第30話 厭世
「いいよ?」
「え?」
「私、貴方と付き合う」
夕暮れのメイン広場。
優しい飛沫をふわりと浮かせる噴水の前で、照れ臭そうに奈緒は言う。
「本当に? 本当に!? やった!」
アンセルは小さなガッツポーズをして喜んだ。
「じゃあ、え、えっと、また連絡する!」
奈緒は顔を隠して去った。
「うん」
アンセルはその場でウロウロしながら高揚を噛み締める。
ダーマ全面戦争の前夜。
街を駆け抜けていき、ジュアに急いで顔を出す奈緒。
「アンセル! 明日はライブラを離れてどこかで隠れてて!」
食器を拭きながらアンセルは戸惑う。
「どうしたんだよ急に。落ち着けよ」
「明日は絶対仕事に来ちゃダメ!」
カウンターに手を強くおいて奈緒は必死に言った。
「明日もシフト入ってるって〜。流石の俺でもサボれないぜ〜」
「ダメったらダメ! 絶対ダメ!」
「落ちつけ! 何があったんだよ!」
アンセルは奈緒の表情を見て食器をテーブルに置く。
「ライブラは明日攻め込まれる! ここにいたら危ないの!」
「なんだよそれ...... 確かなのか?」
「ええ」
「他の人は? 知ってるの?」
「全員に伝える暇なんかない!」
「じゃあ教えないと......」
「それはいいからとにかく約束して! 」
「あ、ああ。君がそこまで言うなら分かったよ」
グラスを取ろうと後ろを向いたアンセルの手を握り、奈緒は引っ張った。
互いの顔が近づく。
「約束だからね。絶対よ?」
「ああ。約束する」
アンセルはにっこり笑った。
安堵の気持ちと、何やら胸が張り裂けそうな思いが込み上げると、奈緒の頬を雫が伝った。
「ど、どうしたんだよ! また俺悪いこと言ったか?」
アンセルはそっと奈緒を抱きしめた。
奈緒の全身に、アンセルの優しい匂いと、温もりが染み込んでいく。
涙は止まらなかった。
翌日、全ての事が終わった後。
付近の峠の小屋で待ち合わせした奈緒とアンセル。
黒煙が空を埋め尽くすライブラ国を背に、二人は抱き合う。
これでいい。
これでよかったんだ。
これで守られる。
私の――
体の重さと共に目が覚めた。
全身には至る所に大袈裟に巻かれた包帯が見える。
激痛と共に体を起こす。
辺りを見渡すと、ゴロゴロと転がる重負傷者。
薬品の匂いが立ち込める。
すると、頭に何かが突き刺さる感覚が襲う。
フラッシュバックする記憶。
取り戻せない笑顔が、奈緒の胸を猛烈に切り刻んだ。
「ああ」
顎先を止まらない涙が滴る。
もう無いんだ。
続きは。
夢の――先は。
奈緒は布団に潜り込む。
繰り返し見る。別の世界線。
そこでは叶う。あらゆることが思いのままに。
しかし現実は、大抵、厳酷に
理想を砕く
受け入れきれない現実は
認めたく無い事実は
どうすればいい?
誰か......
助けて
苦しみのあまり、眠りにつくことも叶わなかった。
妄想のようにどんどん広がる“もしも”の世界が、
現実と空想を、織り交ぜていく。
それは、身も心も瀕死にある奈緒の体力を
着々と、蝕んでいった。
運命――
もしそれが決まっていた運命だというのなら
クソ喰らえ
人生は、クソだ
私が幸せになることを望まない誰かの、
意図的な嫌がらせ。
「......くだらない」
半開きで目を開けると、そこは真っ白な世界が広がっていた。
『ボーナスステージ!』
煌びやかな音楽と共に、機械的なアナウンスが流れる。
『ここはボーナスステージ! ミニゲームをクリアしてボーナスを獲得しよう! 失敗すると?......ジジ、ジー』
奈緒は死んだ目で一点を見続ける。
その機械的な声も、この無機質な空間にも、何一つ感情は動かなかった。
「今更遅いのよ」
『制限時間は1:00! 全ての箱を壊してね? 準備はいいかい?』
赤い箱は高速で飛びまわり、レーザーエネルギーを充填する。
『よーーーーーい、』
「もう......」
『どーーーーん!』
どうだっていいのよ――
1分。
無数のレーザー砲の的になった。
貫かれる全身に、痛みは何も感じなかった。
心臓を貫かれた時点でタイマーは止まる。
『ミニゲーム失敗ーーー! ボーナス獲得ならずーーーーー!』
真っ白な空間から赤い箱は消えて、静寂に包まれた。
『ペナルティィィ!』
ドスの効いた声低い声でアナウンスが流れた。
赤い煙が蔓延し始めて、真っ白は空間はすぐに真っ赤な世界に塗り尽くされていった。
倒れたままの奈緒から血の滲む涙が溢れる。
どうでもいい。
全部、どうだっていい。
消えたはずの意識の中、その言葉の輪郭だけが、
残されていた。
地下深くの暗い廊下。
分厚い鉄格子をあけると、牢がいくつも並んでいた。
ギルバートと国王は衛兵を数人連れて歩いていく。
格子の前に着くと、そこに縛られている男をギラリと睨むギルバート。
国王、ライブラが前に出て話す。
「どれだけの命が、消えたと思う」
静かに口を開く。
「どれだけの市民が、今も苦しんでると思う」
鉄格子を強く叩きつける。
「何が目的だ。何を考えているんだ!......あの魔王は、一体なんだ! 答えろダーマ3世!」
「知るか」
拘束中のダーマ独立国、国王は、ニヤリと笑って答える。
「敵国の人間の命なんか知ったことか。やったもん勝ちなんだよ」
「なんだと......」
「どれだけの命が消えたか? 教えてくれよ清々するな! ずっと我々を下に見て馬鹿にしてきた国が、今未曾有の半壊状態にあるんだからな! はっはっはっは! ダーマ万歳!」
怒りを超えた憎悪が、ギルバートの拳を震えさせる。
ニーア国王は続ける。
「なぜ今蜂起した」
「何も話すことはない。貴様らの怒りと苦しみをここで眺めるよ。ざまぁみろ先進国様が」
「拷問してでも吐かせるぞ」
「勝手にしろ! お前たち先進国が我が国にしてきた経済制裁の方が万倍も苦しいわ!」
「それはお前が、威嚇攻撃や拉致監禁など訳のわからないことをするからだろ! 自業自得だ!」
「敵国の民草を刈って何が悪い? お前たちのような外道の国民は、火炙りで磔にして殺されて当然だ! 」
「何の恨みがある!? 経済制裁をしてるのは我が国だけでは無いだろう!」
「お前たちは自分たちが良ければいいんだ! 自分たちばかり良い暮らしをして恵まれて、下をみて嘲笑っているんだ!」
「我々が豊かなのは、国民たちの絶え間ぬ努力の結晶だ! 世と人のために、そして自分の為に日々コツコツと働いた人々の血と汗が作り出したものだ!」
「我々だって努力した!」
「威嚇して、我が国民を拉致することのどこが努力なんだ! そんな暇があったら、もっとインフラと整えて、国民が働きやすい工夫をしろ!」
「だからあらゆる規制で国民を指導したんだ!」
「それであの独裁政治か? 簡単に処刑して、恐怖で縛り上げた国民が何を生み出そうか」
「それが努力だろ!」
「権力を振りかざすことは努力ではない! お前は口だけ動かして楽してるだけだろう!」
二人の国王の、激しい討論は牢屋中に響き渡った。
ライブラは鉄格子を強く握りしめた。
「努力とは、時に、自分の自尊心や恥じらいを捨てでもやらねばならん時があるものだ。お前は、自分の頭を下げたことがあるか?」
「下げてたまるかお前たちに!」
「頭を下げてでも! 諸外国と関係を築いて、国と国民の為に、戦ったことがあるか!」
「我が頭を下げる必要などない!」
「国を豊かにする為なら、この頭も、王冠も、何もかも捨てよう! それが私の意地と決意だ! お前などと格が違うんだ!」
ダーマ3世は、少し戸惑うと狂ったように叫び出す。
「黙れ...... 黙れ黙れ! この外道どもめ! ダーマ万歳! ダーマ万歳!」
ギルバートはライブラを見つめる。
――とりあえず、この人を守れて......本当によかっ......
「殺した方がいいんじゃない?」
衛兵の後ろから声が聞こえた。
ギルバートはこの声を知っていた。
「馬鹿は、死ななきゃ治らない」
衛兵が開けた中央の道をスタスタ歩いてきた。
「奈緒殿......?」
髪は乱れ、深く沈んだ黒い瞳が、まるで別人のようだった。
「この豚のせいでしょ。全部」
格子の前に立って、闇に覆われた大きな瞳でダーマを見つめる。
「ていうかあの場で、殺しとけばよかった。それでも何か変わったかなぁ?」
不安定な震える声を出す。
「な、奈緒殿! 落ち着け!」
ギルバートは声をかけるが聞く耳持たない。
格子を片手で軽くひろげると、ゆっくり中に入る。
「待て! 待て待て!」
ギルバートは奈緒の肩や腕を持つが止まらない。
黒い厭悪を纏う奈緒の手はダーマ3世に伸びる。
その指先に、迷いは無かった。




