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賞与ゼロの万年事務員、異世界ボーナス無双  作者: 海月 恒


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第14話   拳無双



カイヤ渓谷。

黄土色の土は乾き、巨大な川が流れていたであろう谷はいくつもの地層を表面に描いていた。



早朝の静けさの中、鎧や剣が擦れる音は鼓膜にやけに響く。



「揃ったか! 作戦概要を伝える!」



ライカは、整列した衛兵の前で叫ぶ。


全体に行き渡る芯のある声が、緊張感を走らせる。



「今より1時間後、この渓谷に魔物の大群が押し寄せる! 調査隊からの知らせによれば、その数、約一万以上! 中には、Aランク以上の魔物も織り混ざっていると聞く!」



兵士達は動揺を隠せず、ざわつき始める。



「騒ぐな!」



ライカの声は、また全員の視線を集める。


「作戦を伝える! 2番隊の魔法部隊は、最後尾でライトニングホールを展開! 直進してくる大群に対して、タンク部隊は、ホールへガイド陣形で誘導しろ! スピード部隊は、取りこぼしを叩け!」



兵士達にに冷静さと明るさが戻る。



「いいか! 1万対50! 圧倒的に不利な状況を、各々最大限に能力を活かして乗り切れ! これは国のプライドを賭けた、討伐戦だ! 護衛団に選ばれたその力、見せつけてやれええ!」


「うおおおおおおおおおお!」


剣を掲げ、護衛軍は士気を最大まで上げた。





「だってよ。お二人さん。どう動く?」


別働隊として作戦を離れて聞いていた奈緒とリタに、スイは微笑んで言う。



「んー、まず作戦を成功させるために、そのサポートをした方がいいのかな」


奈緒は顎に手を当てて呟く。


「いや、私達はAランクの魔物に集中すべきだ。何体いるか分からない以上、いつでも動けるようまずは待機だ」


リタは冷静に話す。



「うんうん、二人とも悪くはないね。全体的になサポートに徹するか、大物だけに絞って遠目で状況を見定めるか。どちらも間違ってはいない。ネイバーに入る以上、この程度の戦場は秒で片付けて当然。だからその場の判断も、自分で出来なきゃいけない。

 もう気づいてると思うけど、僕は今回一切手を出さないよ。二人で考えて、自分で動いて、この戦、安全に終息させてみて」


二人は真剣にスイを見つめて口を揃えた。



「了解!」





兵士達は各自持ち場につく。

魔法部隊は陣営を作り、互いの杖を当て、魔力の共振を強めていく。

大柄なタンク隊も盾にエンチャント施して準備していく。


スピード部隊は、ダガーや剣、弓の手入れ、全身にスタミナ強化のバフをかけていく。




リタも剣とナイフを研いで、準備する。


奈緒はストレッチをして遠くの草原を見つめる。



「はぁ、緊張するなぁ...... 鼓動やばい」


――私準備とかわかんないし、何すりゃいいんだろ。


ソワソワが止まんねえええ!



「落ち着かないって感じだな」


リタは少し笑って言う。


「バレバレだよね...... だってこんなの初めてだし、正直怖い......」



リタは立ち上がると奈緒の正面に立った。


「パチンッ!」


両手で奈緒の頬同時に叩く。そのまま頬に手を添える。



「大丈夫だ。アンタは強い。大抵のことがあっても傷一つつかない。思い切り突っ込んでいけ。ケツは私が拭いてやる」


リタは優しく微笑んで言った


――もう、大好き。


「ありがとう。頑張る」


奈緒はリタの手で押し潰れた顔でそう言った。







「見えたぞーーーー!!」




見張りが声を上げて言うと兵士は一斉に戦闘体制に入る。





土埃を上げて近づいてくる黒い点々が、地響きを起こす。


徐々に鮮明に見えてくる魔物特有の息遣いがその禍々しさを物語る。


ウルフ、ゴブリン、リザードなど様々な種族の魔物が大群を成して向かってくる。


その目に感情はない。

発狂し、涎を撒き散らしながら、地面に足をのめり込ませる勢いに猛烈な進撃だった。





「ライトニングホール展開!」



ライカの合図で魔法部隊は、巨大な雷のトンネルを生成する。




「タンク隊! 陣形を取れ!」



タンク部隊の数名は互い合わせに位置どり、トンネルに沿って盾を並べた。

そして魔力を発動し、自身の分身を作り数百人まで増えると、盾同士を魔力で繋ぎ、トンネルへ続く巨大な魔法壁を生成する。




「衝突するぞー! 構えろー!」


遂にスピード隊は最前線で大群と衝突。


勢いを受け流しながら魔法壁へ誘導し、はみ出た分の魔物を押し戻すか、その場で倒していく。


大群に知性はなく、誘導されるがまま突っ込んでいった。


トンネルに入った魔物は、一瞬にして蒸発するように消えた。それをみた背後の魔物は止まろうとするが大群の進行故に、後ろの魔物にまた押され、次々と協力な雷の魔法の中で消えていく。




「凄い連携!」



奈緒はあまりの一連の連携のスムーズさに美しさすら覚えた。


「ああ。流石だな。ライブラ王国を代表する護衛軍の2番隊だな。このままならアタシたちの出番ないな」



「ほんと、カッコいい......」



その時奥の方から一際巨大な魔物が、群を押し除けて走ってきた。



「ケンタウロスだ! かなりの力だぞ!」



誘導に失敗した兵士が叫ぶ。




ケンタウロスは大暴れし、巨大なツノで魔物を上空へ押し上げながら、魔力壁に突っ込むと、壁を突き破りタンク兵を吹き飛ばした。



「リカバー! 誰か行けるか!」



スピード部隊の複数名がケンタウロスへ追いつきエンカウント。


高速の連携攻撃を当てるが、勢い収まらず、そのまま群を離れて進んでいく。


「止まらねぇ! 硬すぎる!」



リタが動こうとしたその時、ライカは背後に一瞬で追いつき、大きく曲がった剣をケンタウロスに投げる。


雷の属性が付与されたその剣は、スパークを伴い飛んでいき、ケンタウロスに突き刺さる。


その場に瞬間移動してきたライカは、剣を握ると引き抜いて、渾身の一太刀でケンタウロスを斜めに切断した。


ケンタウロスは発光しながら消えていく。



「ライカ・トルネグル。さすがは2番隊隊長を務める男だな......」




リタはその無駄のない一連の動きに圧倒された。




「またA級だ! 」



群れの中央から周囲の魔物を吹き飛ばすようにしてそこに現れた。


「ゴブリンエンペラー! 」


「一体じゃないぞ! 複数だ!」


5対以上のゴブリンエンペラーは次々と突如そこに現れると、四方八方に動き回り、タンク隊の盾を、その大きな棍棒で叩き割った。



「いくぞナオ! 出番だな!」



「うん!」



二人は俊足で群れの中に突っ込んだ。



リタは一瞬でゴブリンエンペラーの背後に回り込むと、装備していたサーベルで、目にも止まらぬ早業で関節の筋を切り刻んでいく。


その場に倒れたゴブリンエンペラーの首を跳ね、一瞬で消し去った。




奈緒は別のゴブリンエンペラーの正面に立つと、自然に構えて、ふぅーっと息を吐いた。



――怖がるな。大丈夫。私は強い。強いんだ。



鎧を振るわす程の唸り声を上げて、ゴブリンエンペラーは向かってきた。


邪魔な小さな魔物を殴り吹き飛ばしながら近づくと、巨大な棍棒を全力で振り抜き、そのまま棍棒を投げ飛ばしてきた。



棍棒は奈緒には当たらず、後ろの魔法部隊の端に当たると陣形を崩し、ライトニングホールは、中断されてしまった。




奈緒は陣形が崩れたこと焦って、ゴブリンエンペラーに一瞬で近づくと、空間ごと歪ませるような全力のアッパーを、ゴブリンエンペラーのゴツゴツとした顎にぶち当てる。



ゴブリンエンペラーの頭部は爆発したように吹き飛び、体だけをその場に残そした。


そのアッパーの風圧で群れの魔物は吹き飛び、タンク隊も堪え切れず転び飛んだ。



「やば!」


奈緒は陣形を崩したことに気づきあたりを見渡すと、魔物は直線をずれ、あらゆる方向に動き始めた。



「私なんてことを......」



顔が青ざめていく。



「ナオ!」


リタの大きな声が聞こえた。





「もういい! 全部ぶっ飛ばせ!」





奈緒はハッとした。



――そうだね。 結局私には、



「これしかないのよ!」



奈緒はその場で、魔物の侵攻してきた方向に向かって、大きく振りかぶった。





ボクサーの完成された捻れる拳の様に。




体重の乗った全力のパンチを振り抜いた。




音を置き去りにしたその拳は、空気の壁を破り凄まじい波動と、その衝撃波を前方に飛ばしていく。




その衝撃波に当たった魔物は血肉を弾けさせて蒸発していった。



遥か地平線まで見えていた魔物の軍団は、一瞬にして光の粒子になって消えた。






遠くでそれをみていたスイは大きく目を見開いた。


「あっはっはっはっはっは! デタラメな力だ!」


スイは腹を抱えて爆笑する。





「あいつ、本物だな......」




狂気的に目を丸まらせて、スイは呟いた。




戦場に一瞬静けさが戻る。




奥に見えた影をみて兵士の一人が叫ぶ



「まだ終わってない! くるぞ!」



現れたのはゴーレム。黒い岩を纏った巨大な魔物だった。



「こっちはクリスタルだ! 応援来てくれ!」



青く輝くクリスタルを纏ったゴーレムもこちらに向かってきた。




「陣形はもういい! 総員! かかれえええええ!」




「う、うおおおおおおおおおおおおお!」

スピード部隊は一番に向かっていく。


激しい剣撃を次々と当てていくが、硬すぎて全く効かず、剣はボロボロに砕けていった。


巨大な拳を頭上へ上げると、風切り音と共に地面に叩きつけ、その衝撃で兵士を吹き飛ばしていく。



「攻撃はこっちに任せろ!」



タンク隊は前に出て、飛んでくる地面の瓦礫を受け止めるが、耐えきれず後方へふっ飛んでいった。




「リタ! こっちを手伝え! ナオ、そっちは任せたぞ!」



ライカはそう叫んで、クリスタルゴーレムの方へ飛んでいった。



「分かってます!」



奈緒は言われるより前に黒いゴーレムへ向かって走っていた。飛んでくる岩を避けて、猛スピードで正面に立った。






リタは走りながら青白い魔力で武器を生成する。

「クリエイト、ブラストアーチャー」



巨大な弓を作りながらボソボソと呟く。


「腐食、爆破、遅延、追尾......」



様々な特性を乗せた魔法の矢を、上空へ弾いた。




放たれた巨大な矢は、無数の弓矢へ分裂。



クリスタルゴーレムの鎧の隙間。関節部へ向かって飛び突き刺さる。



それと同時に爆発し、クリスタルゴーレムはうめき声を上げて膝をついた。




「魔法部隊! 援護しろ!」


ライカは曲剣をしならせ、タメの大きい剣撃を弱点に叩き込み、バックステップで距離を取った。


魔法部隊は遠距離から雷、炎、氷属性の魔力砲を飛ばして被弾させる。



鎧が砕けた場所に光石が見えた。



「コアだ! 砕け!」




ライカの声と同時にリタはオーバーライドし、一瞬で懐に入り込むと、レイピアを生成し、わずかな隙間に閃光の一撃で貫いた。






奈緒は黒いゴーレムの頭上まで飛ぶと、叩き落とす様に右の拳を振り抜き、ゴーレムの頭を地面に叩きつけた。



激しい衝撃がその場に響き渡る。



黒いゴーレムは、のめり込んだ地面から赤い眼光を光らせて、奈緒を睨むとすぐに立ち上がった。

そして宙に浮いている奈緒に大ぶりな攻撃を放つ。





「ウルツァイトゴーレム。魔物の中でも最強格の防御力を誇る。流石に一撃では死なないか」

スイは高みから見物し淡々と言う。






「へぇ、頑丈じゃない」




奈緒はゴーレムの腕を体を捻って華麗にかわし、着地するとすぐにゴーレムの足にローキックを浴びせる。




「見下ろすな」



足首の弱点にあたり、ゴーレムの足は吹っ飛んでいった。



バランスを崩し、落ちてくるゴーレムの胸部に、奈緒は振りかぶって拳を握る。



「ぶっ飛べええええええ!!」



強烈な奈緒のフルチャージストレートは、ゴーレムの硬い鎧を貫いて刺さる。


そこから爆発が起きたようにゴーレムはくの字になって空へ飛んでいくと、途中で光になって蒸発した。










戦場は沈黙した。




クレーターがいくつもできた渓谷はその戦いの激しさを写し出す。

猛襲の地響きは消え、奈緒の髪を揺らす風が優しく吹いていた。




「彼女なら、ちょっとは楽しめるかな?」



スイは不気味に笑んでいた。



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