97 ハーフエルフっ娘、火竜と戦う
コエリーオ王国の王都から目撃された火竜の群れは、そのまま南に向かって飛んで行ったらしい。
その位置からホーズア王国の王都までは、山の虎を酷使すれば五日の距離。火竜ならその半分の二日半で到着するだろう。
だが、火竜たちは王都に向かっているのだろうか。
前回のリベンジなら、第一防衛ラインが敷かれていたブラグーナ草原を目指している可能性もある。
しかし、もしブラグーナ草原で待ち構えていて火竜たちが頭上を通り過ぎて王都に向かってしまったら、王都に甚大な被害が出る可能性がある。
だからフォーリィは急ぎ、ある物を用意するように命じた。
『ん?何だ?』
火竜の群れを率いている一際大きな一体が、目の前の光に首を傾げる。
続いて二つ目、三つ目と、発行体が増えてくる。
よく見ると、その発行体は下から打ち上げられているようだった。
先頭の一体が速度を落とすと、後続の火竜たちもそれに合わせて速度を落とした。
徐々に近づいていくと、その発行体の下に一五人ほどの灰白色の服を着た人間たちが立っていて、その前に広げられた大きな布にはこう書かれていた。
『歓迎。火竜御一行様』
先頭の火竜はこのまま王都に行って、この国の王に、あることを問いただすつもりだった。
だが、せっかく人間たちが出迎えてくれたのだから、彼らから聞き出すことに決めると、彼らの前に降り立った。
フォーリィの前に降り立った火竜の群れ。その数二五体。
これのどこが、およそ二〇体なのかとフォーリィは心の中で毒づいたが、コエリーオ王国は嘘をついていなかった。
実はコエリーオ王国の王都上空を通り過ぎたのは一九体だった。そしてどこから聞きつけて来たのか途中でさらに六体が合流して二五体になった。
フォーリィの前にそびえ立つ火竜の群れ、その先頭の火竜は他の火竜より大きく、全長三〇メアトルほど、頭の高さは六メアトルほどだった。
「火竜様。我らが領地に何用でしょうか。観光ですか?」
フォーリィがにこやかに笑ってそう問いかけると、先頭の火竜の口からグワッと炎がこぼれた。
『観光ではない!我が孫をいじめた奴をここに連れてこい!』
それを聞いたフォーリィは、またか、と心の中でうんざりしていた。
「あのぉ」
『なんじゃ?』
怒りにグワグワと口から炎をこぼし続ける火竜に、フォーリィは眉尻を下げてわざとらしく申し訳なさそうにする。
「私はあなたのお孫さんを紹介されていません。だからお孫さんをいじめた奴を連れてこいと言われても対応しかねます」
『あっ……』
彼女に指摘され、そのお祖父ちゃん竜は自分が段取りを飛ばしてしまったことに気付く。
『そ、そうじゃったな、すまぬ。リュンちゃん♪前に出てご挨拶しようね』
今までの威圧はどこへやら。お祖父ちゃん竜は一変、甘々の態度で後ろを振り向いた。
すると後ろから小さめの火竜が顔を出す。
『お祖父ちゃん、僕をいじめたのはそいつだよ。その一番手前の魔力波動が異常なやつ』
『何っ!?』
それはブラグーナ草原の戦いでフォーリィが追い払った火竜だった。
フォーリィもそれは分かっていたが、その火竜の顔で認識したわけではなく、話の流れからそう理解しただけだった。そもそも火竜などどれも似ていて、人間には見分けなどつかないのだ。
「ああっ!ひょっとして貴方はこの前ここで、私の攻撃を受けて涙を流しながら逃げ去った竜ですか?」
『なっ?』
思わぬ彼女の発言に、その孫竜は慌てた。
「あの後大変だったんですよ。貴方が粗相をして糞尿をまき散らした街道を掃除するの」
その言葉に、その場の火竜たちが驚いた眼で一斉に孫竜に顔を向けた。
『な、な……う、嘘をつくな!僕は……俺は泣いてないしお漏らしなどしていない!』
慌てながらも口から炎をこぼして怒る孫竜。
それを見てフォーリィは、「あっ」と小さな声を出し、慌てて口に手を当てた。
「ご、こめんなさい。そうですね。貴方はお漏らしなどしていませんね。皆さん、私の勘違いでした。お孫さんはお漏らしなどしていませんでした。本当ですよ。嘘じゃありませんよ。あは……ははは……」
苦笑いを浮かべるフォーリィ。
そのようすに、孫竜以外の全員はフォーリィが嘘をついていると確信した。
例え彼女に負けて逃げたとしても、そのような恥ずかしい事になっていたと言う話が人間たちの間に広まれば、自分たち火竜の威厳が損なわれて、ますます自分たちの怒りを買ってしまうから慌てて言い繕ったのだと。
『お、おい!その言い方だと俺が本当に粗相をしたみたいじゃ……』
『見苦しいぞ!』
なおも言い訳をする(と彼らは思っている)孫竜を、お祖父ちゃん竜が怒りの混じった声で遮った。
『ひっ……』
初めて聞くその声に、孫竜はビックリして縮こまった。
今までお祖父ちゃんに怒られたことがなかった孫竜。だからこの後起こったことは仕方がないものだった……かも知れない。
―― ジョボジョボジョボ
そう。今度こそ本当にお漏らししたのだ。
それに気付いた近くの竜たちが慌てて孫竜から距離をとった。
『おい、お前、またかよ。せっかくそこの人間が誤魔化してくれたのに台無しじゃないか!』
『火竜の恥知らずめ!』
口々に孫竜を罵りはじめる火竜たち。
その様子に、お祖父ちゃん竜は孫を甘やかしすぎたと猛省した。
『コ、コホン。孫の粗相は仕方がないとして、火竜が人間に負けたとあっては火竜の恥だ』
「粗相は恥じゃないの?」
『だから済まぬが、お主を始末せねばならぬ。許せ』
話の途中でフォーリィが口にした質問は見事に無視された。
そしてお祖父ちゃん竜は口を開けると、そこに魔力を溜め始めた。
「口へ」
―― ダダダダダダダダダダダッ
フォーリィの合図で一斉に発射された重機関銃の徹甲弾。その内のいくつかがお祖父ちゃん竜の口の中に命中した。
ドラゴンは常に魔力で肉体強化している。
だが、さすがに体内はそこまで強化されていないため、重機関銃であっても徹甲弾を口内にめり込ませるには十分だった。
『がはっ』
お祖父ちゃん竜は慌てて自分に治癒魔法を施した。
そして、その様子を見て人間たちの攻撃が十分脅威だと確信した残りの火竜たちは、上空からの攻撃に切り替えるべく慌てて飛び上がった。
『ぐわっ……』
『ぐえっ……』
だが、飛び上がってすぐ、火竜たちは一斉にバランスを崩して落下した。
『ぐ……ぐわぁ』
『せ……世界が……世界が回る……』
フォーリィの重力操作でまともに飛ぶこともできない火竜。
「砲撃隊!撃てっ!」
そこに、竜に対抗するために設置されていた一〇門の大砲から一斉に徹甲弾が発射された。
―― ドコォォン!ドコォォン!ドコォォン!
『ぐわあぁぁぁ!!』
『痛い!痛い!』
重機関銃より遥かに強力な大砲。そこから放たれる貫通性重視の徹甲弾は魔力で強化された火竜のウロコを易々と貫いた。
普段から強固なウロコと強化魔法で守られていて痛み慣れしていないドラゴンは、実は痛みに弱い。
だから彼らは、次々と弾がウロコを突き破ってめり込んでくる痛みにのたうち回った。
「撃ちかた止め」
フォーリィが魔道音伝器で指示を出すと、砲撃が一斉に止んだ。
火竜たちがホッとして治癒魔法を自らに掛け始める。
だがそこへ、フォーリィは新たな指示を出した。
「鉄象隊、前へ」
体を治療しながら、火竜たちは鉄象の登場を血が凍る思いで見ていた。
「撃て!」
―― ドオォン!ドオォン!ドオォン!
だが、鉄象から発射されたのは油をまき散らして燃え出す弾だった。
それを見て火竜たちは、ほっと息を吐くと、人間たちは何て馬鹿なのかと思った。
炎を操る自分たちが、人間たちの用意するこんな小さな火で怯むとでも思ったのか、と。
確かに、高い耐熱性を誇るウロコで覆われている火竜は人間の繰り出す火魔法などでは痛くも痒くもない。
だが、彼らは知らなかった。
例え火竜と言えども、消える事が無い炎に永い時間身を置けばどうなるのか。
熱く熱せられた空気を吸い込み続けるとどうなるのか。
『がはっ……ごほっ……』
『ぐ……ぐあっ……』
『ぎゃあぁぁ……』
このままだと危険だ。
何体かは再び飛び上がろうとしたが、その度にフォーリィの重力操作で叩き落されていた。
「撃ちかた止め」
そして全員が瀕死状態となったとき、なぜかフォーリィは攻撃を止めるように指示をした。
「魔術師は火を消して」
彼女の指示で魔術師達が前に出て凍結魔法で火を消した。
肺を焼かれてヒューヒューと弱々しい息をしている火竜たち。その顔は恐怖で歪んでいた……ように感じた。まあ、ウロコで覆われているドラゴンの表情までは分からないのだが。
「続けて彼らを治療してあげて」
『『『『!?』』』』
重症に苦しみながらも、彼らはフォーリィの言葉に驚いた。
自分を殺そうとしている相手を、倒す寸前までいって、止めを刺さず、さらに治療まで施そうと言うのだ。
『な……なぜ……』
やっとの事で声を絞り出したお祖父ちゃん竜に、フォーリィは優しく微笑む。
「私は生き物を殺すのが嫌いなの。もちろん、相手が退いてくれそうもなかったら殺すわ。だけど戦意を失った者までは殺さない。だから、お願いだから退いてちょうだい」
完全な敗北だった。
もし、今度は仲間を五〇体連れてきても、この人間には敵わない。お祖父ちゃん竜は数千年生きた経験から、そう確信した。
『わ……わかった……もうお前たちには……手出しはせぬ……』
『ならぬ!!』
その時、頭上から声が響いて来た。
フォーリィたちが見上げると、お祖父ちゃん竜より二回りも大きい、緋色掛かった金のドラゴンが上空を舞っていた。
孫竜は、その後数百年間「お漏らしリュンちゃん」と呼ばれるようになりました。




