第31話 剥奪
奈緒の指先はダーマ3世の髪の毛を絡めた。
そのまま無造作に掴むと、髪が引きちぎれる程の力で引っ張った。
「ナオ殿待て! まだ聞くことがある!」
「もう何も話さないわよ。というか、別に話さなくても、どうでもいい」
飲み込まれるような漆黒が渦を巻く瞳で、ダーマの顔面を覗き見る奈緒。
「ギルバート。この者が?」
「ええ。今年のブラックゴールドの一人です」
国王は心配そうに奈緒を見つめた。
「こいつが生きてる意味がわかんないのよ」
狂気的なその面持ちに、ダーマも流石に冷や汗を流した。
奈緒は掴んだ髪の毛をゆっくり引き千切っていく。
「痛い痛い痛いーーーー! くたばれこのクソアマが! 」
叫び声をあげて怒鳴るダーマ。
奈緒は無表情で言った。
「......お前が死ね」
拳を振りかぶり、ダーマの顔面を貫こうとした。
その腕をギルバートと、もう一人が掴んで止めている。
「......リタ」
リタの下瞼にはクマがあり、少し痩せて疲れた顔をしていた。
「......今は、殺すべきじゃない」
リタは下を向いたまま、ボソッと言った。
「生かしていても何も変わらないでしょ」
「でも......お前らしくない。そんなこと、するべきじゃない」
少しずつ、声量を大きくするリタ。
「邪魔しないでよ! 殺されて当然でしょ!」
背を向けたまま怒鳴った。
「それでもアンタに、それはできない」
「簡単よ。ほんの一捻り」
「アタシはアンタに、そんなことしてほしくない!」
前を向いて、力強く言った。
「そんなの知らない! アンセルが死んだのに、なんでこいつが生きてるのよ! こんなのおかしいでしょ! 」
「でもアンタの手は汚れなくていい! こいつと同じにならなくていい! 」
「そんなのどうだっていい!
私はこの現実が...... 気に食わないのよ......」
掴んで止めているはずの手に力が籠っていった。
「アンタの気持ちは痛いほどわかる! でも、殺すべきはこいつじゃない! 今じゃない!」
「うるさい何よ! アンタのに私の何がわか......」
奈緒は言いかけた言葉を止める。
「分からないって......本当にそう思う?」
リタは悲しい目で奈緒に問う。
奈緒は歯を食いしばったまま、涙が溢れる。
ダーマの髪を掴む奈緒の腕が、震え出した。
「もうどうしたらいいのよ! この治りようのない、怒りも、憎しみも...... 」
奈緒の身体から黒いオーラが漂うと、牢屋全体が、ガタガタと震え出した。
リタは奈緒の手をダーマから離すと、後ろから抱きしめた。
「分かってる落ち着け。落ち着け......」
リタは奈緒の後頭部に頭をつけて祈った。
「痛くて、苦しくて......もう耐えられない......。もう無理...... アンタは......どうやって乗り越えたの?」
掠れる声で言った。
「乗り越えてなんかない。痛みは、ずっと痛いままだ。憎しみは燃えたまま消えやしない......」
でも。
リタが思い出す、温かい思い出。
奈緒との闘技場での戦い。
ジュアでの女子会。
ショッピングも。
そのどれも、奈緒の笑顔が中心にあった。
「でも、アタシには......アンタがいた」
溢れ出す涙で、うまく言葉にできなかった。
「突然やってきて、アタシの孤独を......消し去った。憎しみはあっても......アンタといる時だけは、忘れられた気がした」
奈緒は泣いたまま何も言わない。
隣に座る奈緒の太陽のような笑顔に照らされて、身体中が温かい何か包まれていく。
その記憶が、リタを奮い立たせた。
奈緒を振り向かせると、リタは力強い目で奈緒の目を見つめる。
「アンタにも、アタシが...... アタシがいる。それだけは消して、忘れないで?」
リタがそういうと、奈緒は膝を折って崩れ、手で口元を抑える。
すると、後ろでダーマは吹き出して笑った。
「なんだ? なんのドラマだよ。この負け犬どもが! せいぜい苦め! 結局勝ったのは私たちだな! あっはっは......」
奈緒の目が刺さりそうなほど尖った瞬間、ギルバートがダーマを殴り飛ばした。
「いい加減黙れ。クズが」
ダーマは気絶して、縛りつけた椅子ごと倒れる。
「理不尽なものだ。この世は、いつだって真面目に生きる、何気ない毎日を送る人が損をする。誰かが外れくじを引くように、出来ている」
国王は独り言のように話す。
「努力も、生き方も、金、名誉も、その全てを一瞬で消え去る......それが、戦争なんだ」
誰一人何も言えなかった。
ギルバートもリタも、奈緒も。
「奪う命もあれば、奪われる命がある。そんなやりとりしか出来ないこの国と、世界の在り方を、変える努力をしていくことを誓おう」
国王はそういうと、背を向けて歩き出す。
「......衛兵、護衛団、そしてネイバーの一同。誠に、ご苦労であった。最大限の労いをもって、終戦とする」
周囲の衛兵は国王に敬礼をし、道を開けると、ゾロゾロと牢屋を後にした。
その場に残った奈緒、リタ、ギルバート。
ギルバートは沈黙をはじめに破る。
「労いか。美味いものでも食えるのだろうか」
浮かない顔をした二人は黙ったままだ。
「国王も言った通りだ。奪う命と奪われる命。戦争に、善悪はない。ただの殺人だ。だが、やらざるを得ないこの世界。変えていくしかない......だがお前たちは良い方だ」
二人をまじまじを見つめると、
「......良い友を持ってる」
そう言ってギルバートは微笑んだ。
「そして測らずも、ナオ殿の父上、サカ殿の約束も果たせたわけだ」
奈緒はピクリと反応する。
「父?」
「"君は、人を殺さない“ 彼はそう言っていた」
リタも少し微笑む。
――前ナオが言っていた、トライ村の親代わりの人か。
良い人だったと言っていたな。
「ギルバートさん......」
「ん?」
奈緒は首を傾げた。
「......サカって、誰ですか?」




