第18話 恋の支度
休日。
よそ行きの格好で寮を出た二人はメイン広場にいた。
出店から屋台料理の食欲をそそる匂いと煙が、幾つも立ち上っている。
活気ある人々で賑わう商店街。人の隙間を縫って練り歩いていく。
「デートにいくなら、いろいろと買い揃えたほうがいい」
腕を組んだままリタは言う。
「そうだけど、アナタそういうの詳しいの?」
後ろに手を組んだまま興味津々に辺りを見渡す。
「舐めるな。これでも昔は由緒ある家の出なんだ。姉上の着付けを手伝ったものだ。それに、」
悪戯に微笑んでリタは言った。
「良い店を知ってる」
盛況なメイン広場を数十分歩くと、とある店に着く。
「まずはここだな」
ペンキをぶちまけたような看板の文字を見る。
「アントス?」
リタが慣れた動きで扉を開けると、雑貨が盛りだくさんに棚に飾られた店だった。
「あらリタちゃん! いらっしゃい! またトリートメント?」
金髪に青髭の生えた細身の店員が陽気に話しかける。
「いや、今日はこっちを頼む」
「あらー。なんだかやりがいのありそうな別嬪さんねー!」
「ど、どうもー......」
――美容室だ。
男? 女? 分からない......
とにかく派手な服装と化粧をした店主がやっているらしい。
雑貨が一杯だ。なんか怖いーー。
「こっちに座って〜」
奈緒は雑に背中を押されて、カラフルなセットチェアに座る。
鏡ごしにじっと見つめられる。
耳のそばに顔が近づき、鼻息が髪の毛を揺らす。
「アンタ......美人ねー。リタちゃんと張るんじゃなーい? 何この二人〜、きどっちゃってムカつくーーーーー! ムキーーーー!」
体の周りの炎を纏って店員は叫んだ。
えぇー。なんかキレてる.......
「マルさん、早く頼む。次もあるんだ」
リタが雑貨で遊びながら言う。
「分かったよーうっさいわねー。でもそんなところも可愛いわーーー! アンタも可愛くしてあげるからねー?」
満面の笑みでマルさんは言った。
情緒どうなんってんのこの人!
「どんな感じにするのー?」
「えーっと......」
――私あんまり自分で選んだことないからなー。
仕事で邪魔にならないように、結びやすいくらいに。
「日々の訓練で痛んでるから、そのケアと全体的に整えてもらいな」
「じゃあ、それで」
「はいよー」
黄金のハサミと櫛を取り出し、魔力を込める。
「いくわよーーー!」
「怖いーー! なんかずっと怖いですーー!」
カットは一瞬で終わった。
終わった瞬間からすぐにわかる、明らかな頭の軽さ。
少し頭を動かすだけで、サラサラと流れる異次元の髪質。
「なにこれ。こんなの初めて。凄い......」
――自分の髪じゃないみたい。軽すぎて丸坊主にされたのかと思った。
「ちょっとボリューム落として小顔効果抜群ね。匂いも良いし、振り向いただけで男子はトキメキでイチコロよ!」
自慢げに言い放つマルさんが、凄まじく格好良く見えた。
「可愛い.......ありがとうございます!」
深々と頭を下げた。
「ライブラ王国一の隠れ美容室、アントス。またのご利用、お待ちしておりまぁす!」
「よし。次は洋服でも買うか」
「うん! 次行こ次!」
奈緒はテンションが爆上がっていた。
リタも自分のことのように楽しそうに笑った。
また別の店に着くと、リタと顔馴染みであろうチャラそうな男の店員が話しかけてきた。
「いらっしゃせー? 夏服買ったー?」
「買ってない」
リタはそっけなく言う。
「そうだよねー。買ってないよね。でももう時期暑くなるからさ、先取りして買ってく方がお得だし、掘り出し物見つかったりすんだよねー」
「どちらかというとまだ寒い日もある」
またリタは淡々と言う。
「そうだよねー。ま、最近確かに寒い日は続いてて〜まだ長袖のトップスある方がいいよね〜。これとかだったら〜流行りの透け感もでるし〜」
「だが今そんなもの買っても暑くなるだろう」
「そうだよね〜。もう時期暑くなるよね〜やっぱ先取りする方がお得だし、掘り出し物見つかったりするんだよね〜」
――パラドクス。
アパレル店員のパラドクス起きてんだけど。
「......でもやっぱ寒いよね〜。まだ長袖のトップスある方がいい......」
――いつまで繰り返すのこれ。
つかなんでリタも平然と付き合ってるわけ?
店員は服を持ってくると奈緒に向けた。
「これとかどうっすか」
――いきなりですか!
「君はちょっと顔が童顔だからー、暗めの服着てクールさ出してもギャップで良いと思うんだよねー。性格は明るいでしょ? だから逆をいくとファッションに幅が出るよー」
――内容は的を得ている......すごく参考になる。
「良いじゃないかそれ」
「うーん。確かに......」
暗めのトロミ感のあるキャミソール、シュッとした黒のパンツ。
大人っぽくて可愛いー。
こんなの現実世界じゃ着たことなかったな。
「でも似合うかなー」
「アタシと同じくらいのスタイルだから多分似合うぞ」
「ご試着どうぞ〜」
「は、はーい」
試着室で着替えて鏡を見てみた。
わー。私じゃないみ......
カーテンが勝手に開く。
「どうっすかー」
「うわびっくりしたー!」
――開けるな勝手に!
「これ羽織ってくださーい」
――勝手に持ってくんな!
「ほら似合うじゃないかー」
リタは奈緒の腰や肩を触りながら言う
「うん。じゃあ、買います」
確かに可愛すぎた。
「あざぁっす。レジにどうぞ〜」
店を後にした二人はその後もアクセサリーや、生活用品を買い漁っていった。
「ちょっと疲れたね。休憩しよ!」
出店のカフェで一息ついた二人。
隣の席には紙袋が幾つも並んだ。
「満足だな」
「え?」
「買い物って、ちょっとスッキリするだろう?」
コーヒーをストローで一口飲んでリタは言う。
「アンタそんな趣味あったのね」
「戦いばかりだった私の唯一の楽しみは、一人で好きな物買いまくることだったのさ」
「そうだったんだ」
奈緒も微笑んでラテを飲んだ。
「ねぇ、まだ私お金ないから気にするなって言ってくれたけど、服とかカット代いくらしたの?」
「服が全部で7万マニー。カットが2万だな」
「高すぎ....... これは返すわね」
顔が青ざめた奈緒。
「あぁ、来月返してくれ」
無表情で言い返すリタ。
風が心地よいテラスの席から、街の喧騒や噴水のせせらぎが聞こえる。
小鳥が噴水の淵に集まっているのを見ながら奈緒は不意に問いかけた。
「リタはさ、好きな人とか良い人いないの?」
「っふ。いるわけないだろう」
「スイ副団長は?」
奈緒は平然と聞く。
「ムホッ! あれは好きとか、そういうのじゃない」
リタはムセながら言った。
「昔の話さ。故郷が魔物に襲われて、アタシも死にかけてた。その時、魔物を撃退してくれたのが、まだ新人だったスイ副団長だった」
「そうだったのね」
「その後ろ姿がカッコ良くて。身体は小さいのに、その身に有り余る魔力で、次々と強力な魔物を捩じ伏せて行った」
リタの目が輝いた。
「今になって思えば、あの時、アタシは勇気をもらったんだ。ちっぽけな人間でも、努力すればそうなれるって」
「かっこいいねやっぱり」
「そうしてアタシも鍛え続けた結果、強くなりすぎて孤独になったってわけ」
リタはおどけて言った。
奈緒は優しく微笑んだ。
「そして、憧れの人の隣まで辿り着いた」
「ああ。アンタのおかげさ」
「そんなことないよ。私はただ勝手にブチ切れてただけ」
ストローを加えて遊ぶ奈緒。
「派手にやったものだ本当。でもあそこまでやったお陰で、ネイバーに入りできた」
「ほんとヤバかったよねあれ」
二人は笑い合った。
「最近は――、」
リタはコーヒーに映る自分の優しい顔を見ながら言った。
「ん?」
「最近はほんと、今までの時間が嘘だったように、明るくて、充実してる、ように思うんだ」
「そっか」
「買い物だって、今日が一番楽しかった。やっぱ誰かと一緒に何かをするのは、良いものだ」
リタの心底からの咲くような笑顔。
奈緒は初めてそれを見た気がした。
ああ、やっとこの子は.......
「しかし......それもきっともう終わるんだ......」
リタは急激に声を小さくする。
「え、なんでよ」
「だってアンタは、あの安月給男の物に......」
「何よ物って......」
奈緒は呟く
「あぁー儚い青春だったー」
リタは背もたれに項垂れる。
「大袈裟ね〜アンタも。そんなことにはならないって! まだ付き合ってもないのよ? どんな人か知るための時間!」
「良い人だったら?」
「それはー、分からない」
「うわぁ...... もうダメだ......」
ズーンと沈み込むリタ。
「何なのよアンタ」
奈緒は少し笑う。
ラテを飲み干して、強めにテーブルに置く。
「次はアンタの買い物に付き合う。アンタの長い髪をアントスでバッサリ切って、あのアパレル店員と私が永遠のパラドクスを見せる。奢ってあげる」
「絶対よ?」
リタは暗いトーンで言う。
「絶対!」
「なら、よい」
「さ、次行こ! 次はどこいくの?」
「アタシが一番好きなお菓子屋に連れていってあげよう」
「やったー! 甘い物大好きー」
街を流れる人混みの中、二人の姿は見えなくなる。
確かに感じていた生活の充実。
今の二人は思いもしない。
この全てが、壊れ去ることなど。




