第28話 雲散霧消
空は澄んでいた。
何事もなかったように。
街は、華やかさを失った。
鮮やかだったライブラのストリートも、砕けたレンガの灰色が埋め尽くしている。
膝をつき、俯いたまま動かないスイ。
「人間如きが敵うと思うな。格が違う」
そう言い残し、去って行く魔王。
寒気は止まらない。
土埃を纏う風は、異様に冷たかった。
一刻前。
スイとヴァイリアの戦いは互角と思われた。
龍虎相搏。
両者の大技をぶつけ合う、その衝撃と振動で家屋はポロリポロリと少しずつ崩れていった。
水虎の鉤爪は確実に龍の身体に当たっていた。
しかし、何度傷をつけても直ぐに再生する。
それは水虎も同じであるが、その回復量と速さに違いが出始めた。
――全く歯が立たない訳じゃない。だが、このままでは消耗線だ! 時間はそう長くない!
何か、何か勝機を作らないと......
苦しい魔力のぶつかり合いの中、スイは仕掛ける。
水虎は口元に水のエネルギーを集中させると、魔力と織り交ぜた。
充填が終わると一気に放つ。
龍はモロに当たると、当たった場所から龍の身体を成す水が変色していく。
「この攻撃は対象を分解する。いわばお前を腐らせる」
水は徐々に変色していったが、その侵食はすぐに止まった。
「くだらん技だ。そろそろ、飽きたな」
龍は瞬く間に元の色を取り戻すと、水虎と同様に口元に水を集める。
「“本物”をみせてやろうか」
「なんだと」
そういって放った竜の攻撃も水虎に直撃する。
スイは耐え凌ごうとしたが、一瞬で水虎は黒く染まり、ドロドロになって溶けてしまった。
「ば、馬鹿な! 僕の最大魔力だぞ!」
「穢れた水だ。中途半端なんだよ。何もかも」
「どう言う意味だ!」
「くはっはっは! 無知もここまでいくか。水の質だよ。私なら、水の構成内容まで調整する」
高笑いを止める。
「悠久の時を流れ、氷河から深く沈む。大地と空を駆け巡るこの万物の創生者。その本質を君は、お前たちは全く分かっていない」
静かに水を解いていき、人間体へ戻ったヴァイリア。
「さっき、僕の水虎を見て、“繋がっている”と言ったね。あれはどう言う意味だ」
「うーん。まぁ、良い。教えてあげよう」
ヴァイリアは目を光らせると、地面から徐々に水を溢れ出させると、その場一帯を湖のような景色に一変させた。
「魔力とは―― ある粒子を含んだエネルギーの集合体。この時代の生物、その殆ど全ての体内を流れ、出てを繰り返す」
水面をゆっくり歩くヴァイリアを、太陽が反射して、下から照らす。
「しかし個人で扱える量には限度がある。そこで、力を求めし者は、いかにして魔力を最大限膨らませることが出来るか考えた。すると、今の君のように魔力を、”とある場所“から引っ張ることに、お前たちは無意識下に辿り着く」
「とある、場所?」
「方法は違えど、大きな魔力が集まることで、それが中継地点として働き、つまりは魔結晶と言われる世界各地にあるエネルギー源から供給できる状態になる。結果、自身が持つ力を超えた力を引き出すことに成功した......お前の生み出した虎は、魔結晶と繋がる中継になったんだ」
「魔結晶......そういうことか。それを“繋がり”と呼んだのか。
「お前たちは、それを巡って戦争しているんだろう?」
スイは思考を巡らせることで一杯で、何も答える事ができなかった。
――だから、真実は聞かされなかったんだ......
だとすれば、俺たちは何の為に......
「ご褒美はここまで。終わりにするぞ」
湖の水全体がブクブクと沸騰し始める。
「ちっ! だからって、ここでお前に負けるわけにはいかないんだ!」
湖から離れ、空気中から水分を集めて水の羽を作ると羽ばたいた。
「やめておけ」
ヴァイリアがそう言うと、スイの羽はただの水分へと戻り、湖に飲まれた。
「くそ! 水の主導権がない!」
沸騰した湖がその高さをあげていき、スイを丸ごと包み込む。
包み込んだ大量の水は球体となり、高速で回転し始めると、遠心力で横に細長く、薄く伸びていく。
遠心力は凄まじく鈍い、空気を割くような音を立てる。
ヴァイリアは、指先に、小さな小さな水玉を生み出す。
電気のようなスパークが走り、水玉は見えないほど小さくなった。
ヴァイリアは、それを、回転する水に放り投げた。
その瞬間、空間ごと吹き飛ばすような異様な波動が空に散らばった。
失明するほどの光を放ち、瞬く間にキノコのような雲が立ち上る。
空の、怒号のようだった。
渦を巻くような波動は、周囲の建造物を巻き込んで回転して進んでいった。
街は跡形もなく、一瞬にして消え、まっさらな瓦礫だけの世界にした。
空は澄んでいた。
何もなかったかのように。
広大なクレーターの中心で、スイは膝をついて俯く。
「ほう。体が残るか。この範囲も、君がかろうじて抑えたのかな? そうでなければ、この国全てが吹っ飛んでいただろう」
上空から見るライブラ王国。
その半分が、灰色と化していた。
「見事。よくやったほうだ。だが......」
スイの真横を、ゆっくり歩き去っていく。
――人間如きが敵うと思うな。格が違う。
まぁ、ちょっとは楽しめたかな
「あっ。因みに」
スイの耳元で囁いた。
「魔王は、僕一人じゃない」
寒気は、留まることを知らなかった。
「なに......今の.......」
上空を翔ける奈緒とガルマハウンド、ノクトン、そして気絶したガーマ国王は、不可思議な光がライブラ国から放たれたのを見ていた。
「急ごう! 急いで! ガルマハウンド!」
滑空はより一層スピードをあげ、瞬く間に領域に入った。
土煙が立ち上り、見えてきた瓦礫の更地が、攻撃の破壊力を物語った。
言葉は出ず、固唾を飲みこんだ。
「お前たち、無事か!」
瓦礫の中から這い出てきたリタが、咳をしながら言う。
「一体何が......」
リタの目の前に広がっていたのは、分厚いコンクリートの下敷きになった、住人と、仲間たちの死体だった。
「そんな、お、お前ら......」
「リタ.......助けて......」
小さな声が耳を刺す。
リタが丸い目で振り返ると、下半身がない訓練生が、リタに向かって這いつくばっているところだった。
「助けて......やるさ!」
リタは治癒魔法を全力でかける。
しかし自己修復が追いつかない程の負傷。
悪戯に体力を奪い、訓練生はすぐに瞳の輝きを失った。
「そ、そんな......」
リタは震えが止まらなかった。
幼い自分が見たあの地獄。
脳裏を駆け巡る、残響。
こうならない為の......鍛錬だったんじゃないの?
リタはゆっくり立ち上がり、生き残ったものを探した。
美しかったメイン広場の噴水は、じんわりと地面に水溜まりを作っていた。
リタは足を止めた。
「......」
よく見たことのある人物が瓦礫に埋もれていた。
瓦礫を丁寧に、のかしていく。
心臓は、胸を突き破りそうなほど鼓動する。
「冗談だろ......」
膝をついて崩れ落ちる。
「リターーーー!」
唯一無二の同僚の声が全身に鳥肌を立てた。
リタの心臓は、もう限界だった。
恐ろしい形相で、ゆっくり奈緒を見る。
「リタ! 大丈......」
そこに倒れている一人の男性
激しく人体が欠損したその人間の顔は
生き甲斐になりつつあったもの
「うそ......」
「うそうそうそうそうそ!」
奈緒はアンセルのそばに駆け寄る
「アンセル! アンセル!」
半開きの目。虫の息で横たわっている。
「リタ! 回復かけてよ!」
「もう無理だ...... もう......」
「いいからやって! なんでもいいからやって!」
奈緒はアンセルの顔を両手で包んで揺らす。
「アンセル! 起きて! 私! 奈緒よ! わかる!? 起きて!」
少しだけ目を開くアンセル。
「アンセル起きて起きて! 私!」
「リタ! やって!」
リタは奈緒に急かされるように治癒魔法をかける。
「ナ、ナオ...... 」
枯れた声で名前を呼ぶアンセル。
「......うん、私。いるよ」
「......こ、こんなんなっちゃった。かっこ、悪いな.......」
「そんなことないよ。君はカッコいいよ。ずっと」
「君に...... 渡したいものが......あったんだ」
震える血だらけの腕で、胸のポケットからネックレスを取り出した。
可愛らしいアイオライトの宝石だった。
「どうしたの。また、パクってきたの?」
奈緒は涙ぐんで言う。
「いや、.......買ったんだよ」
「お金無いくせに......。それに私、誕生日10月だよ?」
「聞くの忘れてたから......俺の......3月にした」
無邪気な笑顔を見せた。
「受け取って......くれないか?」
「うん」
アンセルの手を、ネックレスと共に強く握った。
「......あぁ、いい人生だった。最後に君に会えたし」
「やめて。そんなこと言わないで」
「ずっと、これで良い思ってきた...... でも、久しぶりに、欲しいものが.......出来たよ」
アンセルは奈緒の顔に手を伸ばす
「もう少しだけ君と、一緒にいたかったな」
「やめて! まだ一緒にいれるよ! デート行くって、私の料理食べるって! 約束したじゃない!」
「......食いて〜」
笑って答えると目を閉じるアンセル。
「リタ! 」
「やってる! だがもうこれ以上は......」
逆に体力を奪ってしまう......
大粒の涙をアンセルの顔に落とす。
「まだ私、答え言ってない! 聞かなくていいの!? ねぇ! アンセル!」
「お願いお願いお願いお願いお願い!」
――お願いだから......
「......ナオ」
アンセルは朗らかな顔でつぶやいた。
「......幸せになれ」
体から何かが抜けるようだった。
体が柔らかくなり、半開きの目から、灯火が消える。
奈緒は言葉を失った。
ただ目の前の現実がほんとに現実なのか、分からない感覚に襲われる。
リタは魔法をやめると、涙を地面に落として落胆する。
「あぁ。こんな......」
あの日、練り歩いた美しく騒がしい街並みは
もう無い




