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失う物など無い者達

ハイネの新市街の中でも北西部の炭鉱周辺は独特の賑わいがある、ここは炭鉱や製鉄所で働く人夫や職工達が生活する街だ。

市場には粗鉄のインゴットや鉄製品を売る市場も有った、だが鉄の多くは取引先が決まった長期契約の物ばかり、諸国や領主や民間の鍛冶ギルドなどに流れその一部が何らかの事情で市場にでてくるに過ぎない。

因みに鉄鉱石はハイネの北の鉱山村マインから採掘されここまで運ばれてくる、この鉄こそがハイネの繁栄の柱だ。


だが光あるところに影がある、巨大な露天掘り炭鉱で奴隷や自由民でも仕事にあぶれた者たちが過酷な労働に就いていた。

ハイネの安定を目当てに流れ込んでくる者達こそ多いが簡単に良い仕事にありつけるわけもなく、炭鉱で働く自由民達の多くは近くの新市街を住処としていた。


だが彼らの下には更に奴隷が存在する、その奴隷にも更に階層があり借金などで奴隷に堕ちた契約奴隷と犯罪などで奴隷に堕ちた犯罪奴隷が存在した。

契約奴隷は借金などを返済できれば解放されるが、犯罪奴隷が生きて解放される可能性は限りなく少ない、もっとも待遇は契約奴隷と犯罪奴隷に大きな差はないが。

奴隷達の宿舎は街から見て鉱山の反対側の辺鄙な地域に建てられている、その周りは逃亡を防止する柵で厳重に囲まれている。


その鉱山街の繁華街のある地下酒場のドアを叩く男がいた、それにドアの向こう側から用心棒らしき男が大声で何者か誰何する。

「だれだ!?」

その声は野太く喉を痛めているのか荒れている。

「俺はマティアス=エロー、ここのボスのブルーノに会いたい」

「ボスの知り合いなのか!?」

「ブルーノとは昔からの知り合いだ、ラーゼのマティアスと言えば判るさ」

暫くの間を置いて扉が開かれる。

ドアを開いたのは上半身が樽の様な筋肉の塊の様な男だ、露出している所は剛毛で覆われている。

マティアスは内心ではゴリラの様な奴と嘲った。


マティアスは別の若い男に案内されて酒場の奥にあるドアをくぐった、その奥に更に短い廊下がありその突き当りの部屋に案内される。

その奥に先ほどの用心棒をふた周り小さくしたような男がソファにどっかりと座っている、その顔は用心棒を小ずるそうにした様に卑しい、だが目の光がそれだけの男では無い事を示していた。

その男こそここのボスのブルーノだ、そして売春婦の様な格好をした情婦を二人侍らせている、

一人の女がブルーノの前に置かれた背の低いテーブルの上に白い片足を投げ出している、まるで短いスカートの中を見せつける様に挑発している、もう一人はブルーノにしなだれかかり半分剥き出しの胸を擦り付けて対抗していた。

二人はまずまず美しかったが彼女達のまとう饐えた空氣がこの地下酒場にはふさわしい。

マティアスはこいつらと比べるとテヘペロが学校の先生か貴族のお嬢様に見えると心の中で呟いた。


「マティアスかよ、ひさしぶりだな何の用だ?」

酒臭い臭いが流れてくる、ブルーノの口臭かと思いマティアスが僅かに顔をしかめる、よく見るとブルーノの前の低いテーブルの上に蒸留酒の小さな樽が置かれているのに気が付いた、だが見渡しても酒盃らしき物が無い。

奴はどうやら樽から直接飲んでいやがると呆れ返る、酒を薦められたらどうやって断ろうかと思案しはじめたところで、ここに来た用件を思い出す。


「仕事を探しているんだブルーノ」

「前の稼業はどうしたんだ?」

「いろいろあって潰された」

「潰された?ああ、ラーゼのあの件か・・・」

「あまり筋の良い仕事は残ってないぜ、ただ護衛の件がある、いや護衛兼監視だ」

マティアスは少し警戒する、こういった依頼は禄でも無いと相場が決まっている。

「危険なのか?」

「危険といえば危険だが、神経の太いやつじゃあ無いともたねえ、おいお前ら少し席を外せ」

ブルーノは情婦二人に命令した。

「ええ、いいじゃないのさ?」

「仕事の話だ、さっさと下がれ!!」

ぐずる女達にブルーノが怒鳴り散らした、二人はマティアスを睨みつけながら渋々と部屋から下がって行った。


「お前も知っているだろうが、死霊術を使った商売の話だ」

そしてマティアスの期待通りにブルーノがこの話を出して来た事で内心ほくそ笑んだ。


「それは知っている」

「話が早えな、新人募集部隊の護衛と監視人が足りなくてな、奴隷どもを使うんだがそいつらの監視といろいろな妨害から護る仕事さ」

「かなりやばい話だな」

「やばいよりも嫌な仕事だぜ、とにかく人手が足りなくてな、報酬はまずまずだ」

「守秘義務はあるのか?」

「これに関わった時点で口を塞ぐしかねえよ」

ブルーノはげらげらと笑う、テレーゼ以外の国では死霊術に関わる事は死に直結する大罪だ、だがテレーゼでは法的には大罪ではあるが形骸化していた。


死霊術の撲滅を謳うはずのテレーゼの聖霊教会は弱体化し腐敗堕落している、死霊術に限らず危険な薬草の栽培で金を得ようとする困窮した人々の行いを見て見ぬふりをしている。

それでも貧民救済や孤児の扶養など最低限の義務は果たそうとしていた、それが汚れた金に頼るものであっても。


それでも末端の聖霊教会は原則に忠実であろうとしていた、だが中には積極的に罪を犯す者たちもいる、それが私利私欲の為でないとしても。

あらゆる悪徳がテレーゼから周辺に流れ出し周辺諸国の怒りを買っていた。


マティアスはテレーゼの死霊術跋扈の理由に思いをめぐらせた。


「かなり俺も困っていたんだ、その話に乗らせてもらう」

「いいのか?かなり嫌な仕事たぜ?」

ブルーノは下品に笑いながら立ち上がりマティアスの肩を叩いた。

「詳しい話は手下と付けてもらうか」

ブルーノは部下を大声で呼びつけた。




ハイネ西の新市街の繁華街にある大きな倉庫らしき一室にピッポ達が集まっている、ここは炭鉱町にも程近かい場所にあった。

「皆あつまったようですな」

ジムが挙手をした。

「先生あとマティアスさんがいなっすよ?」

「おっと失礼しましたぞ、まだ彼がいる事に慣れていませんでしたな、いひひ」

ピッポがわざとらしく笑う。

「ところでテヘペロさんテオさん、あの黒い娘と一戦したらしいですな?」

美しい豊満な魔術師は一息入れてから話す。

「そうねー逃げる為に戦っただけ、私の魔力が切れたら終わりだし」

テオは軽く肩をすくめた。

「奴は俺の投げたダガーを正確に打ち返して来やがった、それでもあいつからは怒りは感じたか殺気が感じられなかった」

「あいつは私達を捕まえようと色気を出していたわね?」


ジムが先ほどから何かを言いたそうにしていた。

「先生、ところであのちびっ娘はどうなってます?」

「いひひ、騒がないように眠らせています、それよりも少年よジンバー商会の方は大丈夫ですかな?」

「あそこはいい加減なんすよ、オーバンみたいなのが仕切れるぐらいっす、簡単に潜りこめました」

ジムは笑っていた、目が糸のように細く表情がわからない男だが、慣れてくると感情が何となく解るようになると言う。


「先生、あの娘をどうする気なんだ?」

テオがピッポに向って話す、だがそれにテヘペロが答える。

「あの娘にはいくつか確認して起きたいことがあるのよ、あの三人について聞きたいし、あとゲーラで何が起きたのか、きのう魔法街から帰って来た後で何が起きたかとかさ、それに殺人事件に関しても」

皆はそれにうなずく、あまりにも謎が多い。


「あの娘に取り憑いている死霊に聞くことはできないんすか?」

ジムの質問にピッポが何かを言いかけたがそれよりも先にまたテヘペロが話し始める。


「ジム、それはね死霊は生きている人間の様に記憶したり考える事はでき無いのよ、元の人格の残骸みたいなものね少し馬鹿になってる、死霊は霊界に行ってそこで総ての記憶を整理統合して次の転生に備える為に眠ると言われてるわね」

「そんな事を聖霊教会の修道女が言っていた様な気がしますよ」

「ジムあなたも聖霊教会に行っていた事があるのね?あはは!」

その時誰かがゆっくりと階段を昇ってくる音がした、その足音と造りの悪い階段と廊下の軋む音に緊張が走る。

それはやがて彼らが居る部屋の前で止まる。


「俺だマティアスだ開けてくれ」




マティアスが空いているテーブルに着席した。

「マティアスさんの件は後で詳しくお聞きするとして、まずは全員集まったようですな」

ピッポはテーブルの上にコッキーが奪い取ってきた魔剣を置いた、場の全員が魔剣に注視する。


「これは間違いなく精霊変性物質の魔剣よ」

テヘペロが確信をもって断言した。


「姉さんどのくらい価値があるんすか?」

「ジム、私は目利きじゃないから正確にはわからないけど、帝国金貨300枚以上すると思うわね」

ピッポとテヘペロ以外は全員息を飲む。


「約束ではこれを金に変えて全員に分配の予定でしたな」

これに驚いたのかマティアスが目を見開いた。

「俺にも分けてくれるのかい?」

マティアスの声には僅かに驚いた響きがある。

「約束は守りますよ?それに貴方のお蔭で奴らの化け物ぶりを知ることができましたからな、いひひ、ですが皆さん考えてください、これを売って山分けしたところで、しばらく遊んでいたら無くなってしまいまずぞ?」

重い沈黙が支配した、今まで大きな仕事をして分け前を分配し刹那的に使い果して旅をする、次の儲け話にありつくまでセコい稼ぎをする旅を続けてきたのだ、いつか訪れる破滅の日までそれは続く。


「私達の前にはもっと大きな儲け話の金脈が眠っています」

皆がピッポが次に何を言うのか注視した。

「あの化け物達の話から致しましょうかね、私とテヘペロさんの考えですがね、彼らはもしかしたら神隠し帰りではないか?そう疑っています」

そこをテヘペロが後を続ける。

「そうね、あいつら聖霊拳の達人にも似ているけど狂戦士により近い、でも狂っている様に見えないわ、そこから伝説に言い伝えられている神隠し帰りを思いついたのよ」

「先生、テヘペロ、神隠し帰りとはなんだ?」

テオの疑問はもっともな事だった、一部の魔術師や学者以外に知る知識ではない。


「何らかの理由で人間が忽然と消えるのが神隠しです、その多くは事故や犯罪に巻き込まれただけですぞ?だが何らかの理由で幽界に落ちる人間もいるのです、それが神隠しの内どのくらいの割合なのかはわかりません、そして幽界から生きて戻って来る者を神隠し帰りと呼ぶのです」


またテヘペロがピッポの後を継ぐ、神隠しに関しては彼女の方が詳しいのだ。

「事例としては狂戦士の数より遥かに少ないわ、神隠し帰りは超常の力を身に着けていると言われてるのよ、大昔の英雄には神隠しで高位精霊と契約した逸話がいくつかあるわね、もし生きている神隠し帰りを捕らえる事ができたら、精霊変性物質より更に桁が増えるわよ、世界中の研究機関が金庫を空にしてでも欲しがるわ、これがまず一つ」


「だが奴らと戦うのは危険だぞ、速やかにテレーゼから去り魔剣を売り払った方が安全だろ?」

マティアスが軽口を叩いた、本気ではなく他のメンバーの反応を探るようにも見える。


「それにはあのコッキーとか言う小娘が利用できるのではと思いましてな」

「人質にでもするのか?」

マティアスがピッポに質問する。

「その通りですぞ、あとあの小娘にもわからないことが色々ありまして」


「まだ推理なんだけど、ハイネの評議会もいろいろ胡散臭い動きをしているのよ、狂戦士を兵器にしようとしたり、死霊術を商売にしようとしたり」

テヘペロがマティアスに視線を送った。

「そこら辺はもともと裏世界の噂で言われていた事だがな、死霊術を商売にしているのは公然の秘密なんだ、狂戦士の話は知らなかったがエッベがおかしくなった原因がコステロ商会じゃあないかってのは言われていたんだ」


そこで思いついた様にジム=ロジャーが発言した。

「そうだジンバー商会も子供の誘拐をしている臭いですね、ここは評議委員のコステロ商会の傘下らしいっすよ」

ピッポは全員をゆっくりと見渡した。


「まあ、私もそろそろ大きな賭けに出たくなったのですよ、どうせ野垂れ死ぬなら、大きな夢を見たいと思いませんかな?イヒヒ」





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