96 ハーフエルフっ娘とお姉ちゃんの結婚2
「お姉ちゃん、とても綺麗だよ」
「ありがとう。フォーリィ」
教会の控室では、ウエディングドレスを身にまとったヴェージェが嬉しそうに、そして少し緊張気味に式の始まりを待っていた。
ヴェージェの結婚式に選んだのは、カデンの領都にある教会だ。
グァニューム子爵の領都だったこの街の教会は、伯爵領としては些かこじんまりしているが、ヴェージェはあくまでも領主の姉であり、彼女自身は貴族ではない。そのため、この教会でもヴェージェにとっては立派過ぎるものだった。
彼女が着ているウエディングドレスは、フォーリィが地球のデザインを少しだけ、この世界で不自然にならない程度に取り入れ、プリンセスライン、つまりスカートがふわっと広がったシルエットをベースに、仕立て屋に細かく注文を付けて作らせた物だ。
最初フォーリィは、膝から上が体にフィットしてエレガントな印象を与えるマーメイドラインのドレスにしようかと考えていた。だがハーフエルフは平均的に背が高いとはいえ、ヴェージェはまだ一六歳。まだまだ成長途中で幼さが残っているため、彼女の可愛さを十二分に引き立たせるようにプリンセルラインのドレスにした。
色は純白。
さすがに色付きは、この世界では異色過ぎるためだ。
代金も当初フォーリィが出すつもりだった。しかし、スタニェイロとアントゥーリアがウエディングドレスの代金は当然、両親が出すべきだと主張して引かなかったため、そこは譲ることにした。
もっとも、こっそり仕立て屋にお願いし、生地も装飾品もグレードの高い物に入れ替えるよう指示していた。差額の代金は別に仕立てを依頼しているフォーリィのフォーマルドレスに加算するようにお願いして。
「そろそろお時間です」
時間が来て呼び出しが掛かったので、フォーリィ達は親族席に移動した。
スタニェイロは、父親としてヴェージェをエスコートするため、一旦フォーリィ達とは別れた。
そしていよいよ結婚式が始まった。
もちろん、一般人である彼女の結婚式はテレビ中継はされない。
参加しているのもフォーリィ達、リューヒトル家の友人や知人達ばかりである……と言いたいところだが、実は伯爵以上の貴族達本人、または代表者が多く参列していた。
フォーリィと友好関係を築きたい。そして、あわよくば自分の次男や三男をフォーリィの婿養子にしてもらいたい。そんな思惑からホーズア王経由で参加をねじ込んで来たのだった。
そして何故かホーズア王と息子らしき甘いマスクのイケメン、さらにコエリーオ王と将軍が参列していた。
一般人の結婚式に二か国の国王が参加って、どうなのかと心の中でツッコミを入れるフォーリィだった。
「オオ、我ガ愛シノ、フォーリィ。其方ノ妹ノ結婚式ニ呼ンデモラエテ嬉シイゾ」
フォーリィの顔を見るや、嬉しそうに笑うコエリーオ王。
これだけ聞くとフォーリィが積極的に招待したように見えるが、実はどこから聞きつけて来たのかコエリーオ王はヴェージェの結婚を知っていて、テレビ電話で参加すると言いだしたのだ。
フォーリィとしては他国の国王からの申し出を断るわけにもいかず、渋々承諾した。
すると、ジュアゼイル経由で話が伝わったようで、数日後にはホーズア王からも参加の申し出が来てしまったのだ。
「おお、カデン伯爵。紹介する。第四王子のペルペティーオだ」
ホーズア王が連れて来たのはやはり王子だった。
だが第四王子と言えば、現在、王位継承権二位だ。
そんな人物を連れて来たと言う事は、フォーリィを王族に取り込みたい、コエリーオ王国に盗られたくない、そんな意思がひしひしと伝わってくる。
もちろんフォーリィとしては、どちらの国の王族に取り込まれても争いの元にしかならないので、愛想笑いだけ向けて、後は受け流している。
まあ、コエリーオ王に関しては熱烈なラブコールは伝わって来ていた。しかし見た目がアレなので、つぶらな瞳で見上げてくる子猫みたいで胸がキュンとなるが、政治的な問題以前に結婚対象としては考えられなかったのだが。
フォーリィは、一通り挨拶を済ませると席に着く。
席は、真ん中の通路を挟んで右側が新郎側で左側がフォーリィたち新婦側だ。
そして最前列が新郎新婦の両親と家族で、二列目が本来は親族席なのだが、さすがに国王を後ろの方に座らせるわけにもいかず、新婦側の二列目は国王達が座っている。
そしてその隣に義姉のマヴァンダを座らせたのは、フォーリィのちょっとした意地悪だった。
やがて、神父が結婚式の開式を宣言すると扉が開き、パイプオルガンの音色の中、ヴェージェがスタニェイロにエスコートされて入って来た。
ゆっくりとバージンロードを進み近付いてくる二人。
よく見ると、スタニェイロは涙を堪えていた。
二人が神父の前に到着し、その隣に立っているジュアゼイルにヴェージェを引き渡すと、スタニェイロはフォーリィたち家族席に座った。目からポロポロと涙を流して。
「……そして『無二なるお方』は、我ら子供たちに無上の愛を注ぎ、互いの隣人を愛せよと仰られ……」
結婚式で必ず読み上げられる定番の聖典の一節だ。
ここでは互いに愛し合うことの大切さを説いている。
次に、誓いの言葉の儀に移る。
「……ジュアゼイル、あなたは数百年という年月が経とうと、死がふたりを分かつまで彼女を愛する事を誓いますか?」
「誓います」
このフレーズはエルフやハーフエルフ以外の人種でも全く変わらないことから分かるように、この結婚様式はエルフ的考え方がベースとなっている。
まあ、元々エルフ達の信仰していた宗教が、他の人種にも広がったため、それは仕方がないことだった。
寿命の永いエルフやハーフエルフは、習慣をなかなか変える事ができないのだ。
「……ヴェージェ、あなたは数百年という年月が経とうと、死がふたりを分かつまで彼を愛する事を誓いますか?」
「誓います」
二人の愛の誓いが終わると、それぞれ相手の手に腕輪をはめる。
この結婚腕輪は、一〇個の小さな魔石が付いていて、互いに相手の魔力が込められているが、魔術的な力はなく、常に相手の魔力を感じられるようにと言う意味合いのものだ。
ちなみに、魔石が一〇個と言うのは、互いに手と手をからめた時の指の数から来ているらしい。
腕輪の交換が終わると、ジュアゼイルはヴェージェの顔を覆っているベールをめくり、愛の口づけをかわした。
こうして結婚式もつつがなく終わり、教会の前でジュアゼイルとヴェージェは皆から祝福の声を掛けられる。
ヴェージェの手にはハンカチを折って糊付けした青い鳩。
青は永遠の愛を表し、鳩は子孫繫栄を意味していて、どちらも聖典の中のお話を元にしている。
新婦が投げたこの青い鳩を受け取った女性が、次に結婚出来ると言われている。
ヴェージェはその青い鳩を、王都の職場で同僚だった女性たちが集まる場所に向けて、高々と放った。
―― タタタタタッ
―― ぱしっ
横から走って来たフォーリィが、二メアトル以上ジャンプして、青い鳩が落下し始める前にキャッチしてしまった。
「「「「「……」」」」」
辺りに漂う気まずい雰囲気。
それに気付いたフォーリィが、額に玉のような汗を浮かべて、ぎこちない笑顔を浮かべる。
「いや、その……つい、条件反射で……はは……ははは」
伯爵である彼女のこの奇行に、その場の全員がどう反応していいのか困っている中、ヴェージェを含めた彼女の家族だけは肩を揺らして必死に笑いを堪えていた。
そして、その夜。
「まさか、フォーリィが青い鳩をキャッチするとはな」
「ひっどおぉぉぉい。お兄ちゃん、私が結婚を考えちゃいけないの?」
「お、おい。まさか気になる男がいるのか?」
「いないわよ!お兄ちゃん以上のいい男なんて。だけど女の子は結婚に憧れるものなの」
披露宴ではフォーリィの家族が青い鳩の一件で盛り上がっていた。
披露宴は家族と親族、そして友人たちだけの参加だ。
さすがに一般人の披露宴で、貴族達が勢ぞろいしてお酒を酌み交わすのは色々と問題があるため、彼らには事前にそう伝えていた。
フォーリィが兄とじゃれついていると、横から伸びて来た手に肩を掴まれた。
「ちょっと!何で私を国王様の横に座らせたんですの?生きた心地がしませんでしたわ!」
振り向くと、マヴァンダが目を吊り上げた顔を向けている。
実は、彼女には国王の隣であることを事前に伝えていなかったのである。
「いやぁ、私達は昨年まで一般人だったから。その点、お義姉さんはお貴族様の御令嬢で慣れているでしょ?」
「慣れている訳ありませんわよね?男爵家の娘が国王様の隣に座るなんて、恐れ多い事を!」
「あれっ?お義姉さん、顔が真っ赤よ。お酒の飲み過ぎじゃ……」
「酔ってるからじゃなく、怒っているからですわ!」
こうして、ある意味いつものようなじゃれ合いをしながら、夜遅くまで楽しく披露宴が続いた。
このような光景は、ここだけでなく、この結婚シーズンに結婚式を上げた多くの家庭で見られた。
そして、ここでも。
「えっ?結婚?」
三日後、魔道モーターカンパニーを訪れたフォーリィは、ロックムートの結婚を知らされた。
「お初にお目に掛かります。先日、この人と結婚しました、サファイリアと申します」
丁寧にお辞儀をする少女。
だが、どう見ても十歳くらいにしか見えなかった。
「えっ?えっ?ロックムートさんってロリ……じゃなくて、幼い子大好きな人?警邏を呼んだ方がいい?」
「違うっ!俺は……」
反論しようとしたロックムートをサファイリアは手で制すると、一歩前へ踏み出した。
「ちょっと、あんた!伯爵様だか何だか知らないけど、随分と酷い事を言うね。私はこれでもこの人の一つ年下なんだよ!」
「えっ?ええぇぇぇぇぇぇぇぇ?ほんと?マジ?」
顔を真っ赤にしていきり立てる彼女に、フォーリィは驚きの声を上げる。
本来、貴族相手にこのような言葉遣いをするのは大変危険で、相手がフォーリィでなかったら何らかの処罰をされていただろう。
サファイリアがそのような危険を冒してしまったのは、それだけフォーリィの態度に腹を立てていたからだ。
「お嬢ちゃん……あんた……」
そして、フォーリィのあまりの驚きぶりに、ロックムートはショックを受けていた。
「ドワーフの女性は若く見えるって聞いたけど、これほどとは思わなかったわ」
フォーリィはぶしつけなくらいジロジロとサファイリアを見詰める。
そしてその後、ロックムートに少し暗い顔を向ける。
「しかし、結婚するなら前もって言ってくれればお祝いを用意したのに」
今まで一緒に色々な製品を開発してきた彼が結婚することを教えてくれなかったことに、フォーリィは寂しさを感じていた。
「いや……まあ、その……お嬢ちゃんは収穫祭やヴェージェちゃんの結婚式の準備とかで忙しくてなかなか会えなかったから……」
気まずそうに視線を逸らせ、懸命に言い訳をする。
サファイリアはそんな彼に鋭い視線を向けていた。
「ああ。確かに暫らくこちらに来てなかったわね。ゴメンね」
しぼんだ顔が一転。納得いったと言う顔で笑顔を向けるフォーリィ。
「いや、いいんだって。お嬢ちゃんもお貴族様の仕事と掛け持ちで忙しい身なんだから」
「そう言ってもらえる助かるわ。後でお祝いの品を送るわね」
そのような会話を交わし、カンパニーを後にするフォーリィの後姿を見送りながら、サファイリアがロックムートにぼそりと言った。
「あなた、彼女のことが好きだったのね」
「うっ!いや、ち、違う。そんなんじゃない!」
ロックムートは慌ててにサファイリアに顔を向けるが、彼女はフォーリィが乗っている車をじっと見つめたままだった。
「あんた。私が何年あんたの幼馴染をやってると思ってるの?」
「うっ……」
彼女は家も近い事から、幼いころからずっと彼と一緒にいた。
そして、フォーリィのむちゃぶりで忙しい日が続いた時も、簡単に食べられる物を作って毎晩届けていた。
その時までは、お互いに結婚など意識していなかった。
だが、ロックムートがフォーリィのスカウトでカデン領に行ってしまうと、サファイリアは彼に会えない寂しさを日に日に募らせ、自分がどれだけ彼を愛していたのか知る事となった。
そしてとうとう耐えきれなくなった彼女は、フォーリィがラトゥーミア王国を制圧し、王都とカデン領の間に鉄道が開通すると彼を追いかけてカデン領に移り住んだのだった。
その後、彼女の猛アピールに押し負ける形で、二人は晴れて結ばれることになった。
「お嬢ちゃんは、今や伯爵様だ。それに比べ、俺はドワーフ職人。住む世界が違いすぎる」
そう言いながらも未だフォーリィへの未練を断ち切れていないロックムートに、サファイリアは小さくため息をつく。
「まあ、恋愛では私の負けのようね。でも、夫婦愛では負けるつもりはないわ」
何年かかっても、彼の心から自分以外の女性を追い出して見せる。そう決意するサファイリアだった。
「うっ……ご、ごめんなさい」
自分をこれだけ慕ったくれる幼馴染に、素直に応えてあげられない。ロックムートはすまない気持ちでいっぱいだった。
「あと、彼女。あなたの事を五〇歳過ぎのおじいちゃんだと思ってるわよ。あの様子だと」
「ええっ!マジか!?」
◆ ◆
「やったあ♪借金が四憶クセルまで減ったわぁ♪」
12の月中旬、会計書類のチェックを終えたフォーリィは、両手を上げて喜んだ。
「まあ、一時的ですけどね。たぶん、この調子だと来年の収穫時期までには一億クセルほど追加の借金をしなければならないでしょうけど」
そう言いながらもラントゥーナ補佐官は少し嬉しそうだった。
「それでも、だいぶ借金が減ったわ。来年はさらに収入源を増やすわよ。試作中の魚の缶詰も成功すれば……」
「フォーリィ!」
話の途中で、ヴェージェが血相変えて執務室に入って来た。
「どうしたの!?」
彼女がこれだけ慌てているのは珍しい。
それだけ大変なことか起こったという事だった。
「コエリーオ王国からの連絡よ!火竜の群れが南下しているのが確認されたって。その数およそ二〇体!方角からホーズア王国の王都に向かって来ているらしいの」
新たな戦いが始まろうとしていた。




