第29話 敗残
時間は、進み続ける。
それは絶対で、誰にも変える事ができない。
奈緒は座り込んだまま、微動だにしない。
リタも悔しさと無力さに苛まれ、頭を地面にぶつけて声を殺す。
消えてしまったものは、もう二度と戻らない。
どんな理不尽な消え方であっても
二度目はない。
「.......ばよかった......」
奈緒は乱れた髪で顔を隠したまま、細い声を出す。
「あの時、言えばよかった......」
もう、二度と
届かない
「私が......来ればよかった......」
リタは目をピタっと開ける。
「私が、敵をさっさと殺していればよかった」
「ナオ......?」
「私がアンセルを安全なところにやっていればよかった。私が守ればよかった。私なら守れた?」
頭を抑え、髪をかきむしる。
「ナオ...... ナオ!」
「ちゃんと好きって伝えて、付き合ってたら良かった!? 変わった!? 運命は変わった? 変わるよね!? ほんの少し違うだけで全然変わるもんね!! なんでそうしなかったんだろ! 私なにやってんのかな! なんの為に鍛えてたの!? 意味わかんないんだけど意味わかんない何が起きてんのはぁ?」
「落ち着け! 落ち着け......」
リタは足を滑らせながら奈緒に抱きつく。
「落ち着け落ち着け落ち着け!」
奈緒の頭を、胸いっぱいに抱きしめた。
「何やってんのほんと。誰のせいなのこんなことってあるの? 訳わかんない何これどうなってんの.......」
壊れた思考が回り、涎を垂らした口を震えさせる。
「誰のせい? 誰のせい誰のせい誰のせい? 私のせい? 私が悪い? また選ばなかった? また選択を間違えた? なにやってんの死んでるんじゃない? 死んでるの? ねぇアンセル死んだの!?」
「頼む! 壊れるな! 壊れるな! もうやめて......」
無造作な足音がした。
リタが振り向くと、そこには綺麗な顔立ちの青い目をした鎧の青年と、受付嬢のモリーがいた。
その青年から感じる異様な雰囲気は、寒気となってリタを襲った。
「モリーさん、そいつ.......誰?」
リタは恐る恐る聞く。
「リタ....... ナオ.......」
モリーの目は深く沈んでいる。
「あれ、まだいたのか。この辺で生きてる人。知り合い?」
「ええ。私がやってる寮の訓練生」
「どうする?」
「放っておきましょう」
リタの頭は、思考を停止する。
「な、何の話してるんですか...... そいつ誰ですか?」
モリーはいつもつけている頭巾を外すと、頭には捩れた角があった。
「魔王――」
「は? な、何言ってるんですか? ど......どう言うこと? はやく離れた方がいいんじゃ......」
ヴァイリアとモリーはそのまま、リタと奈緒を横を通り過ぎる。
斧で叩かれたような衝撃に、声も出ないリタ。
そのまま離れて行こうとした二人に、奈緒は声をかける。
「......貴方、悪い人?」
「......極悪だよ?」
にっこり笑って、ヴァイリアは言う。
奈緒はリタの腕をゆるりと離れ、立ち上がった。
「これ全部、貴方のせい?」
フラフラと近づいていく。
ヴァイリアの目の前で、前髪の隙間から、真っ白な目で覗く。
「いかにも」
奈緒はヴァイリアの首を鷲掴みにする。
「死んで?」
「頭が高い。人間如きが......」
苛立ちを見せ、奈緒の腕を上から叩きつけへし折ろうとした。
しかし、ヴァイリアの腕は逆に弾かれる。
「ほう。硬いな......」
「ナオ。離しなさい。魔王様に失礼よ」
モリーが手をかざした瞬間。
首元に青い剣の刃が当たって止まる。
「何かしてみろ。殺すぞ、この裏切りもんが」
リタはモリーの背後に回る。
「野蛮よね。アンタらって」
ウザそうにモリーは言う。
「モリー、お前操られてるのか? まるで別人だぞ」
「見たまんまよ。私は魔物で、アンタらは人間。ずっと、隠して生きてきたのよ」
「話す、魔物だと......?」
「別に信じてもらおうなんて、思ってないわよ」
「裏切ったのか」
「裏切ってないわ。たまたま魔王様がきたから、一緒に連れて帰ってもらうのよ」
「なんだそれ......」
「いい加減離しなさい」
モリーは肘でリタの顔を打つと隙を見て距離を取る。
「貴様も、いい加減離せ」
奈緒は尋常でない握力でヴァイリアの首を掴んで離さない。
ヴァイリアはパンチやキックを放つも奈緒は全く効かない
「驚いたな。こんなに硬い人間が存在するのか」
リタはヴァイリアを見つめる。
「お前が、本当にあの、魔王なのか......」
「何度も言ってるだろう。我こそが、魔王であると」
「アタシの故郷を破壊したのも。この国も、全部お前なんだな!」
「壊した巣など、いちいち覚えていないよ」
リタはオーバーライドを限界まで出力する。
「絶対殺す......」
高速で叩き切ろうとしたが、モリーが割って入って防ぐ。
剣を防いだモリーの腕には硬い鱗が生えていた。
「どけ! もう貴様に要はない!」
「こっちは大有りなのよ」
「邪魔するならお前から殺す!」
モリーとリタの戦闘が始まる中、未だヴァイリアを掴んだまま離さない奈緒。
ヴァイリアの首には奈緒の手が食い込み、あざが出来ている。
「仕方ないな」
液体化し、手を抜けると背後に回って実体化し、奈緒の背中を、鉤爪で深く抉った。
「ナオ! 」
二刀流でモリーの打撃攻撃を捌いて、ヴァイリアに突進しするリタ。
「貴様ああああああ! 」
リタは全力で切り裂いた。
「もう何も奪うな! この悪魔め!」
二刀で左から切り上げるが、全く手応えなく、逆に凄まじい水圧の鉤爪で腹を切られる。
血を吹き出し、その場に崩れるリタ。
「クソ。クソ......」
治癒魔法で回復させようとした。しかし回復は起こらなかった。
「なんだと...... 何故だ...... これは毒か?」
いや、傷の進行か!
それを止めるだけで精一杯なんだ!
「クソ! クソオオオオオオオオオオオッ!」
「お前はまだ、このステージにいない」
ヴァイリアは深い青の目で見下す。
リタは冷や汗が止まらなかった。
「魔王様! 危ない!」
振り返ると、白目の奈緒が鼻の先に浮いていた。
限界まで振りかぶった、その殺人的な破壊力の拳が、ヴァイリアの顔面に食い込む。
吹っ飛ばされるヴァイリア。
激しい土煙をあげて転がっていき、自然と停止するとゆっくり起き上がる。
「はは! すごいな。火力だけならトップクラスだ。面白くなってきたな!」
飛び出しそうとした瞬間、魔王の前にモリーが立ち塞がる。
「もういいでしょ。帰りましょう」
「邪魔するな下級魔物が」
「私を連れて帰ると言ってくれたでしょ!」
「我の行く道は我が決めるものだ。お前に......」
その瞬間、目の前に現れた奈緒。
右フックを下顎にクリーヒットさせると、ヴァイリアの視界は歪んだ。
その中で、水月、こめかみなど弱点を狙った激しい打撃が、ヴァイリアに華麗に打ち込まれる。
アッパーカットで上空に飛んだヴァイリア。
自身の鼻から出る緑の血を見て、瞳を大きくする。
興奮はもう、治らなかった。
「お前最高だなああああああああ! きてよかったあああああああああ!」
水龍に変化し、奈緒を丸呑みにした。
「ナオ!」
透き通る深い青の水龍の中で奈緒はまた全力で拳を振り抜く。
その部位が弾け飛ぶように破裂し、奈緒は地面に着地する。
「おかしいな。結構な毒素で包んだはずなのに」
人間体に戻ったヴァイリアは考える。
奈緒は、操られるようにゆらゆらとまたヴァイリアに近づいて行く。
「返して?」
ボソッと言葉を落とす。
モリーが目の前に立ちはだかった。
「もうやめなさい...... これ以上やったらアンタは......」
モリーは爪で攻撃する。
奈緒には傷一つ付かず、軽く、はたくようにモリーをビンタして吹っ飛ばす。
「返してよ。アンセルを」
「誰だよ」
鼻で笑っていうヴァイリア。
「アンタが奪った命、全部、」
独り言のように呟く。
「かえしてええええええええええええええ!」
また猛攻を仕掛ける奈緒。
ヴァイリアはすぐ液体化した。
手応えのない、パンチだった。
しかし奈緒にはそんなこと、どうでもよかった。
びちゃびちゃと水面を叩く音が続いても、奈緒の全力フルスイングは止まらなかった。
大地を駆け巡るような振動が、振り抜かれる拳からいくつも放たれる。
その中で、奈緒の目から散る涙が、ヴァイリアの水と混ざった。
その涙からは、奈緒の記憶が、ヴァイリアに浸透していった。
トライ村の村人たち、サカの温もり。
ライブラ国訓練生の笑い合う人々の生活の様。
アンセルという人間の深い笑顔。
あらゆる感情が混ざり合って、そして温かい何かに包まれる記憶。
ヴァイリアにはそれに心底、腹を立てる。
「人生の美徳か? 吐き気がする......穢らわしいんだよ」
液体は奈緒の周囲に広がり、いくつもの太い針のように変化すると、奈緒を腹や肩、太ももなどを串刺しにしていった。
奈緒を貫いた水はその場で凝固し、氷柱となって奈緒をその場に磔にした。
「そんな.....」
リタは開いた腹部から、流れ出てきそうな内臓を両手で抑え、その場から動けずに崩れた。
「だからお前たちは、ずっと愚かなままなんだ」
ヴァイリアは右腕だけを水龍の腕に変化させると、強大な魔力を練った。
「気色悪いんだよ......」
技を放とうとした瞬間、モリーはまた間に入る。
「もういいでしょ! 帰りましょう!」
「お前、何がしたいの?」
「......コイツらはまだ強くなります。楽しみは、とっておいた方がいいんじゃないですか!?」
ヴァイリアはモリーの目をしばらく見ると、何も言わずに水龍の腕を解いた。
奈緒を、絶望の深すぎる青の瞳で、哀れに見つめるヴァイリア。
「まぁ、どうでもいい」
そう言葉を残して、モリーとヴァイリアは去って行った。
奈緒にもう意識はなかった。
その光景を、地べたに這いつくばって、見ることした出来なかったリタは、涙が止まらなかった。
クソ...... クソクソクソ......
言葉を発することも叶わず、戦闘不能になった二人。
括りきれない喪失は、
二人の意識を暗闇の中へ、引き摺り込んでいった。




