか?」
「......“皿”と言われる、世界の1%にも満たない、とある富裕層らしい」
「そいつらは、一体何を企んでいるんですか」
「......わからぬ。ただ自分たちだけが楽をしたいのか、また別の目的があるのか。全くもって未知の存在だ」
「じゃあそいつらを叩いた方が......」
「無理だ。何処にいるのかも、“誰”なのかも、全くわからない。くわえて、事を荒立てれば、魔結晶の保有権を剥奪され、国民の生活がままならなくなる。そんなリスクは、犯せない......」
スイは言葉と、行き場のない理不尽さを飲み込んだ。
「僕たちの、戦争は......正しいのですか?」
「......誰もが、出来ることをやったのだ。策謀と、混沌が渦めくこの世界の中で、目の前にある大切なものを、守ろうとしただけだ。それは、決して、間違いではない。きっと。
だが、根本的な解決に繋がるかと聞かれれば、ハッキリいって、程遠いだろう」
ギルバートは悲しい目で、窓から空を見上げた。
「いつか誰かが、世界まるごと壊すようなことがない限り、変わることができない輪廻かもしれない......」
「その誰かに、僕たちはなれますか?」
スイは真っ直ぐな目で聞いた。
ギルバートも真っ直ぐ言い返す。
「時が、必要だ」
一方、奈緒とリタはトライ村で数日過ごした。
二人は滞在している間、サカの店の手伝いをして過ごした。
サカの店は美女二人の客寄せにより、大いに繁盛。
そんな日々が、ゆっくりではあったが、奈緒の心の傷を塞いでいった。
夕暮れになり、奈緒とリタ、そしてサカは和やかな夕食を囲んだ。
「二人も助かったよ。こんなに客が多かったのは初めてだよ! 儲けた儲けた! あっはっはっは!」
「もー浮かれるのもそこまでにして、早く食べようよ。リタ、これ運んで」
「ああ」
キッチンから料理を運んできた奈緒とリタは席についた。
「おお。ナオちゃんの手料理も久々だー」
「ナオ、料理上手いもんな」
リタは水を一口飲む。
「リタも、手料理くらい出来ないと、嫁にいけないわよ」
リタは水を吐き出す。
「ア、アタシは別にけけけけ、結婚など生涯する気はない!」
「でも、いつかはするでしょー?」
「せん!」
「リタちゃんなんか、すぐ男が寄ってくるだろう〜。......いや、でもあまりに高嶺の花過ぎて近寄れないかもな...... その点、ウチのはなんか庶民的だよな」
「ちょっと! どう言う意味よ! 私、今結構モテるんだから!」
どこか痒い感じがした。
賑やかな会話も、笑い合う時間も。
張り詰めた糸が、解れるように。
強張った筋肉は、柔らかくなって笑顔を咲かせた。
「もういい! 食べるからね!」
「ああ、頂きます」
笑い合って食べられる温かい食事。
当たり前のことだったけど、当たり前じゃない。
築き上げるのは長くかかるのに、壊れるのはいつも一瞬。
だから、今を大事にする。
机に並んだ、食事を見て、奈緒は思いを馳せた。
アンセルもきっと、こんな気持ちだったのかな。
「幸せだな」
サカは笑顔でそう言って、スープを口に運んだ。
「......そうだね。これでいいんだよね」
「これ以上は、ないんじゃないかと思うよ。毎日、大変だし。それでも、生きていける。きっと、それでいいんだ」
優しい声でサカは言った。
「色々あり過ぎて、正直、まだ整理はついてない。でもいつまでも、塞ぎ込んじゃいられない。経験上、それでも人は、働かなくちゃいけないから」
「......そうだな」
リタは目瞑って頷いた。
「落ち込んでいようが、籠っていようが、時間は流れていく。みんな等しく、過ぎていく。こうしてる間にも、どこかで戦いが起きている」
「また......戻るのか?」
心配そうな声を出すサカ。
「うん。でもね、考えたことがあるの。リタも、聞いて欲しい」
穏やかで温かい人の温もりの中で、会話は続いていく。
話を見守るように夜は静かに、明けていった。
翌朝、トライ村を出る準備を整えた二人。
「忘れもんないか奈緒、リタちゃん」
「ええ。本当お世話になりました」
「じゃあもう行くよ! 手紙とか送る!」
バッグを肩にかけると、サカに抱きつく奈緒。
「あぁー寂しくなるなぁあ!」
滝のような涙を出したサカ。
「大丈夫。また近々帰ってくるから」
「じゃあ明日帰ってこい」
「それは無理」
笑って答えた。
「ほら、リタちゃんもおいで」
リタは恥ずかしがりながらも、二人に近づいた。
サカはリタを引き寄せ、大きな身体で、二人を包み込んだ。
「ありがとう、サカさん。いつもいつも」
「なぁに。いつでも頼ってくれ。......二人とも気をつけてな」
「うん、またね。行ってきます」
奈緒がそう言うと、二人は背を向けて歩き出した。
「リタちゃんから聞いてないぞ!」
一瞬ビク付いたリタは頬を赤らめて小さく言った。
「い、行ってきます......」
「よし!」
サカは、ニッコリと笑って、二人を見送った。
何かを決意した二人の目は、朝日を映して明るく透き通っていた。




