第21話 訓練生、奮闘?②
リタは神妙な面持ちで焔荘エントランスに座っていた。
「ついにこの日が来てしまった.....」
モリーがリタに紅茶を出しに来る。
「どうしたの? そんな真剣な顔して」
リタは前髪で目を隠す。
「ナオが..... 行ってしまった.....」
モリーは頭を真っ白にして聞いた。
「......どこに?」
リタは深く息を吸った。
そして小さく吐き出す。
「......デ、デート」
騒がしかったいつものエントランスは、その一言で一気に静まり返る。
「な、なんですって......」
モリーは雷に打たれたかのような顔をする。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか」
他の訓練生も神妙な顔でゾロゾロとリタの周りに集まる。
「...... かくかくしかじかで......」
リタが話す内情を知った訓練生は、どんよりと空気を重くする。
「そ、そんなバカな」
「もう終わりだ.....」
訓練生はボソボソと呟く。
「あら貴方、リタ派って言ってたじゃない」
モリーが言う。
「いや俺は包容力のあるナオさんに鞍替えしたんだ」
「何? この裏切り者め!」
掴み合いをする訓練生。
「ちくしょう。俺にもワンチャンあると思ってたのに!」
「俺にだってナオは優しかったぞ!」
「さんをつけろよ無礼者!」
――一体何の話をしてるんだこいつら.....
リタは心の中で呟く。
「あぁ、もう終わりだ。ナオさんの愛は世界に平等だと思っていたのに......」
膝から崩れ落ちる訓練生。
「くそぉ。どこの馬の骨ともわからんちゃらんぽらんに、奪われて良いのか!」
「それでいいんすか! リタさん!」
訓練生は必死にリタに言う。
「ア、アタシには...... 分からない......」
顔を横に向けるリタ。
「しっかりしてくれよリタ!」
「そうだよ! 今のナオを止められるのはアンタしかいないのよ!」
謎の鼓舞を始める訓練生。
「......でも確かにそうよね」
モリーは冷静に口を挟んだ。
「そんな安月給で、チャラチャラしてそうな奴に、ナオちゃんが引っかかるかしら......」
モリーは顎に手を当ててじっくり考えて呟く。
「もしかして......
そいつ...... 魔物じゃね?」
訓練生に衝撃が走る。
――いや、違うだろ。
リタはまた心で呟く。
「そうだ。きっとそうだ!」
「そうとしか考えられない!」
――そんなことないだろ。
「あれだ! ワイズ系の魔物だ! 人間に化けて、騙しているんだ!」
「それだ!」
徐々に妄想がヒートアップする訓練生一同。
「よーし! そうとなればナオを助けに行かなきゃな!」
「尾行調査開始だ!」
「お前ら! 30秒で支度しろ!」
「了解!」
任務同様に、一同は真面目な顔で準備を始める。
静かになったエントランスに二人取り残されたモリーとリタ。
「貴方はどうするの?」
「...... いく」
――なんか、気になるし。
リタも立ち上がって歩き出した。
「ナオちゃんモテモテ〜」
モリーは笑顔でみんなを見送った。
メイン広場の大きな噴水の前。
午前10時の柔らかな光は水飛沫に複雑に反射し、小さな虹が橋を描いている。
もー、まだかなー。
奈緒は時計を見て焦る。
――もう30分も過ぎてる。
せっかく早起きして、メイクして今日のための服をリタと合わせてきたのに。
全く。これだから男は。
奈緒はそう思いながら小さなため息をつく。
人が雪崩のように行き交う広場を、じっと見つめて探す。
「おはよう」
後ろから元気な声がした。
奈緒は一瞬びくついたが、平静を装おう。
「おはよう。今何時でしょう?」
少し頬を膨らませて振り返る。
いつも通りハツラツとした爽やか笑顔でアンセルが言った。
「早過ぎたかな?」
「遅すぎだよ」
「ごめんごめん。なんか遅くなっちゃった」
「なによそれー。もうこないのかと思ったよ」
ちょっと下を向く奈緒。
「そんなわけないだろ。早速だけど、いこっか」
方向を指差してアンセルは言う。
「う、うん。でもどこいくの?」
「ちょっとね。歩くの平気?」
「勿論」
二人は並んで歩き出した。
その人混みの奥から、怪しげな影は二つ。四つの目玉がギロリと動く。
「こちらポイントA。目標、ヒトマルマルマル。ポイントA通過。噴水広場を抜けて西に移動中」
「了解。ポイントB確認。目標の追跡を開始」
「ポイントA 先回りして緊急事態に備える」
音声魔法で連絡が取れる小型の水晶を使い、訓練生は奈緒とアンセルの動向を追っていた。
ポイントBにいるリタ。双眼鏡で奈緒の様子を窺う。
――なんだかちょっと不安そうな顔だ。
「ほー。確かに顔は悪くないわね。でもステータスが弱いのね〜」
そうリタの隣りにいたのは、変装したモリーだった。
「モ、モリーさん。何故ここに。」
リタは少し引いて聞く。
「なんか面白そうじゃん」
ルンルンでモリーは言う。
「受付業はどうしたんですか?」
「午後休とってきた!」
「......まだ午前だが......」
顔に縦線を入れてリタは言う。
「さ! 動くわよ!」
――なんか、これっていいのかなぁ。
半信半疑。とりあえずリタは奈緒を双眼鏡で追った。
メイン広場を過ぎ喧騒を抜けて、綺麗な野原を歩いて行った。
「お腹減ってない? なんか食べた?」
アンセルは優しい声で聞く。
「うん。食べてきたよ」
「そっか。それならそのまま行こう」
アンセルはニッコリとして前を向く。
「どこにいくの?」
「まぁまぁ、見ててよ」
――意外とリードするタイプなのかな。
ふーん、良いでしょう。乗ってあげよう。
奈緒は自然と悪戯な笑顔になった。
「この辺綺麗だろ? なんか開放感あって好きなんだ」
「うん! 地平線がなんか壮大だね」
「昔はさ、こんなところアホみたいに走り回るだけでも楽しかったなぁ」
「そうね、なんか貴方は想像つくかも」
「おいどう言う意味だよ」
少し笑い合って話していると大きな崖が見えてきた。
そしてその上方から、唸るように落下する大量の水が見えた。
「わーすごい迫力!」
自然のままの美しく澄んだ水が、蒸気のように周囲に舞って肌に張り付く。
湖の面を叩きつける、100メートル以上の高さから落ちる激流は、厳しい悠久の大地の音色を立体に奏でる。
「カーリーの滝って言うんだ。大昔にここに住んでた慈悲深い女性が流した涙が、滝となって地面を割り生命を育んだ」
「そりゃ感動するわけね。なんかパワー感じるよね!」
奈緒はその巨大な自然の働きを、目をまん丸にして見る。
「......と言われている気がするぜ」
アンセルはボーッと滝を見つめる。
「気がする? 気がするだけ?」
奈緒は意表をつかれ不意に突っ込む。
「よし。そこに立ってて」
「え?」
「そりゃ!」
アンセルは透明なガラスのボールのようなものを奈緒の足元に投げた。
するとボールは一瞬で大きく膨らみ、奈緒をその縁の中に入れた。
アンセルも自分に投げて球体の中に入ると、奈緒がいる球体と繋げて、大きな球の中に二人は入った。
「びっくりした何よこれ! ボール? あれ、意外と硬い!」
透明な壁を触って言う。
「バブル魔法、スイムバンパー。 2セットで6700マニーだぜ」
「値段いうな!」
二人はそれを転がしながら、湖の水面に出て浮かんだ。
今度は魔法の操縦桿のようなものが、下から伸びてくると、アンセルはそれを触った。
すると球体は水中へゆっくり沈んでいく。
「きゃー! 凄い! ちょっと怖いかも......」
奈緒は揺れてアンセルにしがみつく。
「大丈夫? 捕まっててよ」
そういうとグーンと暫く沈んで行った。
湖の底までつくと、あらゆるカラフルな魚がゆっくり泳いでいた。
海藻も綺麗な模様のものから、不気味なものまで幅広くあった。
それらは微妙に光を放っていて、まるで光の道標のように並んでいた。
「綺麗...... 動く水族館みたい......」
少し進むと大きな洞窟が見えた。
その洞窟に入ると真っ暗になり、何も見えなくなった。
「何も見えない。うう。なんか怖いー。アンセルいるよね? これ捕まってるの貴方だよね?」
「ああ大丈夫。ちゃんといるよ」
アンセルはポケットから何かを取り出した。
「いい? しっかり目を開いててね」
アンセルはそれの音を鳴らした。
1回、2回、3回丁寧に鈴のような音を鳴らす。
すると近くに一点、光がぼんやりと見えた。
それは瞬く間に数を増やしていき、目の前に遥か向こうまで続く光の道を広げていく。
奈緒は息を呑んで見入った。
もう先が見えないほど遠いところまで光が広がったとき、そこを中心に縦横無尽に光は散乱。
そしてそれは、掴みようもなく揺れ動く、王国をそこに築いた。
光の集合の度合いによって街や、道、建物に見えるものを形成し、まさに、光の世界が、足元に広がっていた。
「シーメドューサ。音に反応して発光するんだって」
「なん、...... なんか言葉に、出来ない」
奈緒は眼前一杯に広がる光の世界に、もはや懐かしいさを感じていた。
光は電球色から、濃い黄色、オレンジ、赤......と次々に色を変えていく。しかし原色というほど硬い色合いではなく、どれも目に優しい、鮮やかなカラフルを、波がうねるようにグレデーションに切り替えていく。
その世界にたった二人。
二人だけの王国が、そこにあるようだった。
「こいつらは、一度出会ったオスとメスは生涯、離れない」
「......素敵ね」
奈緒はアンセルの腕に頭を寄せる。
「......だったらいいのになぁ......」
「また嘘ー? もー。なあに? ここはいつも使うデートスポットなの?」
奈緒は微笑んで言う。
「いーや、来たの初めてだよ。上手くいってよかったー」
アンセルの肩の力が少し抜けた。
「どうやってこんなの見つけたの?」
「調べたんだよ。穴場って。そしたらスイムバンパーでここに来るのがいいって書いてあってさ。......実を言うとスイムバンパーの予約買取いくのに時間かかってさ。それで遅れたんだよね。ごめん」
アンセルは照れくさそうに頭をかいて言う。
――ちゃんと調べてくれてたんだ。優しい。
奈緒は頬を赤らめて、アンセルの横顔を見つめた。
まぁ、遅刻の件は、不問としよう。
暫くそのまま、二人だけの光の世界を眺めていた。
一方......
「ポイントH。目標、湖の中で姿確認できず。目標追跡不可」
「奴め...... 尾行に気づいたのか? こんなわけのわからないことするなんて、死角でナオを襲う気なんじゃ......」
「しかしもう追いかける手段が.......」
行き詰まる訓練生ポイントH。
その時、一本の連絡が入る。
「こちらポイントI! 今から水中探索を開始! 必ず見つけ、ナオ奪還を成功させる!」
水魔法で水中での呼吸ができる訓練生が必死の抵抗を見せる。
「こちらポイントH 今すぐ撤退せよ! 単体では危険すぎる! 繰り返す! 撤退せよ!」
ポイントIの兵士は、水中をグイグイ進んでいく。
辺りを見渡し暫く捜索すると、怪しげな大きい球体を発見。
近づくと奈緒とアンセルの姿を、その球体の中に見つける。
「こちらポイントI! 目標を発見! 現在怪しげな球体の中でふた.......」
訓練生は目の前の光景に衝撃を受ける。
ナオがアンセルの腕を抱きつき、肩に頭を寄せていた。
「ば、バカな! そんな! ぐあぁ! ゴホッっ!」
驚き過ぎて魔力の集中を切らし水を呑んで溺れてしまった。
その際に水晶を湖底に落としてしまう。
「こちらポイントH! どうした! 何があった! おい! 無事か!」
「くそ! やられた! だがこれで間違いない、奴はただ者じゃないぞ!」
水晶上でのやり取りを聞きながら、双眼鏡で奈緒たちとポイントIが浮上するのを見つけるリタとモリー。
その表情は無に近い。
奈緒たちが去った後、その訓練生に話を聞いたリタと訓練生一同。
「くそ、俺には何も出来なかった。あれはまさに、絶望だった......頼む。ナオさんを......守ってくれ......」
そう言い残し、死んだように気絶したポイントI。
「ポイントあいーーーーーーーー!」
空へと続く巨大な滝を登るように、その声は響いていった。
リタはもはや恥ずかしくなり、目を細めて距離を取った。
メラメラと燃え上がる闘志。
訓練生の意思は今、一つになる。
訓練生一同、奮闘回。次回へ続く!




