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賞与ゼロの万年事務員、異世界ボーナス無双  作者: 海月 恒


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第15話 戦いの後は


戦いは終わり、一行は帰路に着く。


その足取りは重く、兵士たちの表情には疲労が伺える。



奈緒の顔も、暗く沈んでいた。




――魔物の攻撃によって負傷した兵士は少なくなかった。



幸い死者はいなかったし、1万対50の戦いだと考えれば、



普通に考えれば、ほとんど奇跡。



でもその場の雰囲気は深く沈んでいた。



何より、自分のミスも、自分でもわかっていた。





ゴブリンエンペラーが棍棒を投げる前に仕留めていれば。


私の攻撃の風圧で、陣形が乱れていなければ。



もっと戦況を有利に出来たかもしれない。



怪我人すら出なかったかもしれない。






そんな自分の思いと、周囲に漂う重い空気は、悔しいけれど同じ方向を向いているように思えた





陽が落ちる前に野営の準備を始める


テントを貼り、食事の支度をする。


険悪な風が漂う。


今にもお互いに失敗を責め合いそうな。


しかし誰も口を開かなかった。



居心地が悪いし、一人になりたくて野営地から離れた。


暗い森の中、月明かりがスポットライトのように刺しこむ。


切り株に座って、一息ついた。





「疲れた......」


奈緒は体操座りで顔を伏せる。



「もうご飯は食べたのかい?」



透き通るような声が聞こえた。


顔を上げると、そこにはスイが一人立っていた。


奈緒はすぐに立ち上がった。


スイは木にもたれかかると、欠伸をして続けた。



「そんなに畏まらないでいいよ。どうだった? 初めての戦場は? 怖かった?」



「はい!...... 緊張、しました」



スイは微笑んで話す。



「どう振り返る? 自分の行動は」



「いや、もっと上手くやれたなと.......。私が陣形を壊さなければ、スイさんが言った通り、より“安全”に戦えたのかなって」




「そうだね。確かに、戦略は、戦力を覆す重要な鍵だ。作戦を成功させて初めてそれらは機能する。作戦を活かす攻撃方法を考えること。そこは今後の君の課題にしようか」



「はい!」



「でもね、ケンタウロスに壁を破壊された時点でもう作戦は崩壊しつつあった。棍棒だって、タンク隊かスピード隊が飛び出て勢いを相殺出来たかもしれない。決して君一人がどうのこうのって問題じゃ無い。それが分かっているから誰も口を開かないんだ」



奈緒は視線を落とした。



「僕は開戦する前、戦いを安全に終息させてっていったね」



スイはマグカップを取り出して言う。



「でも気づいて欲しかったのは、戦場にそんなもの無いってことなんだ」



スイがそのマグカップに手を添えると、水は溢れるように出てきた。




「君や僕がどんなに強くても。どんなに完璧な戦略をもってしても。どんな結末になるかは誰にもわからない。運命は......理想を壊す為に、ずっと僕らを見張っている。それが戦場」


悲しそうな目でスイは話す。



「だからこそ、考え続ける」



スイは水の入ったマグカップを奈緒に差し出した。



「目的の為に、今自分が何をすべきか。大丈夫。君はそれをきっと分かっている」



奈緒がマグカップを受け取ると、スイは去って行った。



「次は僕らの、“本物の戦場”をみせてあげる。リタにもそう伝えておいてね」



微笑みを浮かべて、スイは去り際にそう言い残した。




奈緒は下瞼に涙溜めて、受け取ったマグカップに入った水を飲んだ。









一夜明けて、日が登る前からまた行進をはじめると、割りかしすぐ王都が見えてきた。



「やっとついたな」


「長かったー」


他の兵士たちも表情や口調を軽くしていく。






城門を越えて、いくつかの区画を抜けて焔荘についた二人。



部屋に入るとソファーに二人は崩れるように倒れた。





「長かったああああああああああああ」



「流石のアタシでもなんかしんどかったぞ......」



そのまま、スヤスヤと眠ってしまった。










8時間後。


奈緒はムクっと急に起き上がった。


寝癖が立ち、浮腫んだ顔で、夕暮れの日差しを見る。



リタはまだ静かな呼吸で眠っていて、奈緒はそれをみて少し安心する。



「お風呂入ってこよー」


奈緒はいつも通りの入浴ルーティンをこなし、部屋着に着替えて、リタが起きるのを待ったが、一向に目覚めない。



――暇だ。


あー誰かと話したいーーー!。


でもリタにかまって攻撃したら怒りそうだしなぁ。




一人で出歩くか。街のこと何も知らないけど。



あ。そうだ。




奈緒はよそ行きの服に着替えると寮を出てメイン広場に向かった。



唯一知っている店。ジュア。



恐る恐るドアを明けると、いつも通りの落ち着いた雰囲気で、客も少なかった。



「いらっしゃい! あ、リタちゃんの」


前もいた活気のあるウェイターが話しかけてきた。


「ええ。一人なんだけど、入れますか?」



「もちろん。どうぞ」


自然な笑顔でカウンターに案内された。



「何にしますか?」



「えっと、エール? と......」


「この間の小鉢、一通りもってきましょうか?」



「え、ええ。お願い。すごいね、覚えてるの?」



「もちろんさ」



るんるんで厨房にいくウェイターは、すぐに戻ってきた。


「はいエールね」


「ありがとう」


奈緒は一口飲むと、一気に体の重みが薄れていくのを感じた。



「美味しい......」



「どうしたの? なんか元気ないね」


ウェイターは皿を拭きながら話しかけてくる。



「えぇ。わかっちゃいます? ちょっと、仕事で失敗しちゃって......」



「そっか。落ち込んでるんだね」



「うん。私いつもはさ、あんまり仕事のこと引きずらないようにしてるんだ。休みの日も気持ちが沈んでたらもったいないもんね。でも、今回は命がかかってたというか、考えなくちゃいけないことだなって思って」



スイさんの言葉は、思っているより心に響いていた。


戦場を生き抜いてきた人の言う“安全”


それを求められる戦闘のプロの最上級。




「私やっていけるのかな...... 正直...... 荷が重いかも......」



エールは思うより進まなかった。



「君は新聞にも載ってたし、強いんでしょ?」



「そうだけど...... でも初心者だし。出来るわけないっていうか、まだ怖いし.......」




「君はそれをやりたいと思ってるの?」



ウェイターは淡々と聞く。



奈緒は少し黙って考えた。



この力を役に立てたい。

その思いは本当だ。でも――



「やりたいことかは、あんまりわからない。でも、うん。強くなりたい。自分の価値を、証明したい」



「そっか。立派だね」


微笑んで言う。



「あなたは? なんでここで働いてるの? やりたいことやれてる?」



「ああ、やりたいことやってるよ!」



自信満々にそう言う。



奈緒は驚いた。

「それすごいね。そんなに好きなの? この仕事」



「美味しい料理運んで、君みたいな美人と話して、いい仕事だよ」



「何よそれ。お客さんみんなにそう言ってるんでしょ?」



「いーや、アリアと、マルコと、ダイナ、カナリア、タミル、リタだけだよ」



「結構いるじゃない」

奈緒は少し吹き出して笑った。



「なんか腑に落ちないわね。んーー、めちゃくちゃ給料がいいとか?」



「給料はねー、まぁ普通かな。俺バイトだし」




奈緒はエールを喉に詰まらせる。



「ゴホッ! あなたバイトなの!? バイトでそんな自分の店感だしてんの」

奈緒は口を押さえて笑った。




「バイトだぜー? この道8年のバイトだぜ?」



また自信満々にグラスと布巾を器用に振り回してテーブルにセットする。


そして小鉢をササっと奈緒に提供した。



「なんでそんな余裕なのよ。もういい年なんじゃないの? 手に職つけないと」



「そうだなぁ。今年で俺も32かー。いやーやばいっすよねー」

笑って軽くウェイターは答える。



「結婚は? してるの?」



「いーや? してない」



「願望は?」



「あるよ」



「彼女は?」



「いない」



「欲しいの?」



「うん」



「転職する気は?」



「ない」




「何考えてんのよあんた」

奈緒はフォークでピーバードの炭火焼きを刺す。



「バイトじゃあ彼女出来ないでしょー」




「だってこの仕事楽しいもんなぁ」



「そう思えるのは本当にすごいけどさ......」


奈緒はエールをグイッとのみ、ウェイターの顔をまじまじとみた。



「見た目は悪くないし、身長も高いし。仕事だけど安定すればよさそうだけど。あ、貯金は? 女は金に弱いわよ」



「貯金かー。まぁ貯金はすごいっすよ俺」




ウェイターは満面に笑みを浮かべる。





       

        「ぜんっぜん無い!

    あっはっはっはっはっはっはっはっは!」





ウェイターは大笑いして答えた。


奈緒はあっけに取られていたが、段々と可笑しくなって一緒に大笑いした。




「あなたみてると自分マシに思えてきたよ。面白い」



お腹を抱えて奈緒は笑った。



ウェイターはそんな奈緒をみて微笑んだ。



「な? 君の失敗なんか屁でもないさ。俺をみろよ。何もねぇよ」



またウェイターは大笑いして言った。


奈緒も釣られてまた大笑いした



「はー。なんか元気出たよ。ここにきて良かった」



奈緒はエールをウェイターに差し出した。




「私は奈緒。あなたは?」



「俺はアンセル。アンセル・マクガーデン」


二人は乾杯をして、たわいもない会話をしながら、肴を片手に長い夜を過ごした。


遠征での思い出も、自身の課題も。

この瞬間はただ、ほろ酔いの淡い時間に、確かに溶けていった。










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