第32話 固有スキル“ボーナス”
場所をギルバートの書斎に移した一向。
雰囲気は重かった。
使い古されたオークの机の引き出しから、手紙を取り出した。
「ナオ殿。これを、覚えているか?」
ギルバートが奈緒に見せた手紙は、旅立ちの日、サカが渡したものだった。
「いいえ。覚えていません......」
困惑した表情で答えた。
「なんということだ..... 一体何が」
――戦争のショックによって、精神へのダメージが記憶に影響してしまったのだろうか。
「サカ、さん? は、私とどういう関係なのでしょうか......?」
不気味なものに触れるように、奈緒は聞いた。
「アンタが最初に出会った人だよ。この世界に放り出されたアンタを保護して、世話してくれた人」
リタは心配そうにゆっくり話した。
「そんな人なら、覚えてないはずないよ」
奈緒は当然のように言い返す。
「その人からもらった初めての給料が、嬉しくてたまらなかった。アンタはそう、誇らしく言ってたよ」
「初めての......給料......」
奈緒は何か違和感を覚えた。
「ゆっくり思い出してみろ。ここにきた一番はじめの思い出から、少しずつ」
奈緒はリタの言葉通り、記憶を辿っていった。
広い草原で目を覚ました。
トライ村にいて.....
そして.....
いやな奴がいたりした。
魔物がきて、キメラを倒した。
ギルバートさんがきて、ここにきた。
「他のことは覚えているか? 景色。村人。食べ物」
続けて問うリタ。
「うん。街道があって。賑わってて。村の人は優しくて......カンっていう嫌な奴もいたけど......なんとかやってた」
「やってた? なにを?」
「えっと.....」
「アンタはあの村で、何をしてた?」
「私は......」
――あれ?
何をして、過ごしてたんだろう。
景色の中に、空白の部分がある。
ピースが足りないパズルのみたいに。
切り抜かれた空白に、輪郭だけが浮いている。
「おかしいな...... 思い出せない。いや.....思い出せないとかじゃない。まるで”無い“みたい」
リタとギルバートは黙って奈緒を見つめた。
「私、頭もおかしくなっちゃったかな? 今回のことで、一時的に記憶がイカれたとか。もうやってらんないね......」
頭を抑えて、目をうろつかせた。
「そうとしか、考えられない......」
「.....いや、違うと思います」
ギルバートの言葉を、リタは遮って言った。
「もし、防衛反応としての”記憶の改竄“であれば、ナオに都合が良いように働くはずなんです。でも......サカさんは、今回の件とは殆ど関係がない。ナオを守る反応というより、むしろ苦しめているように見える」
「確かに」
顎に手を当てるギルバート。
「奈緒」
リタは奈緒に近づいた。
「アンタ、”失敗“......した?」
「......」
リタは目を大きくすると、下を向いた。
「どう言うことなんだリタ殿」
リタは少し考えると、不安そうな表情の奈緒を見つめて話し出した。
「ナオの異常な強さについて、団長はどれくらい知っていますか?」
「殆ど皆無だ」
リタは間を置いて、話し出した。
「......ナオの持つ固有スキルは”ボーナス“
2週間後と1週間後、交互にオートで発動し、本人を異空間に転送。そこで行われるゲームをクリアすることで、莫大な報酬を得ることができる能力なんです」
「そんなものが存在するのか......」
ギルバートは驚き、奈緒もリタを真剣に見つめて聞いた。
「奈緒は大量の経験値を得ることで、戦いの最中でも加速度的に急成長できた。しかし、そんな大きな力に、なんのデメリットも無いわけがない。アタシはそれが、ずっと引っ掛かっていました」
リタは静かに続ける。
「成功すれば報酬がもらえる。じゃあ失敗したら? そこは未知のままだった。そうよね?」
「うん」
奈緒は自信なさそうに頷いた。
「そして、初めて失敗した。 間違いない?」
「うん。......もう、戦う気力が無かった。そんなこともう、どうでもよかった......」
奈緒はそう言って瞳を黒くした。
「何か言って無かったか? 罰ゲームとか」
「ペナルティ...... そう、アナウンスが流れた」
奈緒がボソッと呟くと、ギルバートとリタは目を合わせた。
「つまり.....ボーナスゲームを失敗すれば記憶を失う。ということか?」
ギルバートは端的に言った。
「簡単に言えば、そうみたいですね.....でも厳密には何か違う......」
リタは考えながら言う。
「だが、普通ボーナスのペナルティなら、ボーナスを没収すれば良いだろう。これまで得た力を失うんじゃないのか? なぜ、記憶なんだ?」
「アタシもそう思いました。でも違う。...... ナオは、ちゃんと“ボーナスを没収“されているかもしれません」
リタは考えがまとまり始める。
「私の仮説が正しければ...... 奈緒にとっての”ボーナス“は...... 力じゃない......」
ギルバートは何かを察すると黙り込んだ。
リタもそれ以上、何も言わなかった。
奈緒の頬をゆっくりと涙が伝ったからだ。
「あれ、どうしたんだろう私。 なんで涙が溢れるんだろう......」
何かが体を出たように、肩の力が抜けていった。
「......なんか、やばい。心が......もう......持たない」
奈緒はふらついて、そのまま意識を失って倒れかけたところを、リタは受け止める。
ギルバードは少し考えると、
「しっかり、休ませてあげなさい。そして一度、故郷に連れていってあげなさい」
そう優しい声でいった。
「......ありがとうございます」
リタは深く頭を下げた。
そして自身の胸で眠る奈緒を、そっと抱きしめる。
ナオが失うもの
それは、きっと
ナオが一番大事にしているもの
自分の価値の証明と
意味




