第27話 降魔
風が腹部に開いた穴を文字通り抜けていく。
冷や汗が止まらないスイを、鎧の男はじっと見つめていた。
「お前を...... 探していたんだ」
スイはボソッと呟く。
「随分、長い間......」
スイは流れ出る血を止めると、逆流させ体に吸い込んでいく。
脊髄から分裂していく細胞が、急速に腹部に集まる。
裂けた小腸、腹膜、腹部大動脈は、細胞の活性化によって元の形に戻り出す。
結果、ジワリジワリと、傷口が小さくなっていく。
「お前と戦える時を、」
完全に傷が癒えた瞬間、スイはその場から消える。
鎧の男の背後に、青緑の眼光が大きく光る。
「ずっと、待っていたんだ!」
全力のフルスイングストレート。
鎧の男は、王宮の壁を突き破って飛んでいった。
「団長。国王を頼みます」
「スイ。気をつけろよ.......」
ギルバートの言葉に返答せず、鎧の男を追った。
国民が逃げ終わり、殺風景となった街中の路上に、着地した鎧の男。
スイもすぐに気体状態で追いつくと、実体化した。
不気味なその風貌を睨み、警戒するスイ。
――いいね。面白い。
頭に直接入ってくるニヤけたような声。
鎧の男は、ゆっくりと、兜を脱いだ。
想像とは裏腹だった。
掻き上げた青い髪が美しい、若く、顔の整った青年だった。
頭部からは、禍々しい角が捻れている。
「良い力だね、小僧」
スイの瞳とは違う、深い海の底知れない青さを含んだ瞳で男は言う。
「確認する。......お前が、魔王か?」
男はニヤリと笑う。
「如何にも。我こそ大海の魔王。サン・ヴァイリア。世を統べる、絶対の魔物の王なり」
「ヴァイリア......」
「君も、水か。我と同じだ」
ヴァイリアは、手元に空気中から水を出現させ、掌の上を泳がせる。
「水はいい。惑いなく透き通って美しい。全てを育む、命の根源だ」
懐かしそうな目で空中で水を転がす。
「お前は、何故人を襲う? なぜ殺す?」
漂う水分が太陽と重なり、プリズムがヴァイリアの顔を照らす。
「お前たちこそ、何故殺し合う? 何故奪い合う?」
光に包まれ神々しく輝く様は、まるで天に愛された原初の人のよう。
神に造られし、完成された作品が生きているようだった。
「お前たちがしていることと同じだ。ただ、我らにはお前たちのように、その理由が必要ないだけ」
スイは異様なその神々しさに戸惑う。
「何故だ...... 一体何を企んでいる! ガーマとどういう関係なんだ!」
「あの小さな巣か? ここに侵入するのが面倒だったから利用しただけだ。関係などない。あやつらも、お前たちも
、我らにとって、至極どうでもいい」
淡々と澄んだ顔で言い放った。
スイは拳を固く握る。
「そのどうでもいい世界を、懸命に日々を生きる者たちがいる。それを奪うことは、誰にも許されることじゃない」
魔力を練り上げ、漂わせる。
「お前が勝手に、壊していい世界じゃないんだ!」
スイは魔力を集中させ、水を眼前に集めると自身の魔力を織り交ぜ、健剛な生き物を生み出す。
「降魔水虎!」
強力な魔力を纏う水で具現化した、神秘を秘める巨大な虎を出現させた。
「ほう。力がグンと上がった。......“繋がっている“のか」
街全体を震わせる程の雄叫びをあげて、ヴァイリアに向かっていく。
「呑みこめ......」
巨大な口でヴァイリアを飲み込む。
口の中では急速に分解が進み、ヴァイリアの身体を溶かしていく。
身体が見えなくなったように思えた瞬間、水虎の頭部から、激流のような水が噴き出す。
吹き出した大量の水は、地上に降りてくると、戸愚呂を巻いて、その場に留まった。
徐々に形成されていく鱗と手足から伸びる凶悪なまでに尖鋭な鉤爪が、形成し、頭部には長い角が伸びていく。
水虎の前に現れたのは、対を成す、幻想的な水の龍だった。
「人間同士ならば、壊して良いのか?」
龍とかしたヴァイリアは低い声で言うと、美しく不気味な眼光をみせる。
水属性同士の大技。
大気が震え、ジメジメとした空間。
スイの中で、湯を沸かす程の思いが、弾る。
一方、凄まじい勢いの炎に包まれた奈緒。
ガルマハウンドとノクトンは、それをみて動きを止めた。
ラミアはまた手をかざし、ノクトンへ向けた。
ガルマハウンドは庇おうと間に入るが間に合わない。
「終わりだ。ライブラよ」
ラミアがそう言った瞬間、燃えていたはずの奈緒が目の前に現れる。
「もう、いい加減にしろ」
避ける暇なく、奈緒の全力が顔面を捉える。
反転は確かに発動していた。
しかし、ラミアの総魔力量を超える奈緒の全力が、反転一度に反転できる限界を超えた。
故に反転は成立せず、ダメージはモロにラミアへ。
堪えきれず、飛ぶように地面を転がっていく。
「何が起きた! あいつは燃えたはず!」
キーナは奈緒が燃えていたはずの場所に視線を向けた。
奈緒を包んでいた炎は、その場で燃え続けていた。
「な! 身代わりか!? それとも......」
転がっていく勢いを、地面を抉りながら静止したラミア。
口と鼻から流れ出る血が激しい。
「ありえん...... この魔法は放出系の魔法ではない。対象に直接発生させるいわばデバフ系統の攻撃魔法だ。防ぐ方法はあるが、火を残して避けることなど、異次元の速さがなければ......」
奈緒を見つめて、勘を働かせる。
「......異次元、か」
ラミアは立ち上がり、奈緒に近づいていく。
「あいつは私がやります! 二人はキーナをお願いします!」
奈緒はそう叫ぶと、ラミアに近づいていく。
ノクトンとガルマハウンドはキーナに向かって構える。
「何よ! 私とやろうっての!?」
寒気がするような唸り声を出してガルマハウンドは近づいていく。
「舐めんじゃないわよ!」
巨大化し、大ぶりな蹴りを仕掛けるキーナ。
二人は当然のようにかわし、ノクトンが木を伸ばして仕掛ける。
足に絡み付けたが、身体を小さくし、するりと抜けると腕だけを巨大化させノクトンを殴りつけた。
ノクトンは拳を受け止め、踏ん張る。
ガルマハウンドは応援に入り、一緒に踏ん張ると、身体を燃やし、キーナにもその火を移した。
火は全身に広がり、瞬く間に炎となった。
「ぎゃあああああああ!......なんてね。一度食らった技の防ぎ方くらいもう思いつくわよ!」
そう言って魔力で身体を薄く包むと徐々にその層を広くしていくことで炎を自身から離していく。
やがて完全に身体から離れると火は消え去った。
「さ、蹂躙の時間よ」
キーナは、巨大化し、拳を振り下ろした。
土煙や轟音を背後に歩き続ける奈緒は、ラミアの声が届く距離まで行くと足を止めた。
ラミアが口を開いた。
「お前は何を望む? この戦いの先に」
奈緒は黙って聞いた。
「平和か、富か名声か」
「もちろん平和よ」
端的に答える。
「そうか」
ラミアは少し上を向いて続ける。
「長い、戦いばかりの人生だった。自由などない鎖国的な国の兵隊として生きてきた中で、不意に思うことがある......」
ラミアは一気に詰め寄り奈緒を殴りつける。
奈緒はガードし、ラミアと組み合う。
「この戦争に終わりなど、存在するのか? お前は現実に、悪夢を感じたことがあるか?」
互いに力を入れ押し合う。
「あるわよ。ずっと、終わりの見えない道を歩いている」
奈緒は現実社会を思い出した。
「でもいつだって、出来ることなんか限られてる」
終わりのない仕事の日々。
永遠にも感じるその時間は、悪夢のように感じたこともあった。
それでも、
「今、目の前のことを精一杯やる。結局それしか、出来ないのよ。私も、アンタもね!」
互いに一発一発が思い攻撃を繰り出し、浴びせていく。
キーナの巨大な拳に対抗し、ノクトンは巨大な木で編み上げた拳をぶつける。
「無駄よ!」
また小さくなり、地上を走って近づくキーナ。
その足元の広範囲の地面が盛り上がり、木で出来た巨大な掌がキーナをすくう。
「何がしたいのよアンタ!」
そう言った途端、その木の手に瞬く間に業火の火が燃え広がる。
ガルマハウンドが、火の魔法をノクトンの魔法に上掛けしていた。
「だから効かないっつうの!」
燃えたぎる掌の上で巨大化したキーナ。
しかしその頭上に、先程打っていた木の拳がまだ迫っていた。
「こ、こんなのどうってこと......」
木の拳にも、業火の火は燃え広がり、炎に包まれた熱拳が、キーナを襲う。
巨大化したキーナは拳を両手で受け止めるが、下からも燃える掌に押しつぶされていく。
「な、何よアンタたち! 」
――こ、これじゃ、小さくなっても逃げ場がない!
急りはすぐに、恐怖へと変わった。
「ひぃいいいいいい! チクショおおおおおおどもおおおおお! ラミア助けてえええええええええ!」
キーナはラミアの方を見る。
奈緒の打撃の猛攻を受けるラミア。
奈緒の、殺したくないと無意識に押さえていた力が、解き放たれる。
今は、やらなきゃいけないんだ。
ラミアの攻撃にも慣れ、ガードと捌きを使いながら、探す。
打ち込める、絶好の隙間を。
「お前の言うとおりだな」
ラミアは奈緒の攻撃の一部を反転し、奈緒に打ち付けて行く。
奈緒も跳ね返ってくる自身の攻撃は流石に効いていたが、とにかく堪えた。
「今はただ、全力で、やり合おうぞ!」
ラミアの高揚。
大きく振りかぶった右のフック。
奈緒はしっかり捉えると、頭上ギリギリをかすめながら避けた。
結果とか、後の事は
もうどうだっていい。
いつもやってたじゃない。
意味なんか分からなくても。
その時の私に出来ることを、
精一杯をやってた。
だからここでもそう
やるべきことは
もうはっきりと、分かってる
「ここで、アンタを倒す! それが私の仕事だ!」」
ラミアの反転限度量を超えた、奈緒の一撃が腹に炸裂。
力を一点に、体内に力が残るようにイメージして打ったボディブローは、ラミアを吹っ飛ばさず、その場に縛りつけた。
血反吐を吐き、ラミアは膝をついた。
「きぇえええええええええええ!」
仏の掌のように、上下から迫る燃える巨大な手によって、キーナは押し潰された。
四つ這いになったラミアは血だらけの口を開く。
「......負けた。負けることの......許されなかった私が」
仰向けになり、空を見る。
ラミアの脳裏をめぐる過去。
残酷な訓練の日々。
ほんの少しのミスで、次々と処刑されていく仲間達。
負けることは死だ。
それが今日訪れた。
だが、それも運命か。
出来ることはやった。
もう十分戦った。
十分殺した。
十分、殺された。
もう、いいよな。
昼に近い、傾いた太陽が見えた。
「っふ。敗北も、案外悪くないものだ」
ラミアは少し笑って言う。
「やっと、終わる。もし、生まれ変わったら、自由な国で、自由に昼寝して生きてみたいものだ......」
「降参?」
奈緒は見下ろして言う。
「あぁ。降参だ。数発くらってこの様だ。どう足掻いても勝てん......」
ノクトンとガルマハウンドもその場に着く。
「この先に国王の秘密のシェルターがある。そこに王はいるはずだ。連れて行け」
「なんで教えるの?」
「もう疲れたのさ」
張り詰めた空気感も、逆らえない上司にも。
報われない、俺たちの仕事、
それを押し付ける、国の偉い奴らにも。
ラミアは途絶えるかける意識の中で言った。
「......あんな国、いっそ滅べばいい」
笑ってそう言ったラミアの意識は、途絶えた。
奈緒はラミアの頸動脈を触れ、安堵の表情を浮べる。
「急ごう!」
その後、シェルターをぶっ壊し、一瞬で王を拉致した奈緒たちは、犬型のガルマハウンドに乗って走った。
道中でノクトンが木で翼を形成すると、羽ばたき、飛び立った。
向かう先はライブラ国。
戦場の血生臭い匂いもあってか、
一行の急りと不安は、やけに喉につっかえた。




