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賞与ゼロの万年事務員、異世界ボーナス無双  作者: 海月 恒


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第17話  同僚のツトメ



氷がグラスで弾ける音が耳をくすぐる。


透き通ったお酒の水面には、電球色の照明が反射して揺れていた。


黒金の二人が御用達の居酒屋、ジュアは今日も落ち着いた雰囲気で営業中だ。


カウンターに座る二人の前でアンセルは今日も意気揚々と働く。



「それでね、訓練生みんなとやーっと打ち解けて、仲良くなって、居心地が良くなったのよ」


奈緒はほろ酔いでアンセルに話す。



「アタシは......まだそこまで居心地良いわけじゃないぞ......」



「まぁ、リタさんの話聞いてると、簡単には心許せないよね」


アンセルが替えのおしぼりを持ってきて言った。


「でもリタこの間、腕相撲大会で全員をボコボコにしてみんなで祝杯上げてたじゃない。うぇーーいって」



「あ、あれはなんかそういう、な、流れだった。だけだ」


照れ臭そうにリタは酒を口に運んだ。


「アンタがちょっとでも楽に過ごせてるなら、私は嬉しくてたまらないのよ」



奈緒はリタの肩に手を置いて言った。



「ナオ、アンタ段々酒弱くなってきてないか?」



「違うよ。単に量が増えてんの。みてよこれ」



アンセルがカウンターの下から、空のボトルを3本見せた。


「はぁー? これ誰が払うのよ。てかアタシがくるまでの30分程度で、こんだけ空けてんの?」



「奢ってよーー」


「嫌よ。つか今度奢るってアンタが言ってたじゃない」


「こんなにアンタの為と思っていろいろやってんのにー?」


「それとこれとは別だ」



「ナオちゃん、最近はお酒が美味しくてたまらないってさ。水みたいに飲んでた」



「全く......」

リタは少し微笑みながら腕を組む。



奈緒はシュッと真っ直ぐ姿勢を正すと、真面目な顔をして言った。





「私、給料いくらくらいなんだろう。全然話聞かずに就職しちゃった」





――急に?

アンセルは内心思う。


「なんだ。聞いてないのか。まぁ訓練生としては普通だろ」



「普通っていくら!?」


「そこまでぶっちゃけるか? こんな場で?」


「いいから言いなさい!」



「アタシも要綱でみたくらいだからな。うろ覚えだが、基本が22。でも黒金ランクの手当てがついて、25、6くらいかな。訓練期間が終わればまた上がるし、アタシたち、ネイバーの応援もいくから、今月結構入るかもな」



「うわ、めっちゃリアル...... 一気に現実戻ってきたー。異世界でも人生甘くねー」



「いきなりどうした......」



「なんかもっとパァーッと手柄立てて、魔物売って、どこぞの物語みたいに名誉もお金も稼ぎまくってーって訳にはいかないか」



背もたれに持たれかかる奈緒。



「そりゃそうだ。ブレイブじゃないんだし」



「ブレイブ? 何それ」



「ギルド所属の勇者だ。クエスト受けて、依頼こなしてそれに見合った報酬を貰う。いわゆる冒険者だな。そうやって生計立ててる奴らをブレイブって呼ぶんだ」



「へぇー。なんか自由そうね」


「だがその分みっちり働かないと、給料は安いぞ?」


「自営業、ぽい奴か」



奈緒は一口エールを飲み、少し考える。




「やっぱりお金を稼ぐって、何をするにしても楽じゃないよね」




「まぁ、そうだな」

リタも真面目な顔をする。



「まぁお二人さんはまだ良い方だってー」



アンセルは料理を持ってきて陽気に話しかける。




「俺なんて月給13だぜー?」

自信満々に言った。



「安!」

二人は口を揃えた。



――流石にそれは焦らないか?

リタはムセながら思う。



「転職しろ!」

奈緒はアンセルを指さして言う。




「あーなんかいい仕事ねーかなー」



「巨万とあるわ!」

奈緒はツッコミを堪えきれない。



「でもやっぱこの仕事やめられねーんだよなぁ」



「よほど好きなんだなここが。確かに良い店だが」

リタは微笑んでアンセルをみる。



「給料さえもうちょっと上がればねー、良いと思うんだけどなぁ」

奈緒はグラスの縁をなぞりながら言う。



「そうだよなぁ。でも正直、あんまり気にしてないんだよ」



「そうなの?」




「だって別に、お金だけが人生じゃないだろ? やりたいことやる方がいいさ。お金のためにやりたくないことやる方が、勿体無い気がしてさ」



奈緒はハッとしてアンセルを見つめて問う。



「勿体無いないって、何が?」



「時間だよ。限りある人生、楽しいと思うことやった方が、絶対良い」



アンセルは笑顔で言った。


その笑顔に奈緒は引き込まれるような何かを感じた。




――その通りだ。


全くもってその通り。


でも、いつのまにか見失って、仕事が優先になる。


日本人の良いところと悪いところ。




楽しいと思うこと。か。





「......限りある人生、だよね」



自分らしく生きる道。



この人はきっと、それを見失わないんだ。




アンセルの顔から目が離れなかった。




「はぁーでもこんなこと言ってるから、ずっと彼女どころか、デートすら行けないんだよな」


アンセルは後ろの棚からワイングラスをとりながら言う。


その後ろ姿を奈緒は目で追う。



猛烈な心の空白と、虚無感が奈緒を襲った。



きっと、チャンスなんか、もうこない。




心臓の鼓動を速めた。




「じゃ、じゃあ」





少し言葉に詰まりながら、




「私が、行ってあげよっか?」




悪戯な表情で言い放った。





少しの間沈黙が続く。



「え」



腹の底から無意識に低い声を出したのはリタだった。







翌日の訓練中。


二人の会話は尽きなかった。



「アンタ本当にデ、デートに行くつもり?」


組手をしながら二人は話す。


「思い切って言っちゃったー。でも確かに、もうちょっと色々話してみたいなーとか」


ナオのパンチを捌くリタ。


「アタシ達は兵士よ? そんな、か、彼氏とか、付き合うとかそんなの絶対無い方が......」



「えー。そんなの理不尽だよ。私の世界では兵隊さんでも結婚とかしてるもんだよ」



「け、結婚!?」

リタは頬を赤らめて奈緒にハイキックを浴びせる。


奈緒は右腕で防ぐ。


「あの安月給男と結婚するのか!?」



「大袈裟だよ! デートするだけ! まずは」


奈緒も左フックを放ったが、しゃがんでかわすリタ。



「まずは!? じゃあゆくゆくは......」



リタはスピンしながら回し蹴りをミドルに向ける。


「だからそれは分からないって!」


またガードする奈緒。



「け、けけけ結婚したら......おお女みたいに、あんなことやこんなことを.......子供作って、家事をして、料理をして、母上のような......」


攻撃の手が緩んでいくリタ。



「考えすぎだよ。まだそんなことにはならない」



「まだ!?」



リタは焦りを感じ、再び攻撃を始めた。


「や、やめた方がいいじゃないかな!? あいつ給料安いし、アタシ達の仕事上、遠征とか多いし、一緒にいられないし、ほら、いつ死ぬかも分からないだろ!?」



「私ちょー強いから多分死なないっしょ」


奈緒の前蹴りをリタはガードして下がる。



「だが......」



「もし何かあっても、アンタが守ってくれるでしょ?」



リタは何も言わずに、頬を赤らめる。



「さ、休憩いこ! 昼ごはん何かなー?」



走っていく奈緒の背中をリタは眺める。



その距離が離れる程、リタは謎の痛みに駆られた。




奈緒との日常が頭をよぎった。




ジュアで笑い合った時も。


訓練後のマッサージも。


一緒に入るお風呂も。



いつのまにか。すっかりアタシの......





もしナオがアンセルと付き合ったら、


アタシはこれから、誰と一緒に......






名前を呼ぶ奈緒の笑顔を、寂しそうな目で見つめた。



真上から差し込む太陽の光は、雲の隙間を抜けてスポットライトのように奈緒を照らした。





    “アンタが守ってくれるんでしょ”




しかしこの言葉も心の内で眩しく反射していた。




リタは少し考えると、走って奈緒に追いつき背を叩いた。





「仕方ない。じゃあデートの準備しないとな!」




「お! 手伝ってくれる?」




そう――仕方ないさ。




きっとこれも、同僚のツトメだ。


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